「知られざる地政学」連載(62):ディスインフォメーションをばら撒くNHK(上)
国際
本当は、BRICSサミットについて書く予定であった。しかし、自民党が、派閥裏金事件を受けて衆院選で非公認となった候補側に対して各2000万円を提供したことが判明したことから、内容を急遽変更することにした。この問題をテレビで報道しない日本放送協会(NHK)を厳しく批判するためである。「騙す意図をもった不正確な情報」を意味するディスインフォメーションをばら撒いて既得権力に奉仕する、政治的公平性に欠ける放送法違反の組織を糾弾するためである。
事件の経過
10月23日、「しんぶん赤旗」は「裏金非公認に2000万円 公認と同額 自民本部が政党助成金」という記事を配信した。言うまでもなく、非公認にした裏金議員を陰で応援するという姑息な自民党に裏金事件に対する反省がまったくみられないことを証明するスクープであった。これに対して、石破茂首相(自民党総裁)は、「このような時期に報道が出ることに憤りを覚える。そのようなことは一切いたしませんとはっきりと申し上げたい」と語気を強め、「そのような報道や偏った見方に、負けるわけにいかない」と言った。逆ギレである。
公認していない候補者が支部長を務める先に「公認料」として500万円を支払っているという理屈はだれがみても通らない(下の写真)。自民党は裏金議員を陰で支援していると言われても仕方ないだろう。
(出所)https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-10-23/2024102301_03_0.html
報道しないNHK
このスクープに新聞社はすぐに報道した。民放各社も追随した。しかし、10月24日、NHKはこのスクープを「無視」したのである。正午、午後6時、7時、9時のニュースにおいて、NHKはこの問題をスルーした。
9時の番組では、各党党首の演説を紹介するなかで、立憲民主党の野田佳彦代表らの発言のなかで、「2000万円」にふれた部分を放送することで、問題の存在だけは匂わせるという姑息なやり方をとっていた。こう報道することで、「意図的な無視」によって、国民を「意図的な無知」へと誘い、民主主義を毀損していることが明確にわかる。
なお、この大問題をスルーしたNHKは、9時の番組で、投票所のバリアフリー化という問題を紹介した。何も知らない視聴者は、「先進的な取り組み」をする投票所の紹介をありがたく観ていたかもしれない。しかし、この報道は「低水準にすぎる」と指摘しなければならない。障碍者の投票の苦労という問題を取り上げるのであれば、郵送による投票について詳細に報道するのが先だろう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも、あるいは、2020年の米大統領選でも問題化した郵送による投票こそ、障碍者にとっても身近な最大の課題であるはずだ。そんなことにも気づかないまま的外れの報道を流して、自民党の「アコギさ」を報道しないのは、どういう魂胆なのだろうか。
意図的な無視で国民を騙すやり方とは、まさにこうしたNHKの手法なのである。
「ディスインフォメーション」をばら撒く
NHKの姑息さは、テレビで流さない代わりに、Webで流すというところにも現れている。「“自民 非公認の候補者が代表の政党支部に2000万円支給”報道」なる記事を2024年10月24日 0時06分に配信した。この記事で笑止千万なのは、公認料500万円を非公認候補に渡している不可思議さをまったく指摘していない点だ。つまり、「騙す意図をもった不正確な情報」である「ディスインフォメーション」を流して、自民党の悪辣さをわかりにくくしようとしているのだ。まさに、視聴者を平然と騙そうとしているのである。
さらに、「石破首相 “2000万円支給”報道「選挙に使うことは全くない」なる記事を2024年10月24日 13時35分に公表した。この記事は、石破首相の一方的な発言を報道するだけで、公認料500万円について、この記事でもまったくふれていない。典型的なディスインフォメーション工作をNHK自らが行っていた証拠を示す内容となっている。
はっきり言えば、NHKは自民党の「広報」に成り下がっており、国家を牛耳る自民党の下僕として「大本営発表」を通じて、国民を騙している。不可思議なのは、このNHKの暴挙を明確に批判する人やメディアがほとんどみられないことである(「自民党が裏金非公認支部に活動費として2000万円を渡していたとのニュース。もっと大々的に報道されてもいいはずだが、NHKの7時にニュースでは完全にスルーされていた」という泉房穂のXだけが光っていた)。
「政治的公平性」を守らないNHK
放送法第四条には、「放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない」としたうえで、「一 公安及び善良な風俗を害しないこと」、「二 政治的に公平であること」、「三 報道は事実をまげないですること」、「四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」とされている。
今回のNHKの「無視」は、「政治的公平性」という大原則に明らかに違反している。
加えて、NHKは、自ら定めている「放送ガイドライン」において、つぎのように定めていることも指摘しておこう。
「NHKは、公共放送として、憲法で保障された表現の自由のもと、正確で公平・公正な情報や豊かで良質な番組を幅広く提供し、健全な民主主義の発展と文化の向上に寄与する。
この役割を果たすため、報道機関として不偏不党の立場を守り、番組編集の自由を確保し、何人からも干渉されない。ニュースや番組が、外からの圧力や働きかけによって左右されてはならない。NHKは放送の自主・自律を堅持する。」
だれがみても、この自民党の不祥事を放送しないのはおかしい。自民党の不祥事を「無視」することで、政治的公平性を欠き、不偏不党の立場を著しく毀損している。放送すれば、自民党に大打撃となるかもしれないが、それは当然なのだ。自ら招いた失態なのだから。問題は、意図的に報道しないことで、「健全な民主主義の発展」を大いに毀損したことであり、それは報道機関として許しがたい暴挙と言わなければならない。さらに、民放が不祥事を報道するなかで、NHKだけがスルーしたという事実は、NHKが今後も、不公正な報道をつづける可能性を強く示唆している。ゆえに、新たに当選した議員はNHKを徹底的に糾弾すなければならない。
『「戦前」を生きる私たち』
いま、私は『「戦前」を生きる私たち』という本(仮題)を執筆している。そのなかで、NHKが「大本営」と化し、国民を騙している姿も書いている。それは、①ウクライナ戦争にかかわる一連の放送において、米政府がとった政策がウクライナ戦争の遠因となっているという事実、②米政府主導と思しきノルドストリーム爆破事件の報道、③「自衛戦争」が「代理戦争」に変質したにもかかわらず、その事実を無視、④ウクライナ軍によるロシア・クルスク地方への「奇襲攻撃」を「越境攻撃」と報道する偏向報道――などにかかわっている。ディスインフォメーションのオンパレードなのだ。
一般論として言えば、情報統制の方法には、国家による強制とマスメディアによる自主規制がある。前者は、①国家による検閲(国にとって都合のいい情報だけを流布し、都合の悪い情報を無視したり、禁止したり、あるいは、別の情報を大量に流して目立たなくさせたりする)、②ネット利用状況を監視、③サイトやアプリなどへのアクセス禁止――などの規制を含む。後者は、マスメディア側が自主的な判断で、情報閲覧を制限したり、情報発信自体を抑制したりする規制だが、その裏には、国家による圧力という情報統制の意図が隠されていることが多い。
NHKの場合、かつての大本営発表と同じように、国家を支配してきた自民党、それと癒着することで立身出世をもくろむ官僚などと結託して、国民を騙すためにディスインフォメーション工作に手を染めることで、政治的公平性や不偏不党の精神を無視しつづけてきたことになる。それだけではない。後述するように、NHKはディスインフォメーションを誤訳し、NHKに都合のよい、つまり、情報統制に露骨に利用しようとしている。
「盗まれた選挙」にしないために
ここで、「連載(43)情報統制の怖さ」[上、下]において、2020年10月に公表された、ウクライナでのジョーとハンターというバイデン父子による不正報道について、司法省や連邦捜査局(FBI)が握り潰そうとしたことで、大統領選の結果が「盗まれた」とみなせるという話を紹介したことを思い出してほしい。
これは、民主党をあからさまに支持する「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)や「ワシントン・ポスト」(WP)などがバイデン父子の不正をFBIまで使って隠蔽しようとした事態を意味している。まさに、ディスインフォメーションによってアメリカ国民を騙したのである。
NHKによる今回の不祥事の「無視」は、同じことをNHKがしようとした、と考えればわかりやすい。そう、民主主義を標榜しながら、公然とディスインフォメーションを垂れ流し、国民を情報操作して騙すというやり方が民主国家なる日本で公然と行われていることに気づかなければならない。だからこそ、放送法に違反するNHKは糾弾しなければならないわけである。それは、言論機関への弾圧というよりも言論機関の中立性を少しでも守るための最低限の「励まし」なのである。
「知られざる地政学」連載連載(62):ディスインフォメーションをばら撒くNHK(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。