【連載】無声記者のメディア批評(浅野健一)

第3回 無為無策の岸田内閣支えるキシャクラブメディアの犯罪

浅野健一

NHKが2022年6月16日に報じた世論調査で岸田文雄内閣の支持率は先月より4ポイント上がって59%で、内閣発足後、最高になった。共同通信が同日伝えた世論調査でも56.9%だった。

同年5月に実施された報道各社の調査では、共同通信で61.5%、FNNでは68.9%を記録した。内閣発足後半年の支持率が50%を超えたのは、小泉純一郎内閣、第二次安倍晋三内閣、そして今回の岸田内閣のみだ。

News headline that says “Cabinet support”.

 

NHKの調査では、各党の支持率は、自民党40.1%、立憲民主党5.9%、公明党2.9%、日本維新の会4.0%、国民民主党1.3%、日本共産党2.6%、れいわ新選組0.8%、社民党0.5%、NHK党0.3%、「特に支持している政党はない」が33.1%だった。立憲の低迷が続いている。

自民党が菅義偉前首相を「衆院選の顔」として不適格と退陣に追い込み、岸田氏は「民主主義が危機にある」と強調し、「聴く力」を標榜して昨年10月の総裁選を制して首相に就任した。「新しい資本主義」「令和版・所得倍増計画」などのスローガンを掲げたが、岸田氏がこの間、何をしたかを考えてみたが、何も思いつかない。

強いて言えば、二つある。第一に、安倍、菅時代の9年間にわたる安倍晋三記念小學院、加計学園獣医学部新設、桜を見る会、河井克行元法相夫妻選挙違反、総務省幹部の接待を巡る各疑獄事件の真相究明を妨害し、隠蔽したことだ。

第二は、同年2月に始まったウクライナ戦争に乗じ、軍国主義化を煽る安倍氏ら党内の極右・靖国勢力に隷従し、日米同盟の強化、敵基地攻撃能力の保有を含む軍事費の倍増など軍国主義化を強め、日本列島全体、とりわけ、南西諸島と沖縄を米国の対中戦争の前線基地化にしたことだ。

前・元首相と比べると、日本語は普通に話せ、ソフトなイメージだから、人民のためになる政策は何もしないのに、合格点が与えられている不可解な現象が起きているが、「保守中道・ハト派の宏池会らしい政権」(星浩・元朝日新聞記者)ではなく、総裁選で支持を得た安倍氏に操られたタカ派路線を暴走している。

安倍傀儡の岸田政権が異常な高支持率を保っているのは、キシャクラブメディアが権力を監視するジャーナリズム本来の仕事をせず、自公野合政権の広報機関と化し、立憲など政権反対党を「批判ばかりで対案がない」「野党共闘は選挙目当ての野合」などとしつこく非難してきた結果だ。私が「キシャクラブメディア」と呼ぶのは、日本にしかない「記者クラブ」(戦時下の1942年4月に今の形になった)は海外のpress clubと混同されないようにkisha club、kisha kurabuと英訳されているからだ。

このままでは、7月10日投開票の参院選で、自公と維新、国民の壊憲勢力が圧勝しそうな情勢だ。参院選の後の3年間、国政選挙がない。自公が圧勝した場合、空白の3年間に、憲法改悪などでこの国の軍国主義、専制独裁化がさらに進む危機が待っている。

House of Councilors election

 

・列島を米国の対中戦争の最前線にした日米首脳会談

岸田氏は5月22日から24日まで訪日した米国のバイデン大統領に敵基地攻撃能力を含む防衛力の強化と軍事費の相当の増額を公約した。国会での議論なし、財源の確保なしの誓約だ。岸田氏は沖縄の人民が強く反対する米軍辺野古新基地の建設強行も約束した。

岸田、バイデン両氏は赤坂の迎賓館で5月23日に行われた首脳会談後に共同記者会見を開いた。会見には米国側の同行記者団と日本最大のキシャクラブである内閣記者会(正式名・永田クラブ、官邸クラブ)常勤幹事社19社の社員記者が参加した。司会は官邸での首相会見を仕切る四方敬之内閣広報官(元外務省経済局長)だった。

Illustration of a politician giving a speech about Japan and the United States.

 

日米各2人の記者が質問した。日本側の記者は四方氏が指名した記者会の幹事社2人(テレビ朝日と朝日新聞)で、米国側はバイデン氏が指名した。米国側で2人目の質問者のNBCのナンシー・コーデス記者は「台湾有事の際に米国が軍事的に関与するのか」と聞き、「そうだ、それが我々の誓約(コミットメント)だ」と答えた。

米ホワイトハウスは、米国の台湾政策に変更はないと火消しに追われた。米国政府は1972年以降、中国と台湾が一つの国に属するとする中国側の「一つの中国」を認め今日に至っている。歴代の米国政権は、台湾有事の際の防衛義務について明言しない「あいまい戦略」で対応してきた。バイデン氏の台湾有事を巡る失言は三度目だ。

5月26日付の日本経済新聞は「発言した場所が台湾と中国に近い日本であることを考えれば『もはや失言ではない』と政府当局者は受け止める」(秋山裕之記者)と指摘した。

日米首脳会談についてはブログ「浅野健一のメディア批評」の記事を参照。
http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi/archives/29355686.html
http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi/archives/29313098.html

佐藤千矢子毎日新聞論説委員(元政治部長)は5月24日放送のTBS「ひるおび」に出演し、「共同記者会見では、米国の記者2人は大統領に自由に更問い(追加質問)しているのに、日本の記者は質問を読み上げるだけで再質問をしない。これでは幹事社が質問内容を事前に官邸報道室に出していると思われてしまう」とコメントした。これを受けて大谷昭宏氏が「安倍政権から会見での更問いが禁止された」と発言した。

佐藤、大谷両氏は、首相の記者会見は内閣記者会の主催なのに、内閣広報官が司会を務め、会見時間も決めている問題点を指摘しなかった。更問いだけが問題ではない。官邸側はコロナ禍で緊急事態宣言が出たことを理由に20年4月から、従来は130人が参加していた記者会見が29人に制限されていることも触れなかった。佐藤氏は元記者会メンバーで、今も新聞社の編集幹部なのだから、他人ごとではない。

そもそも、内閣記者会の常勤幹事社の主要新聞、テレビ、通信社は毎回参加できるが、地方紙などの記者会非常勤幹事社、専門紙、雑誌、外国メディア、フリー(報道室が事前登録している11人)は、抽選で計10人しか参加できない。フリーの11人は、12年の民主党政権で登録されたフリー記者で、自民党が政権を奪取した後、新たに認められたフリー記者はいない。

・シンガポールでも中朝ロを敵視して軍備増強を宣言

岸田文雄首相は6月10日、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(英国際戦略研究所主催)で講演し、中国の名指しは避けつつ、「(ウクライナ戦争で)国際社会は歴史の岐路に立っており、我が国が位置する東シナ海でも、力を背景とした一方的な現状変更の試みが続いている」「私自身、『ウクライナは明日の東アジアかもしれない』という強い危機感を抱いている」と強調した。

岸田氏は「北朝鮮は、ICBM級を含む弾道ミサイル発射を繰り返しており、近く核実験を行うのではと深刻に懸念している」などと指摘。「アジアに迫り来る挑戦・危機にこれまで以上に積極的に取り組む」「日本を取り巻く安全保障環境が一段と厳しさを増す中、日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化し、防衛費の相当な増額を確保する。その際、いわゆる『反撃能力』を含め、あらゆる選択肢を排除せず、現実的に検討していく」と表明した。

また、インド太平洋の秩序維持に向けた新計画を策定し、インド太平洋地域の国に対する巡視船供与などのため、今後3年間で約20億ドル(約2680億円)以上を支援すると表明した。

岸田氏は日米会談で、防衛力強化を約束したが、シンガポールで初めて期限を5年とした。これは自民党が提言する5年で軍事費を倍増するという提言を踏まえたものだろう。

元A級戦犯被疑者の岸信介氏の孫で安倍元首相の実弟である岸信夫防衛相は講演で「日本はルールを無視する行動に対抗し、ルールに基づく国際秩序を守るための、まさに最前線に位置している」と強調した。最前線は「戦場で、敵と直接に接触する最前列の陣地」(小学館『現代国語例解辞典』)を意味する。安倍氏も昨年3月、日本は米中対立の「フロントライン(最前線)」に位置していると述べた。米国が想定する対中戦争で日本を米軍の先兵とすることを世界に宣言した。

シンガポールでは、日米韓の防衛相会談も行われ、北朝鮮の弾道ミサイル発射実験に対応して3カ国の共同訓練再開の方針で一致。岸防衛相は中国の魏鳳和国務委員兼国防相と会談した。NHKは6月11日のニュースでこの会談を伝えたが、すべて岸氏の中国非難発言の紹介で、魏氏の言い分はゼロだった。

・国会末期の外遊は参院選を睨んだ票集め

日本の首相のアジア安全保障会議への出席は8年ぶりだった。首相が通常国会(6月15日閉会)最終盤に日本を離れたのは極めて異例。時事通信は「現地滞在が24時間という弾丸外遊は、6月22日公示の参院選(7月10日投開票)に向け、『外交の岸田』をアピールする狙い」と報じた。

岸田氏は6月29日、30日にスペインで開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に日本の首相として初めて参加する。ウクライナ戦争中に、首相が先例のないNATO会議に参加するのは戦争放棄と軍隊不保持を規定した日本国憲法に違反する。

京都大学大学院の藤井聡教授は6月9日放送の文化放送の番組で、岸田氏のNATO会議参加で、ロシアは日本を敵国と見なすとして、「日本を地獄に突き落とすことになる」「米国にいい顔したいっていうだけの浅はかな思いで、取り返しの付かない事」と批判した。

 

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浅野健一 浅野健一

1948年、香川県高松市に生まれる。1972年、慶應義塾大学経済学部を卒業、共同通信社入社。1984年『犯罪報道の犯罪』を出版。89~92年、ジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。94年退社し、同年から同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授。2014年3月に定年退職。「人権と報道・連絡会」代表世話人。主著として、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『客観報道』(筑摩書房)、『出国命令』(日本評論社)、『天皇の記者たち』、『戦争報道の犯罪』、『記者クラブ解体新書』、『冤罪とジャーナリズムの危機 浅野健一ゼミin西宮』、『安倍政権・言論弾圧の犯罪』がある。

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