改めて検証するウクライナ問題の本質:Ⅹ ポスト冷戦の米世界戦略と戦争の起源(その1)
国際1997年のQDRの画期的意義
つまり米国は、新たに誕生したロシア連邦もそれが旧ソビエト連邦と同様に世界最大の面積と米国に唯一対抗できる戦略核戦力を有する限り、「新たなライバル」として「再出現」するのを許容しないと宣言している。
言い換えればボリス・エリツィン大統領(当時)のように無能を極め、おろしやすい指導者に統治されていたとしても、ロシアにそのような「再出現」の可能性がある限り「優越的な軍事態勢を素早くあるいは容易に獲得」させないため、軍事的包囲網の対象となる。NATOの東方拡大とは、間違いなくそうした意図に基づいていた。
同時にそうした戦略環境下で、米国はロシアに「従属するか、それとも打倒されるべきライバルになるのか」という選択肢しか与えなかった。ロシアを強国に再建したプーチン大統領にとって前者の選択はあり得なかった以上、いつか何らかの形で、米国がロシアに対し破局的事態も厭わない瀬戸際政策を発動する可能性は最初から存在していた。
こうした米国の路線は、単線的に確立されたのではない。1992年の「国防計画指針案」自体、スムーズにコンセンサスを得たのではなかった。『ニューヨーク・タイムズ』のスクープ直後から激しい批判にさらされ、「民主党や政府の主要閣僚の間で大騒ぎを引き起こし、ホワイトハウスも直ちに公式的に撤回した」という結果に終わった(注8)。
同紙は「露骨な一国覇権主義だ」と批判し、上院外交委員会の重鎮だった当時のジョー・バイデン議員(当時)ですら「文字通りパクス・アメリカーナの処方箋ではないか」と酷評した。
ところが「国防計画指針案」は5年後、民主党のビル・クリントン大統領の第一期目に、基本的な内容がほぼ無傷のまま公式の国防総省の方針として復活する。1997年に刊行された、『4年ごとの国防計画見直し』(Quadrennial Defense Review、QDR)がそれだが(注9)、冷戦後の米国の世界戦略を確立した公式文書として記憶されよう。
その第三章「国防戦略」で「世界戦争の脅威は後退した」と見なす一方、「世界は依然危険であり、極めて不確実」であると規定。さらに、以下のように記述している。
「軍事力を行使するかどうか、またいつ行使するかの決定は、何よりもまず、危機に面した米国の国益(それが死活的か、重要か、あるいは人道的かであるにせよ)によって導かれるべきであり、そうした国益と、特定の軍事的関与のコストとリスクが釣り合うかどうかによっても判断されるべきである。
危機に面した国益が死活的である場合――すなわち米国の生き残りと安全、活力にとって広範な意味を持ち、優先的な重要性がある場合、国益を守るためならあらゆる手段を行使するし、必要があれば一方的な軍事力行使も含む。
米国の死活的国益とは次のようなものがあるが、それだけとは限らない。
- 米国の主権と領土、国民を防衛し、核・生物・化学兵器やテロによるものも含む本土への脅威を阻止し、抑止する。
- 敵対的な地域の連合勢力やヘゲモニーの出現を阻止する。
- 海洋の自由とシーレーンや空路、宇宙の安全を守る。
- 市場やエネルギー供給源、戦略的資源への何者にも抑制されないアクセスを確保する。(以下略)」(同)
「従うか、従わないか」だけの選択
ここでは、1992年の「国防計画指針案」の「新たなライバルの再出現を阻止する」という方針が、「敵対的な地域の連合勢力やヘゲモニーの出現を阻止する」と表現され、しかもそれは「一方的な軍事力行使」も辞さず、「あらゆる手段を行使」しても譲れない「死活的国益」とされる。おそらく現在まで続く米国の対外政策の本質を成しており、米国の「ヘゲモニー」に挑戦すると見なされた国家は、彼らの常套句を用いるなら「国家安全保障上の脅威」となる。
5年たって一時は忌避された方針が公認された形だが、92年当時、ブッシュ(父)政権の主流は旧ソ連の末期時代に当時のミハイル・ゴルバチョフ大統領と一種の蜜月状態を経験した。政権の要であったジェームス・ベーカー国務長官(当時)は90年2月9日にゴルバチョフ大統領に対し、口頭でNATOが「1インチも拡大しない」と確約していた事実はよく知られている。
しかも旧ソ連崩壊後の「平和の配当」が語られていた時代でもあり、主流ではないチェイニーに代表される右派潮流(ネオコン)の手による「国防計画指針案」が、同政権の政策とはなりえなかった。
だが93年に政権が民主党に移って以降、時代は変貌を遂げていく。クリントン政権は冷戦終結後初の大規模な軍事作戦に乗り出し、1995年と99年の2度にわたってNATOを率いて国連安保理の決議もないままセルビアに大規模な空爆を実施。最終的に、旧ユーゴスラビアを解体した。
「1994年の中間選挙で、共和党は40年の歴史で初めて上下両院の支配を獲得した。そして民主党も共和党も、より右旋回を遂げていった。……米国は敵対的な諸国からの明白な危機に直面はしていなかったものの、クリントン政権は一連の軍事支出の増加で、平和の配当を無駄にしてしまった」(注10)。
以後、米国が現在の中国とロシアに対して示す異常な敵意は、97年のQDRで宣言された「米国のライバルとなり得る国家の出現を阻止する」という路線から生じている。自国の前に立ちはだかる「ライバル」の存在を、彼らは絶対に認めはしない。そして今日のウクライナにおける戦争こそ、疑いなく世界一極支配の野望によって引き起こされたのだ。
(この稿続く)
【脚注】
(注1)「Ukraine War’s Geographic Reality: Russia Has Seized Much of the East」(URL: https://www.nytimes.com/2022/05/10/world/europe/ukraine-russia-donbas.html)
(注2)「The War in Ukraine Is Getting Complicated, and America Isn’t Ready」(URL: https://www.nytimes.com/2022/05/19/opinion/america-ukraine-war-support.html)
(注3)「Ukrainian volunteer fighters in the east feel abandoned」(URL: https://www.washingtonpost.com/world/2022/05/26/ukraine-frontline-russia-military-severodonetsk/)
(注4)「The error of NATO expansion」(URL: https://www.chicagotribune.com/opinion/letters/ct-letters-vp-061122-20220610-zi7bhbepsfe5vmkhglfmt2bp3a-story.html )
(注5)June 13, 2022「Chicago Tribune Coming to Senses on Ukraine War?」(URL: https://www.antiwar.com/blog/2022/06/13/chicago-tribune-coming-to-senses-on-ukraine-war/)
(注6)「John Mearsheimer on why the West is principally responsible for the Ukrainian crisis」(URL: https://www.economist.com/by-invitation/2022/03/11/john-mearsheimer-on-why-the-west-is-principally-responsible-for-the-ukrainian-crisis)
(注7)URL: https://nsarchive2.gwu.edu/nukevault/ebb245/doc03_extract_nytedit.pdf
(注8)Oliver Stone , Peter Kuznic『The Untold History of the United States』(Gallery Books,2012).
(注9)URL: https://history.defense.gov/Portals/70/Documents/quadrennial/QDR1997.pdf?ver=2014-06-25-110930-527
(注10)(注8)と同。
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1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。