【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第25回 冤罪を暴く命懸けの実証実験

梶山天

何が出てくるかわからない検察と解剖医の攻防戦。前回は、今市事件の犯人とされた勝又拓哉受刑者が記録に残していた殺人自供の取り調べの実態を読み解いてみた。その中で明らかにしたように、凶器の一つとして出てきた「スタンガン」の自供をめぐるやり取りには、呆れ果ててしまった。

勝又受刑者のアパートの家宅捜索時に倉庫からスタンガンの空箱を見つけ、中身もないのに凶器に仕立て上げてしまう。勝又受刑者の取り調べは、最初から警察、検察がスタンガンというキーワードをあからさまにして聞いているのだ。

まさに事件のストーリーを取調官と容疑者が共同で作っていく。まるで映画のシナリオを協議しているようにも思える。ただし、容疑者の方は違う。そうでもしなければ、怖い取調官たちが怒りだして何をされるか、恐怖でたまらず、ああでもない、こうでもないと悩みながら、でっち上げられた答えに合わせていくしかなかったのだ。

事件を知らない容疑者を逮捕し、「架空の出来事」をさもあったかのように言わせていく手法は、栃木県警の伝統として受け継がれてきたものなのだろうか?冤罪「足利事件」の被害者である菅家利和さんの調書作りと酷似しているからだ。とんでもない悪しき「伝統」だ。検察もそれを後押しするのだから、たまったものではない。

筑波大法医学教室の本田克也元教授が解剖した当時、顔や首などに無数にある傷は爪でできたものであると推定していたが、左目の外側の傷には確証がなかった。

ところが、5年後にたまたま自分の子どもたちの兄弟喧嘩(げんか)でその傷も爪でできうることが判明した。こうして判明した事実を検察は無視して右頸部にある擦過傷をスタンガンによるものにしようと画策。別の法医学者を説得して、これから始まる裁判員裁判の法廷に登場させる手はずを整えた。

さあ、読者の皆様に今市事件に関する写真2枚をお見せしましょう。一枚は、被害者女児の右頸部にできていた傷で、本田元教授は爪による傷だとした。

解剖前に撮影した右頸部の傷

 

もう一枚は、栃木県警が勝又受刑者のアパートの倉庫から押収したスタンガンの空箱と同様なスタンガンを本田元教授が購入して、実際に自分の手に当てて命懸けの実証実験の結果できた傷だ。

5分後:赤色の熱傷痕(擦過傷は生じ得ない)

 

照合用の手の傷

 

見てみると、傷の大きさ、形状が全く違う。右頸部の傷がスタンガンによってできた傷とは全く違うのがわかる。何をかいわんや、検察側が公判前整理手続きの段階から理由も説明せずに、頑なに写真を出すのを拒み続けてきたのがこれらの写真だ。写真が出たら、まずいことになると検察側は認識していたのだ。

前回連載のスタンガンの自供のところで検察官に「被害者女児の遺体には、右腕じゃなくで首の右側にスタンガンの痕がある」と教えられ、それを知った勝又受刑者が「あーっ、それなら私の勘違いで首にあてたかもしれない」と話を合わせていたことを受刑者本人が文書に記録していたが、その傷の場所を教えた阿部健一検事は、昨年9月に茨城県の水戸地検の次席検事に就任。記者会見で、検事として一番印象に残っている事件として今市事件を挙げ、「茨城・栃木両県警や県民の協力のおかげで容疑者を逮捕できた」などと語っていた。

スタンガンとは、護身に使うための感電装置だ。先端が丸い金属の電極が突出している形状で、電極間には、強い電流が流れる。これを相手の皮膚に押し当てて用いるが、この時できる傷は電流による熱傷である。熱傷による皮膚の傷は軽度では発赤、もっと進むと、水疱形成、さらに進むと、熱凝固が起きることが知られている。

なお、このような丸い形状の電極では、いくら皮膚に強く押し当てても、被害者に見られたような皮膚の断裂を伴うような傷ができることはありえない。国際的な法医学の教科書にも、熱凝固した皮膚蛋白の周りに乳輪のような熱傷ができることが示されている。

写真だけを見て、実際に解剖した執刀者の見解を否定するような鑑定をした法医学者がいることには驚かされたが、真実は一つだ。解剖執刀者のメンツに賭けてこのような証拠の捏造は排除しておかなければならない。こういった場合、法律家に限らず法医学者にしても、自分の見解を証明する過去の文献や資料を探すことになることがほとんどであろう。

そして文献に書かれた文字を探して、それが科学者の見解であるならば「科学的知見」として正しさのお墨付きを与えてしまうかもしれない。

しかし、ここでははっきりと述べておかなければならないことは、科学とは文献でも文字でもなく、客観的事実にこそ、その源泉があるという本質的側面がある。

科学とは、権威者の言葉でも文献に記載された文字でもない。いかなる権威者の学説であれ、定説であってもそれらは必ずしも客観的に正しいかどうかは検証しなければならない。客観的に正しい事実に立脚するのが科学的精神である。法医学者も科学者たらんとするならば、スタンガンでどのような傷ができるか、確かめてみなければならない。これが「科学的」であることの最低限の要件だ。

そこで、事件で使用されたとするブラックイーグル・ライトガン(100万㌾)という商品を入手し、実証実験を試みることにした。これを動物に用いては、皮膚の性状と生理構造も異なるので人間での現象とは異なってくる。そういう意味では、人間を対象にしなければいけないが、このような危険な実験にボランティアを頼むことはできない。

だから自分の身体を使って実験するのが一番良い、と元教授は考えた。100万㌾の電流というのは使い方によっては感電死しかねない強さであるが、法医学的知見によると、比較的安全な直流電流で、心臓や脳さえ通過させなければ死ぬことはないとされていたから、勇気を持って自分の手に当ててみた。

まさに命懸けの実証実験だ。法医学者魂でなんとかしてもやらねばならなかった。震える手で、スイッチを入れた瞬間に筋肉が過収縮し、掌が捻じ曲げられるように動き、手がしびれてしばらく力が入らなくなった。さすがにこの器具は護身に使えるレベルであることはわかったが、自分の生命は大丈夫でホッとした。

しかしこれでは不十分と思い、さらに腹部に押し当ててみた。これは内臓を通るので死を落とす危険性がある。電極を腹部に押し当てさせ、覚悟して学生にスイッチを入れさせた。

しかし予想に反して、今度は体内の水分が多いところを抜けたため、通電性が高いせいか、感じられるような症状はほとんどなかった。こうして鑑定人としての命懸けの実証実験は終わった。元教授は「いきていてよかった」と胸をなでおろしたという。

そこで、電極を当てた部分の皮膚の性状を見たところ、初めは何も見えなかったが、10分たつと最も軽度な熱傷である発赤が現れた。もちろん皮膚には破れや擦り傷はまったくなかったが、注視すると電極の接点である中心にはスパークによる熱凝固点があった。これらの時間経過による変化はしっかりと写真に残し、裁判でプレゼンすることにしたのである。

そもそも感電による傷というものは、最も電気抵抗の大きいところを通過する際に、発熱することによって生じる。人体の中でも最も電気抵抗が高いのは皮膚であるので皮膚を通過する際に発熱が生じるが、これは電圧の大きさだけでなく通電時間に依存し、通電時間が長いほど発熱が大きくなるから熱傷も大きくなる。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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