【特集】ウクライナ危機の本質と背景

「平和友の会」会報連載「世相裏表」 2022年4月号原稿:ウクライナ戦争再論

安斎育郎

〇プーチン叩きのその先は?

私は、アメリカのタクトで世界中がプーチン叩き、ロシア批判の歌を唄っていることに辟易しています。ソ連崩壊で独立した国々の地域は「非核・非同盟・中立地帯」にするのが一番いいと確信していますが、今はそう主張すると「プーチンの味方か?」と石が飛んでくる可能性があります。

ウクライナ問題は、本質的には、ソ連がキューバにミサイル基地を建設して米ソ対決が崖っぷちまで行った 1962年のキューバ危機と同質の問題です。国境を接するウクライナが NATO入りしてアメリカの軍事基地でも築かれたらロシアの安全保障上大変だとプーチンが感じるのは理由があることです。これはウクライナを舞台とする米ロ対決の新しい「キューバ危機」でしょう。

キューバ危機のさなかの1962年10月28日、嘉手納のミサイル管理センターから読谷村のメースB核巡航ミサイル発射基地に核ミサイル発射命令が届きました。ミサイル発射命 令は、技師、副官、発射指揮官の順で暗号がチェックされるのですが、各自に予め与えられていた暗号とすべて一致、暗号確認を通過してしまいました。

しかし、標的情報を読み上げた段階で、1基だけがソ連向けで残り3基は別の国向けだったことに指揮官が不審を抱き、嘉手納のミサイル管理センターに照会して誤報であることが判明、かろうじて発射が回避されました。まさに「ヒ ヤリハット」です。

同じ頃、アメリカ海軍の艦隊が、キューバ近くのサルガッソ海でソ連の潜水艦B-59 を見つけ、演習用爆雷を投下して爆発による信号で B-59 の強制浮上を 試みました。しかし、これを米側からの攻撃と考えたB-59は爆雷から逃れるため深度を下げたため、電波の受信が困難になって情報が遮断され、米ソが開戦したのかどうか知ることが不可能になりました。

この事態のもとで、 B-59の艦長は「米ソ開戦」と判断し、核魚雷の発射を企図しました。核魚雷の発射には3人の士官(艦長、政治将校、副艦長)の全員一致の承認が必要でしたが、3人の間で口論となり、ヴァシーリイ・アルヒーポフ副館長だけが発射を拒否、熱くなっていた館長を説得してかろうじて核魚雷発射を回避しました。これもまさに「ヒヤリ ハット」です。

2002年、当時のロバート・マクナマラ米国防長官は、「当時のわれわれの認識以上に、われわれは核戦争に近づいていた」と語りました。読谷村のケースも、サルガッソ海のケースも、核対決のもとでは実際に核兵器が使われかねない事態が起こり得るということを示しており、ロシアのプーチン大統領が、2022 年 2 月 27 日、核戦力部隊を「特別の臨戦態勢」に置いた決定などは極めて危険なものでした。

プーチンも、ゼレンスキーも、バイデンも、キューバ危機で直面した「人類史的危機」を本当に理解しているのでしょうか。危機的状況 が起こり得ること を承知の上で、アメリカを中心とする NATOが拡大路線を取り続け、ロシアをウクライナへの軍事侵攻にまで追い込んだとすれば、その責任は看過されるべきではないでしょう。現在、ボスニア・ヘルツェゴビナとジョージアとウクライナが NATO加盟を望んでいることを NATOも公式に認めています。

キューバ危機の16年後に生まれたゼレンスキー大統領には、それほどの危機感はないのかもしれません。もともとコメディアンだったゼレンスキー氏は、テレビ番組『国民の僕』で大統領役を演じて人気沸騰、 2018年12月31日の夜 、「 1+1 TV チャンネル」でペトロ・ポロシェンコ大統領の年頭演説と同時並行で 2019年ウクライナ大統領選挙への立候補を表明しました。

政治的にはいわば「アウトサイダー」ですが、大統領選ではポピュリストとして先頭を走りました。腐敗していた政治状況の下で経済再生や汚職への取り組みを掲げたゼレンスキー 候補は、第2回投票で 73.2% の高い得票率を獲得し、本物の大統領になりました。

しかし、ゼレンスキーは結局経済の低迷や汚職の問題を解決できず、当初70台だった支持率は 2021年10月には25%にまで低下しました。そこ へもってきてロシアの軍事侵攻で、首都キーウ(キエフ)に留まって国民を鼓舞するゼレンスキー大統領の支持率は90%台にまで急上昇しました。ちょうどジョージ・ブッシュ大統領の支持率が2001年9月11日の世界貿易センタービルへのテロ攻撃直後の愛国演説で急上昇したのと同じ構図です。

日本は中立こそが望ましかったものの、アメリカの属国に等しい現状でアメリカが指揮する合唱団に加わり、当事国の一方の大統領を国会で国賓としてオンライン演説させる「愚」も犯しました。

1949年にNATOが結成され、対抗して 1955年に結成され たワルシャワ条約機構は冷戦後の1991年に解消されたにもかかわらず、 NATOは拡大政策を続け、ロシアを追い込んできました。最後の駐ソ米国大使だったジャック・マトロック氏は、「 NATOの拡大は間違いだった」と言っていますが、ゼレンスキーの背後でアメリカが “NATO行進曲 のタク トを振り続ける限り、この戦争はウクライナを舞台とする米ロ戦争の性格を免れず、長引くに違いありません。

〇多角的に見る

世界をあげてのプーチン叩きとロシア批判だけでは、ロシアの孤立化とロシア人に対する偏見や差別の感情を残し、ロシア側には 西欧社会に対するある種の憎悪や怨恨を残すでしょう。大局的には、プーチン叩き合唱団の指揮者はアメリカ、日本のテレビ報道は基本的にはアメリカに寄り添う電通によって性格づけられていると思います。

私たちは一方の当事者だけを見るのではなく、もう一方の当事者や独立系のメディアにも耳を貸さねばならないと思います。もちろん、キューバ危機を含めて、現代史をしっかり学ぶことは不可欠です。

伝えられるところでは、ゼレンスキー大統領は3月27日、トルコでの停戦交渉を前に、ロシアの記者らとのオンライン会見を行ない、「関係国による安全保障を条件に NATO加盟を断念して 中立化 することを受け入れ、核武装も否定する用意がある」と述べたということです。

ロシア側が一貫して要求してきた内容を反映しており、ロシア側も和平交渉にもたらされた変化を歓迎しているようですが、ロシア側はそれが現職大統領の空約束にならないような法的保証を求めるでしょうし、当然、「関係国による安全保障」とは何かなどが問題になるでしょう。 それにしても、すっかり権威を失ったかに見える国連が、常任理事国の拒否権でにっちもさっちもいかなくなっている安全保障理事会以外のチャンネルでウク ライナとその周辺諸国の平和監視機能を発揮することも必要なのではないでしょうか。

多くの人々のナイーブな戦争嫌悪感や人道主義的支援の心は、それはそれで人としての尊い感性に基づくもので、非難されるべきものではありませんが、国際政治の非情な側面についても見過ごすわけにいかないでしょう。アメリカを中心とする NATOが勢力拡大路線でロシアを追い込んできた戦略の危うさを今更ながら感じつつも、目の前で人の命が失われているような状況の下では、人々が冷静にものを見るのはなかなか難しいと感じるこの頃です。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国 ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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