【特集】ウクライナ危機の本質と背景

平和友の会講演会 (2022年4月29日資料):ウクライナ戦争再々論

安斎育郎

〇戦争の本質を見極めよう

2022年4月20日、トルコのメヴルト・チャヴソグル外務大臣が、「いくつかのNATO(北大西洋条約機構)加盟国は ウクライナ戦争が続くことを望んでいる( Some NATO states want war in Ukraine to continue )」と述べました。

トルコと言えば、NATO加盟国でありながら、ウクライナの停戦交渉の仲介に向けた外交努力をしてきた国だけに、このコメントはそれなりに説得力があります。つまり、「いくつかの同盟国」はトルコの意に反して、ウクライナ戦争の早期和平を望んでいないというのです。

トルコ自身は、ウクライナ戦争が現状のように長引くとは考えていませんでしたし、ゼレンスキー大統領も、3月27日には、トルコでの停戦交渉を前に、ロシアの記者らとのオンライン会見の中で、「関係国による安全保障を条件に NATO 加盟を断念して 中立化 することを受け入れ、 核武装も否定する 用意がある」と述べたと伝えられました。

これはウクライナにすれば極めてドラスティックな転換のように思えましたし、和平は遠くないと思わせる希望の情報でした。しかし、その後のゼレンスキー大統領の「諸国からの軍事支援の下で戦いぬく」という度重なる表明は、あの3月27日の「用意」とは何だったのかと疑わせます。きっとどこかから圧力がかかったのでしょう。

チャヴソグル外務大臣は、NATO外相会談を通じて、「いくつかの国が、ロシアを弱体化させるために戦争が長引くことを望んでいる」と印象づけられたと言います。

「いくつかのNATO加盟国」がアメリカを含むことは明白でしょうが、わざわざ複数形にしたところに、「アメリカ」と特定されないようにするある種の忖度が働いたのかもしれませんし、アメリカに付き従うボリス・ジョンソン政権下の「イギリス」も含意したかったのかもしれません。実際、4月22日、インドを訪問したジョンソン首相は「ウクライナ戦争は2023年末まで続くかもしれない」と発言しています。

〇アメリカのバイデン大統領の思惑

言うまでもなく、NATOは1949年に設立された西側諸国の政治・経済・軍事同盟ですが、ソ連の側は対抗して1955年にワルシャワ条約機構を結成しました。しかし、これも良く知られているとおり、1991 年末にソ連が崩壊したことに伴ってワルシャワ条約機構は解体されたにもかかわらず、 NATOは単に存続し続けただけでなく、「東方拡大」の方針を取り続けました。

興味深いことに、「アメリカ・ファースト」を唱えたドナルド・トランプ前大統領は選挙期間中から激しく「NATO不要論」を主張していたのですが、トランプと闘って勝利した民主党のジョー・バイデン大統領は、「NATO拡大」の強い意思を持っています。その理由は、アメリカのヨーロッパに おける存在価値は「NATOあってのもの」と信じているからだとも言われています。

しかし、「NATOをこれまで以上に拡大・強化することが必要だ」と加盟国に思わせるためには、加盟諸国が共通の脅威を感じる「強烈な敵」がいることが不可欠で、期待に応えてアメリカの新保守主義者(ネオコン)たちは、ロシアを「強烈な敵」に仕立て上げていきました。

ウクライナ国民はもともと「NATO加盟」ではなく「中立化」を望んでいたのですが、副大統領時代のバイデンがNATO加盟を強く働きかけました。2008年にブッシュ大統領がウクライナを 訪れてNATO加盟を勧めたときには抗議デモが起こったほどでしたが、翌 2009年に誕生したオバマ政権のバイデン副大統領が訪問して「NATOに加盟すればアメリカはウクライナを強くサポートしていく」と演説した時にも、ウクライナ国民は特別な反応を示しませんでした。

しかし、バイデンは、2009年から8年間のオバマ政権下の副大統領時代に6回もウクライナを訪問し、親米傀儡政権を樹立することに努力しました。冷戦は崩壊したと言いながら、アメリカのロシア対決戦略は、遠く離れたウクライナを舞台に続いていました。そして、2014年、ついにウクライナで新ロシアのヤヌコーヴィツ政権を転覆させるクーデター(マイダン・クーデター)が起きましたが、重要なことは、このクーデターはアメリカが仕掛けたもので、その中心にバイデン副大統領がいたことです。

クーデターへのアメリカの関与については、翌2015年1月、オバマ大統領もCNNの取材の中で認めていますが、バイデン大統領は、「マイダン・クーデター」を画策した ヴィクトリア・ヌーランド次官補(ウクライナのネオナチ的極右暴力団まで動員して政権転覆を画策した張本人の一人と言われる)を国務省の政治担当次官(国務省No.3)に栄転させるとともに、政権発足直後からウクライナの親米政権に巨額の援助を行なってきました。

最近、NATO諸国の中からもウクライナ戦争におけるアメリカの好戦的な姿勢から離脱する動きが現れ始めています。ドイツは中立性を明らかにし(日本もそうありたかった)、スウェーデンはウクライナへの武器輸出を禁止し、クロアチアは戦争になればNATOから全軍を帰還させると声明を発表するなど、NATO加盟国の間でも亀裂が表面化し始めています。

〇ウクライナ戦争の本質

端的にいえば、この戦争は、アメリカのバイデン政権が、ウクライナ国民を犠牲にして(棄民して/「人間の盾」にして)プーチンにウクライナ侵攻を実行させるために、ウクライナをNATO加盟申請に駆り立てた結果として起きたもので、それによって起きた戦争の悲惨な様相が、日々、私たちの目の前に報じられているということでしょう。

戦争ではありとあらゆる非人道的・反人権的な行為が行われますが、それは日本人自身がかつてアジア・太平洋地域で行なったことでもあり、だからこそ日本は憲法第9条において、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段とし ては、永久にこれを放棄する」と規定したのだと思います。いうまでもなく私も、日々報道されるウクライナ戦争の悲惨な映像には心を痛めます。

しかし、そのことと、戦争の原因をつくったのは誰かという問題は峻別されなければなりません。ロシアを挑発し、戦争に踏み込ませたアメリカの狙いは、プーチンを「虐殺者」として指弾し、自らは「哀れなウクライナの人々」を救う「白馬の騎士」を演じつつ、膨大な軍事支援によって戦争を泥沼化させてロシアの国力を疲弊させ、これを機会にNATOや日米軍事同盟のいっそうの強化を図ること、そして、あわよくば、国民の関心を国外の戦争に振り向けさせて、インフレが40年ぶりの高水準に達してバブル経済が破綻しかかっていることや、新型コロナ・ウイルス感染症の危機がトランプ前政権時代よりも悪化し、死者が年明け早々100万人を突破した ことなどによる支持率の低下に歯止めをかけたいという狙いも含まれているかもしれません。

しかも、戦争が継続することを誰も望んでいないのかというと、そうではありません。

バイデン政権の「ウクライナ戦争激化政策」の背後には、軍需産業の利潤追求があります。アメリカはウクライナに対して何億ドルもの兵器支援を行なっており、戦争の早期終結をいっそう困難なものにしていますが、そのおかげでレイセオン・テクノロジーズ、ロッキード・マーチン、ジェネラル・ダイナミクス、ボーイングなど、軍需産業は巨大な利益を手にしています。

2022年4月24日、アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官がウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー大統領と会談しましたが、更なる武器 供 与などについて協議したものと見られています。バイデン政権のオースティン国防長官は、大手軍需産業であるレイセオン・テクノロジーズの取締役でした。戦争を誘発するような挑発的政策はとるべきではありません。ましてや、核保有大国の間でそのような一触即発の危機を招きうる挑発的政策がとられるべきではありません。

また、プロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツが「戦争は政治とは異なる手段で行う政治の継続にほかならない」と書いたとしても、無差別的な攻撃で無辜の民を命の危険に陥れるような戦争という手段は回避されるべきで す。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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