わずか2回の会議で「要綱」決定 、「侮辱罪」重罰化は誰のためか

足立昌勝

政府は2022年3月8日、侮辱罪の法定刑を引き上げる刑法改正法案を衆議院に提出した。その提案理由には、「近年における公然と人を侮辱する犯罪の実情等に鑑み、侮辱罪の法定刑を引き上げる必要がある」と説明されている。

現行の侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」。これを「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」とする改定内容だ。「拘留または科料」とは、軽犯罪法違反の罪に相当する。したがって、侮辱罪の重さは、軽犯罪法に規定されている罪と同等ということになる。

A news headline that says “Insult” in Japanese.

 

それに対し、改訂案の法定刑とした場合、以下のような法的効果が付随することになる。

①逮捕要件の緩和
侮辱罪のような「拘留又は科料に当たる罪」に関する逮捕は、刑事訴訟法199条1項により、被疑者が定まった住居を有しない場合に限られている。しかし、法定刑が引き上げられれば、この要件から外れることになる。

②勾留要件の緩和
刑訴法60条は、被疑者の勾留について、定まった住居を有しない、罪証隠滅の恐れ、逃亡の恐れがある場合に認めるとする一方、3項で、「拘留又は科料に当たる罪」については、定まった住居を有しない場合に限定している。しかし、法定刑引き上げで、前者の3つの要件のいずれかに該当すれば勾留できることになる。

③共犯の処罰
刑法64条では、「拘留又は科料に当たる罪」についての共犯規定の適用は、「共犯を罰する」ための特別な規定の存在を必要としている。だが、同じ法定刑を規定している軽犯罪法の罪については三条で「教唆し、又は幇助した者は、正犯に準ずる」と規定されているので、共犯は処罰されることになる。今回の改正で法定刑が引き上げられれば、一般犯罪と同様に共犯はすべて処罰されることになる。

④公訴時効
刑訴法250条2項により、公訴時効は、「拘留又は科料に当たる罪」の1年から「長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪」の三年が適用されることになる。

・世論・メディアの反応

この法案に対し、マスコミは一般的に好意的に見ている。

読売新聞は昨年9月17日付の「侮辱罪の厳罰化 ネット中傷防ぐ有効な制度に」と題した社説で、「インターネット空間では、心ない言葉で他人を傷つける誹謗中傷が横行している。現行の法制度を改め、深刻な被害を食い止める必要がある」と述べた。

また産経新聞は3月1日付で、「可決されれば一定の抑止効果が期待されるが、なお抜本的解決には程遠い。猥雑、低俗な言葉が飛び交うネット空間に自浄作用は期待できるだろうか」と、厳罰化以上の対策の必要性に触れている。

これに対し、朝日新聞は、法制審議会での議論に対するものであるが、昨年10月17日付で、「侮辱罪厳罰化 広範な検討欠いたまま」との社説を掲げ、「多角的で広範な検討と丁寧な説明が必要なのに、9月半ばに法相が諮問した案を、部会は会議を2回開いただけでそのまま了承してしまった。

刑法には同様に人の名誉や尊厳を傷つける罪として名誉毀損罪があるが、指摘された事実が公共の利害に関わり、公益を図る目的があり、内容が真実もしくはそう信じた相当の理由が認められる場合は罰せられない。言論・表現の自由に配慮したこうした定めが侮辱罪にはない。厳罰化するのであれば、免責する場合について広く意見を聞き、法律に盛り込む方向で検討を深めるべきではないか」と指摘していた。

日本ペンクラブも4月7日、「侮辱罪の拙速な厳罰化が言論表現の自由を脅かすことを憂慮します」との声明を発表した。

そこでは、「侮辱罪が表現行為を罰するものである以上、その厳罰化によって言論・表現の自由が不当に制限されることはあってはならない、と私たちは考えます。権力者や政府の政策等に対する批判・批評が規制される事態を強く憂慮します。表現者の集団として、日本ペンクラブは、今般の侮辱罪厳罰化によって言論・表現の自由が脅威に曝されることを懸念し、国際基準を鑑みた更なる慎重審議を強く求めます」と主張している。

さらに日弁連(日本弁護士連合会)も3月17日、侮辱罪の法定刑の引き上げに関する意見書を公表した。「法定刑を引き上げ、懲役刑を導入することは、正当な論評を萎縮させ、表現の自由を脅かすものとして不適切である」などとして、反対する姿勢だ。

意見書は、侮辱罪が公共の利害に関する場合の特例の適用がないことから、「公共の利害に関する論評であっても、他人に対する軽蔑の表示が含まれていれば、処罰対象とされるおそれがある」と指摘し、法制審議会・刑事法部会がわずか二回の会議で要綱を決定したことも問題視している。

・法制審議会での議論

拙速な審議だと批判された法制審議会での議論は、実際のところどうであったのか。

まず、法務省の幹事から諮問した理由が説明された。インターネット上において、誹謗中傷を内容とする書き込みが少なからず見受けられること、容易に拡散され削除が難しいこと、匿名性のゆえに過激な内容の書き込みが増え、心理的抑制力が低下し、さらなる先鋭化をもたらすことなど、「インターネット上の誹謗中傷は、このような特徴を有することから、他人の名誉を侵害する程度が大きいなどとして、重大な社会問題」となっているとし、

「インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題化していることを契機として、誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに、こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識も高まっていることに鑑みると、公然と人を侮辱する侮辱罪について、厳正に対処すべき犯罪であるという法的評価を示し、これを抑止することが必要であると考えられます」と説明した。

ネット上の誹謗中傷が社会問題化しているから、侮辱罪を重罰化するのだという。しかし、提案された「要綱」で採り上げられたのは、法定刑の引き上げのみ。そこに、インターネットに関係する記載は一言もない。

諮問に至る説明と要綱で、内容があまりにも乖離しているのだ。よくこのような内容で審議できたものである。法制審議会は「結論ありき」だから仕方がない、で済まされる問題ではない。

審議で提示された「侮辱罪と正当な表現行為に関する論点」によれば、①侮辱罪に該当し得るが正当な表現行為として処罰されない場合の有無・根拠②正当な表現行為について侮辱罪により処罰しない旨の規定の要否・当否③正当な表現行為に対する「萎縮効果」が採り上げられている。

しかし、これらはすべて抽象的なもので、インターネットと直接的には無関係である。この論点は、侮辱罪の法定刑を引き上げるために、アリバイ的に考えられたものでしかない。

それでも、ほんの少しだけだが、ネット上の誹謗中傷についての議論がなされてはいる。ある委員が「インターネットを使った場合には、侮辱罪の法定刑をさらに引き上げるというか、同じ侮辱罪でもネット上でやった場合についてはトップアップするというか、そういう考え方はないのでしょうか」と質問したところ、

法務省の幹事は、「やはりその書き込み、入力とか発信が容易であり、一度書き込みが行なわれますと、その書き込みが容易に拡散する一方で、ネット上から完全に削除することは極めて困難であり、広範に認識され得るといった特徴があるものと認識しております」と説明した。

そのうえで、加重類型にも言及している。

「インターネット上の侮辱行為を特に重く処罰する加重類型を設けることにつきましては、いくつか問題があるのではないかと考えております。まず、侮辱罪では、公然性が要件とされており、侮辱罪が成立するためには、不特定又は多数の者が認識できる状態で侮辱行為を行なうことが必要でございます。

このように、犯罪成立要件として、広範に認識され得るものであることがすでに必要とされているなかで、(略)インターネット上の侮辱行為だけ取り出して重く処罰する対象とすることは適当でないとも考えられるところでございます」。

しかし、これは、市民社会である実社会とインターネット社会を混同したものである。後述するようにネット社会には、いくつかの特徴が存在し、実社会と同等に論ずることはできない。「不特定又は多数の者が認識できる状態」については、それぞれの社会のありようによって考えるべきものであり、形式的な要件の同一性のみを理由とした説明では納得できるものではない。

法制審議会では、なぜ詳細な論議をしなかったのであろうか。

それは、委員や幹事の問題意識の欠如が原因なのだろう。法務大臣の諮問した内容をそのまま通すための議論はしても、それに反対する議論は行なってはならないというような不文律でもあるのだろうか。

一度、法務省の意向に反対する委員を選任してみたらいかがだろうか。もっと活発で、有意義な議論ができ、より良き答申が生まれるだろう。

・登場してきた背景

今回の改定の端緒となったのは、女子プロレスラーの木村花さんを巡る痛ましい出来事である。木村さんはフジテレビ系の深夜番組「テラスハウス」に出演していたおり、番組中のシーンを巡ってSNSで「死ね」「消えろ」などとたびたび中傷を受け、2020年5月に自ら命を絶った。

Defamation on SNS

 

これまでに、木村さんや母親の響子さんを中傷したとして、複数の人物が侮辱容疑で書類送検され、有罪となった。しかし、その処分は現行規定に従い、9000円の科料であった。それが報道されると「罰則が軽すぎる」との声が渦巻き、厳罰化の機運が高まったといわれる。

とはいえ、侮辱罪の法定刑は「拘留または科料」であって、金額まで定めていない。検察官はなぜ重い拘留を求刑しなかったのか。そうなれば事情は全く異なってくる。

法務省が法制審議会に配布した資料によると、2020年における「侮辱罪のみにより第一審判決・略式命令のあった事例」は全国で30件存在するというが、それらはすべて過料9000円で決着している。そのうち、インターネット関連は21件で、SNSの利用7件、掲示板の利用9件、ブログ1件、口コミ掲示板1件、コメント欄の利用2件、記事の掲載1件である。

その他の9件は実社会で起きたもので、情報誌に掲載、郵便受けの利用、集合住宅での声出し、窓ガラスに貼付、駅の柱に貼付、路上での声出し(2件)、商業施設の掲示板の利用、商業施設での声出しであった。

なぜこれらの行為に対し、科料のみの求刑で終わったのかということについての総括こそ必要だろう。それが現行法の立場を示すからだ。もしそれらの行為が29日間の拘留などとされていたら、世論はどうなっていたのであろうか。

検察官は、将来的な重罰化を意図した求刑をしたのではないかという疑念は捨てきれない。

 

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足立昌勝 足立昌勝

「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。

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