わずか2回の会議で「要綱」決定 、「侮辱罪」重罰化は誰のためか
政治・市民社会とインターネット社会
筆者は、インターネット上の誹謗中傷に対策が必要であることは否定しない。しかしそれは、実社会と分けたうえで、ネット社会の持つ特徴を前提として、行なわれなければならない。
ネット社会とは何か。それは、以下の7点にまとめられる。
①等質性・仮想性
人は、出自・家族・社会的立場などがそれぞれ異なり、また、個人としての特徴はさまざまである。しかし、インターネット社会では、ログインしたとたん、具体的な身体的特徴は削ぎ落とされ、誰もが同じユーザーとして抽象化される。社会的立場や経験などが問われることはない。男女も、また大人も子どもも区別されない。
さらに、ネット社会ではすべての者に対し、法律やマナーの遵守など同じルールが課される。
②匿名性
ネット社会では通信相手の顔が見えない。たとえ相手が名前を名乗っていても、その人が本当にその人なのかどうか認証することは困難である。
③情報の量と速さ
ネット社会では、大量の情報が瞬く間に地球を駆けめぐっている。個人情報は1人分でも100万人分でも同じように、一瞬のミスで漏洩してしまう。
④複製性
情報は容易にコピー・複製される。そのため、一度ネットワークに発信された情報は複製され続け、取り戻すことができなくなる。
⑤可塑性
情報は恣意的に改変される可能性がある。
⑥双方向性
ネット社会では、人は、情報を受け取るだけでなく、発信することもできる。それも、誰がしたのかがわからないままに。
⑦無国境性=世界は一つ
市民社会と異なり、ネット社会では国境がない。
このような特徴から、インターネット社会の持つ問題点をまとめれば、以下のようになる。
①個人の情報発信は容易だが、発信者側に倫理的な自己規制が求められない。
②発信者には匿名性があり、それを利用した、違法な情報発信が行なわれる素地がある。
③違法な情報を流すサーバーを削除しても、別のサーバーに容易に移ることができるため、情報は流通し続ける可能性がある。
④特定のプロバイダが情報流通の制限を行なっても、他のプロバイダを使って情報流通が存続する可能性がある。
こうした特性を有するネット社会をめぐる問題は、われわれが生活する実社会と同じレベルで考えてはいけない。5体で実感でき、境界が存在する社会とそれらが存在しない社会とは全く異なっているのである。
このことは、侮辱罪についてもいえる。実社会での侮辱罪とインターネット社会での侮辱罪を同じ法で扱うことに誤りがあるのだ。それぞれの実情に合った形で整理し、論点を煮詰めなければならない。
国内法の規定には差があるため、ある国で違法とされた情報も、別の国では合法的なものとして情報流通し続ける。これは、インターネット社会に関する国際条約が存在しないことに由来している。
大切なことは、国境なきインターネット社会を規律する国際条約をまず制定すべきである。基本条約や基本法が存在しない現状では、今回問題となっているネット社会を対象とした侮辱罪の重罰化については、実社会に影響を与えない形で考えるべきだ。
そのためには、ネットを利用した侮辱罪を、侮辱罪とは異なるものとして規定すべきである。
(月刊「紙の爆弾」2022年6月号より)
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「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。