【書評】泉房穂『わが恩師 石井紘基が見破った官僚国家日本の闇』―特別会計・特殊法人というタブーに挑んで斃れた先人の志に学ぶ 嶋崎史崇
映画・書籍の紹介・批評黙殺された「ザイム真理教」
今年の流行語大賞を受賞したのは「ふてほど」(『不適切にもほどがある』)でしたが、そこに森永卓郎氏のベストセラーに由来する「ザイム真理教」が候補にすらなかったことを鋭く指摘したのが、植草一秀氏です。
【連載】知られざる真実/2024年12月1日 (日)財務省の嘘と医療マネー
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ザイム真理教は、財務省による緊縮財政または財政均衡至上主義を批判する言葉であり、私自身森永氏の関連書籍『書いてはいけない』の枠組みで簡単に論じたことがあります。
【書評】森永卓郎『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』―ジャニーズ問題、「ザイム真理教」、日航123便事故に共通する権力とメディアの闇
https://isfweb.org/post-35668/
そのザイム真理教に並ぶタブーである特別会計および特殊法人の問題に国会で堂々と斬り込み、2002年に壮絶な死を遂げた石井紘基衆院議員。その思想と行動を、彼は政治家だけでなく財政学者・活動家でもあった、という多角的な視点から解説する新書が、今年9月に集英社から刊行されました。石井氏の付き人を務めた元明石市長・元衆院議員の泉房穂氏によるものです。私が見るところ、財政問題はワクチン薬害や日航123便墜落問題、米国の不正選挙疑惑に匹敵するタブーであり、全国紙による本書の書評もほとんど見かけません。そのため、この書評では特別会計・特殊法人の問題を扱う第1部「官僚社会主義国家・日本の闇」「第1章 国の中枢に迫る『終わりなき問い』」に重点を置いて紹介、解説します。
日本もソ連と似たような「官僚社会主義国家」:特別会計・特殊法人の闇に斬り込む
石井氏は紀元二千六百年の1940年に東京・世田谷で生まれ、八紘一宇にちなんで「紘基」と名付けられました。中央大学法学部に進学し、自治会委員長を務め、60年安保に参加した世代です。その後、早稲田大学法学部大学院に進学しました。しかしその後冷戦の最中に、社会党からの依頼でモスクワ大学大学院に留学し、博士号まで取得したことが、彼のものの見方に決定的に影響することになります。
石井氏は留学中に、当時左派の間で理想化されていたソ連が「官僚が支配している独裁国家」であると見抜きました。けれども彼の本当の独創は、実は日本もまたソ連と同様に、一部の支配層のみが利益を得て、大多数の国民が苦しめられる「官僚社会主義国家」ではないか、という疑問を持ちえたことでしょう(24頁)。
1度の落選を経て、1993年に日本新党から初当選した石井氏は羽田内閣の総務政務次官に就任し、日本を官僚経済国家たらしめている特別会計・特殊法人の問題に挑みました(27頁)。
国会やメディアで広く議論されているのが、2024年度で約112.6兆円の「一般会計」です。単一の会計で全予算を管理しています。
財務省:「予算はどのような分野に使われているのか」https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-02.html
これに対して、各省庁が特定の事業目的のために一般会計とは別に管理しているのが、特別会計です。財務省の外国為替資金特別会計・財政投融資特別会計、厚労省の年金特別会計、復興庁の東日本大震災復興特別会計、総務省の交付税及び譲与税配付金特別会計等、22年度現在で13の特別会計が設けられています。
財務省:「各省庁が公表している特別会計財務書類、省庁別財務書類及び事業別フルコスト情報等へのリンク(令和4年度)」
https://www.mof.go.jp/policy/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2022/link.html
そして驚くべきは、この特別会計の24年度の予算額が、会計間相互の重複計上額等を除いた「純計額」で207.9兆円もあることです。つまり一般会計の倍近い規模がありながら、国会やメディアにおける論議や審査の対象に特別会計がほとんどなっていない、という国ぐるみの茶番が行われている、という実態があるわけです。
財務省:「特別会計の歳出予算額」
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/special_account/yosan.html
当時民主党所属の衆院議員だった石井氏は、02年6月12日の国会質問でこの問題に踏み込み、当時の一般会計約81兆円は「カムフラージュ」に過ぎないと看破しました。その上で特別会計約167.2兆円を含め、重複分を除いた当時の本当の国家予算が、約200兆円であることを暴き出したのです。石井氏は、この金額は当時のGDPの39%を占め、欧米主要国を大きく上回り、市場経済を阻害する「管制経済」の様相を呈している、とまで指摘しました(31-37頁)。
さらに顕著であるのは、石井氏の01年4月4日の国会質問に対し、当時の麻生太郎経済財政担当相も、宮沢喜一財務大臣も、特別会計を含む日本の真の予算額を正しく答えられなかった、という衝撃的な事実です(38頁以下)。
こうした巨額の特別会計の担い手になっているのが、特別の法律によって整備された特殊法人です。24年度4月現在、総務省所管のNTT東日本・NTT西日本・NHK・日本郵政、財務省所管のJT・日本政策金融公庫・日本政策投資銀行・国際協力銀行、厚労省所管の日本年金機構、国交省所管の東京メトロ・成田国際空港株式会社・東日本など全国六つの高速道路株式会社、経産省所管の商工中金など、34法人があります(01年当時の77団体から見かけ上は減少、30頁)。NTT・郵政・JT等も含め、株式会社であることと、特殊法人であることが矛盾しない、という実態を押さえておく必要があります。
財務省:「所管府省別特殊法人一覧(令和6年4月1日現在)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000938281.pdf
こうした特殊法人に無数のファミリー企業がぶら下がり、それらの潜在的な行政費用を含めた本当の国民負担率は6割近い、とも石井氏は上述の02年6月12日の国会質問で明らかにしました。当時の塩川正十郎財務相は、何ら反論できませんでした(36頁。以上の国会発言は、公式議事録で確認済み)。
しかもこういった不透明な財政状態に踏み込むべき会計検査院には強制的な権限がなく、特別会計や特殊法人や傘下企業までを監視できていない、という理不尽な実態についても石井氏は嘆いていました(40頁)。
石井氏は単独で特殊法人の一つである住宅・都市整備公団の問題に焦点を当て、国政調査権を用いて発注操作や天下りの実情に迫りました(42頁)。
石井氏暗殺を巡る不可解な疑惑
02年10月25日、石井氏は「日本がひっくりかえるくらい重大なことを暴く」と予告しつつ、後に「個人的な金銭トラブル」が動機と供述した右翼活動家によって刺殺されました。当時石井氏が持っていたとされる資料は今もみつかっていません。
しかもこの動機について裁判所は信じがたいと判断したのに、犯行を指示した“黒幕”への追及はあえて封印され、単独犯として片づけられます。
注目すべきは、10年10月30日のテレビ朝日番組「報道発 ドキュメンタリ宣言スペシャル 石井紘基議員 殺害の謎」です。この番組は、服役中の実行犯に取材し、犯行当日の不可解な足取りを明らかにしつつ、単独犯ではなく殺害を依頼した“黒幕”が存在することを認めた決定的な証言を引き出しています。殺害前に、石井家周辺には、実行犯以外の不審な人々が出没していることも、遺族が振り返っています。一昔前の主要メディアにはこのような番組を制作し、放送する気概があったのだ、と慨嘆させられます。
https://x.com/hide_Q_/status/1708437208162836934
参考に、もう1本、石井氏の生涯を回顧した番組を挙げておきます。
フジテレビ『日本病』の正体~政治家 石井紘基の見た風景~」(2003年放送)
https://www.youtube.com/watch?v=3aAOtNDjEyw
翻って現状の報道状況においては、こういった重大な疑惑を徹底的に追及する気概が衰微しているようにも見受けられます。この傾向は、安倍元首相暗殺事件やコロナワクチン薬害事件を巡る現状の報道の傾向とも共通します。
財務省対厚労省
第1部第2章「日本社会を根本から変えるには」では、師匠の石井氏の志を継いで衆院議員・明石市長になった泉氏自身のこれまでの活動と、これからの構想が語られます。国会議員としても市長としても、非効率な既存の事業を見直しつつ、子供・子育て支援に力を入れ、中央および地方の官僚と対峙してきた泉氏。そんな泉氏ならではの独創的な見方が、財務省と厚労省が縄張り争いのような仕方で、増税と保険料値上げを繰り返し、政治家すらいわばその代理戦争の担い手にすぎないのでは、と思わせるようなものです。具体的には、国民福祉税導入を狙った細川護熙氏は財務省派、介護保険法を成立させた橋本龍太郎氏は厚労省派、消費税増税を決めた民主党政権(菅・野田政権のことと思われる)は財務省派、と分類されます(58頁以下)。確かに厚労省は、保険料という形で税金とは別の予算を持っているという見方もできます。2024年度予算で、保険料収入は80.3兆円に上ります。
厚労省「給付と負担について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21509.html
税務調査に伴う強大な捜査権限を持つ国税庁を傘下に持ち「ザイム真理教」とも批判される財務省に対して、近年ではコロナワクチン接種キャンペーンの中心に位置し、兆単位のコロナ対策予算を確保したのが厚労省です。泉氏が指摘するように、財務省は東大法学部を総本山とする学歴社会の頂点として、政治家ですら頭が上がらないほどの「エリート信仰」の対象になっています(63頁)。それに対して私からは、厚労省は、理系の学歴・偏差値序列の頂点に位置し、何が病気で何が正常であるかを定義する権威を持つ医学界、そして莫大な経済権益を誇る製薬業界を従えている、と指摘しておきたいです。財務省であれ厚労省であれ、「官僚がつねに政治の上にいる」「官僚主権国家」が日本だ、という泉氏の指摘は痛烈です(61頁)。
都道府県を廃止し、国・圏域の2層構造へ
省庁を縮小し、予算編成権と会計検査院を首相直属に
こうした現状認識の下、泉氏が石井氏を引き継いで提案する「官僚主権」から「国民主権」への転換を図る「救民内閣構想」の政策は斬新なものです(62頁)。省庁再編と共に、官僚制の根源たる明治以来の中央集権を見直すため、国・都道府県・市区町村の3層構造を、江戸時代の幕藩体制のような2層構造に戻し、特別会計を含めたカネの流れを徹底的に見直す、という「令和の大改革」です(83頁以下)。地方分権案は「廃県置圏」と名付けられ、「中間管理職」的な都道府県を廃止して、国の権限のかなりの部分を、江戸時代の藩の数と同じ300程度の圏域に移して、それぞれの地方の実情に見合った政策をやらせる、というものです。それに伴い、外交・年金・保険などは国が管理しますが、総務省の地方部門、文科省の教育部門、経産省の大部分は廃止されます。その上で、予算編成を担う財務省の中心的権限と、会計検査院を首相に直属にする、という最も決定的な改革を行うべきだ、と論じられます(96頁)。恐らくその新しい会計検査院は、国税庁のような強力な捜査権限を持っていないと、意味がないことになるでしょう。
非常に大胆な構想であり、5回の国政選挙での勝利が必要となるだろう、という気宇壮大なものです(102頁)。こうした国民本位の政策に共感しうる政治家が実際にどれだけいるのか、と私は不安にならざるを得ません。しかし現状の腐敗した体制を打破するためには、これくらいの荒療治が必要、とも思えてきます。
政治家だけでなく、活動家、学者でもあった石井氏
第2部 「“今”を生きる『石井紘基』」では、泉氏と3人の人物との対談から、石井氏の思想と活動が浮き彫りにされます。
1人目の対談相手は、石井氏がソ連留学時代に結婚した妻との娘であり、父の秘書を務めたこともあるターニャ氏です。有力な政治家が、検察や大手メディアにより徹底的な荒探しをされ、しばしば冤罪まがいのような仕方で失脚させられるのは常套手段です。泉氏とターニャ氏が、石井氏は不祥事がほぼ出なかったからこそ殺されたのでは、と推測しているのは印象的です(137頁)。「行政監察院」の会計士が政治家の経費を監査するという石井氏が持っていたので、多くの族議員らに疎まれていた(150頁)、という事情も知っておくべきでしょう。
2人目は統一教会問題で有名な紀藤正樹弁護士です。石井氏の遺族代理人でもあります。石井氏はオウム真理教や統一教会対策・被害者救済に取り組んでいました。特にロシアとオウム真理教の繋がりには詳しかったとのこと。紀藤氏は、石井氏がもし生きていたら、裏金問題も統一教会問題も今とは違っていたと振り返る通り(170頁)、石井氏が殺された悪影響は日本政治にとって決定的だった、といえるでしょう。また、カネと宗教という二大問題を追及した異端者への報復措置、また他の政治家らへの脅しという観点からは、疑惑の多い“自殺”や“不審死”ではなく、あのような壮絶な刺殺でなくてはならなかった、とも推測できます。泉氏は、自分はそんな石井氏の政治家としての側面を継ぎ、紀藤氏は活動家としての側面を継承し、次の安富氏は財政学者としての側面を評価している、とまとめます。
その3人目の安富氏は満州国や「東大話法」の研究で著名な経済学者です。参院選や、埼玉の市長選に出た政治経験もあります。安富氏が、日本を満州国と瓜二つとみていたことと、石井氏が日本をソ連と同様の構造の国家と見ていたことが並行的な関係にあり、その共通点は官僚主導経済体制である、という指摘は興味深いものです(203頁以下)。財閥を排除し、今日の特殊法人に通じる公社を大量に作った「官営」国家・満州国、という見方も一般にはそれほど知られていないのではないでしょうか(211頁)。安富氏が、石井氏の殺害は、単に特定の人物が命令したということだけでなく、日本という官僚国家システムが脅威と受け取って抵抗したからでもある、と指摘するのは示唆的です(235頁)。
おわりに:石井氏の志を継ぐ者は誰か?
殺人すら厭わないとされる官制経済社会主義国家システムの暴力性と、絶大な権力を打ち破れない絶望的な現状。そのような状況の中、石井氏の名前にも言及しつつ、まさに命がけで、特別会計・特殊法人の問題に斬り込む若き女性の候補者が現れました。激戦の衆院選東京1区で、無所属ながら国政政党の共産党や参政党の候補者を上回る健闘を見せた1989年生まれの佐藤沙織里氏です。公認会計士・税理士として、減税政策を訴えつつ、庶民を苦しめる既得権益をなくすことを唱え、来年2月の千代田区長選への出馬を表明しています。
佐藤氏の演説動画:https://x.com/satosaori46/status/1850153155474165938
特別会計・特殊法人問題についての佐藤氏の解説動画:https://www.youtube.com/live/QU9B5Q2shTo?si=18LGkKNIgI5pLYCX
NHKによる2024衆院選開票結果(東京):
https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/shugiin/13/
現役国会議員の中では、ISFでおなじみの原口一博・元総務大臣と、上田清司・参院議員(元埼玉県知事)、そして今回15年ぶりに衆院に復帰した河村たかし前名古屋市長が石井氏の下、「国会Gメン」として働いていた、と聞きます(46頁)。
もちろんこういった特定の政治家に期待するだけでなく、「つながればパワー」を合言葉としていた石井氏の志に、私たち一般有権者が呼応して行動することも大切です。その手掛かりを得るため、まずは本書を参考にしつつ、石井氏の遺した『日本が自滅する日 官制経済体制が国民のお金を食い尽くす』(PHP研究所、2002年)等も繙いてみてはいかがでしょうか。
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☆ISF主催公開シンポジウム:トランプ政権と東アジアの危機回避 ~米中対立の行方~
☆ISF主催トーク茶話会:真田信秋さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
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しまざき・ふみたか 1984年生まれ。MLA+研究所研究員。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科修士課程(哲学専門分野)修了。著書に『ウクライナ・ コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社、2023年6月)。記事内容は全て私個人の見解。主な論文に「思想としてのコロナワクチン危機―医産複合体論、ハイデガーの技術論、アーレントの全体主義論を手掛かりに」(名古屋哲学研究会編『哲学と現代』第39号、2024年)。論文は以下で読めます。 https://researchmap.jp/fshimazaki 記事へのご意見、ご感想は、以下までお寄せください。 elpis_eleutheria@yahoo.co.jp