甲斐正康さんインタビュー:労働者・市民運動家としての歩みと、物流問題・種子法の問題を中心に―嶋崎史崇

嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員)

日米合同委員会への抗議活動や、水道民営化・PFAS等の多様な問題で斬新な運動を展開し、ISFでも既におなじみの甲斐正康さん。
https://isfweb.org/columnist/%e7%94%b2%e6%96%90%e6%ad%a3%e5%ba%b7/

note「かい正康#みちばたから声をあげよう!!」:https://note.com/michibata_kaima

昨年末のある日、これまでの人生の歩みと、一連の活動の原点の一つである種子法の問題と、最大の得意分野である物流問題について、2時間にわたってお話を聞く機会を頂きました。

 

左官業から大型トラック運転手へ

甲斐さんは東京都調布市で、1978年1月に生まれました。左官として懸命に働いていた父に憧れを抱いていたこともあり、高校中退後、早くも15歳で、家業を手伝うようになりました。数年後、ご自分が「あまり器用でない」ことを自覚し、家業の経営状況も悪化したことから、もう一つの目標であった大型トラック運転手の道を選びました。以降、いくつか職場を変えながらも、運転手としては40代半ばにして、既に20年以上の実績があります。

今から振り返ると意外ですが、35歳ごろまでは仕事一筋で、投票にもあまり行っていなかった、と告白する甲斐さん。愛妻家としても知られますが、常に投票を欠かさず、様々な社会問題に関心を持っていた妻との出会いが、甲斐さんを変えたと聞きます。運転手として日々の労働に勤しみながら、仲間と共に、森友問題や加計問題等を巡って、国会前で抗議するようになりました。現在も続く市民団体「#みちばた」を結成したのもこの頃でした。

種子法請願書の成功体験
しかし甲斐さんの鋭いところは、そうした一般的に広く知られた問題の陰で、大手メディアが十分に報道しないまま2018年に実施された「種子法廃止」の重要性にも気づいたことです。各都道府県の風土にとって最適なコメ・麦・大豆等の主要農作物の種子を国が責任をもって管理し、農家に供給することを義務付けた法律でした。併せて制定された農業競争力強化支援法とあいまって、種子の供給が外資系企業を含む民間企業にとって代わられ、十分な供給ができなくなる、という事態が危惧されていました。2024年に表面化した米不足問題との関連も気になりますが、甲斐さんはこうした懸念をひとごとで終わらせず、「一体自分はどうすればいいのか」と問い直し、地方議会への請願活動を始めました。新潟県が種子法廃止によって生じうる不備を県として補うために制定した「主要農作物種子条例」を参考に、都議会議員の控室を片っ端から訪ねて種子法に関する請願書の提出にこぎつけましたが、この時は不採択になりました。

しかし甲斐さんはそこであきらめず、心ある議員に助けられ、地元の三鷹市議会に請願書を提出しました。甲斐さんが自ら議会での趣旨説明に立ち、「自分の代ではもしかしたらこの種子法廃止はそこまで影響はないかもしれない。だが、次代の子どもたちの為にもやらないわけにはいかない」と熱弁をふるいました。事前には厳しい結果が予測されていましたが、議員の助言を得て参院の付帯決議を文面に加えたこともあり、民主党系議員や共産党議員に加え、予想外にも公明党の支持も得て、請願書は奇跡的に可決されました。

2018年12月21日に採択された請願書「主要農作物種子法廃止について」の内容は次の通りです。
「三鷹市議会は、国及び東京都に対して日本の種子保全に関する積極的な施策を求めていただきたい。日本の農業と国民の食生活を支えるために昭和27年に制定された主要農作物種子法(以下種子法)は、平成30年4月1日に廃止された。この法律では、主要農作物である稲、麦、大豆の優良な種子の安定供給が、各都道府県に義務づけられていた。厳密な品質管理の下、農家に優良で安価な種子が供給され、主要農産物の安定的な生産及び普及に国が責任を持つことで、国民は安心できる食生活が送られてきた。しかし、種子法が廃止されることにより、国による農家に対する安定的な種子の供給の減退による中小農家の撤退、種子の国外流出、外国企業の種子の独占、そして日本国民の食の安全性の損失が懸念される。これは三鷹市の農業、農家、そして消費者にとっても重大な問題である。種子法廃止に当たり、参議院では附帯決議として『都道府県での財源確保』『種子の国外流出禁止』『種子独占の弊害の防止』などが求められている。三鷹市議会においては食料主権の観点から、国会、政府、東京都に対し、日本の種子を保全するための新たな法整備を行うことを求める意見書を提出するよう請願する。上記を地方自治法第124条の規定により、請願書を提出する」
https://www.gikai.city.mitaka.tokyo.jp/activity/pdf/2018seigan07.pdf

しかも甲斐さんによる請願書の採択は三鷹だけにとどまらず、全国に拡散され、石川県の種子条例制定にも影響を及ぼしたので、成功した市民運動の実例といえるでしょう。
石川県主要農作物種子条例(令和2年4月1日施行):
https://www1.g-reiki.net/ishikawa/reiki_honbun/i101RG00001440.html

なお甲斐さんは、月刊誌『科学的社会主義』2024年8月号に「タネはインフラ、食はいのち いのちを繋ぐタネの民営化に反対」を寄稿しており、本記事でも参考にさせていただいています。
種子法については、『長周新聞』の次の記事も役に立ちます。
「種子法廃止とこれからの日本の農業について 元農林水産大臣・山田正彦」2019年10月26日。

https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/13829

 

物流問題を巡る抗議と政策提言
水道や種子の問題と並んで、甲斐さんが特に熱心に取り組んできたのが、ご自分も長年当事者だった物流の問題です。関東地方を中心とする「地場」の配送が仕事の中心だった、と聞きます。
「働き方改革関連法」施行に伴う物流業界の「2024年問題」は、一般のメディアでもそれなりに報道され、ご存じの方も多いでしょう。トラックドライバーの残業時間規制が厳しくなり、年間960時間に制限されることで、人手が不足し、物が運べなくなるかもしれない、という問題です。そもそも960時間というのも少なくないのですが、それだけ働いてもなお人手不足、という深刻な実態があります。トラック運転手は、基本給が低く抑えられ、歩合制の部分が大きいため、残業代が減ることによる離職、他業種への流出も懸念されています。当然ですが、あらゆる物資は最終的にはトラックによって店舗や個人宅に運ばれるので、物流は私たちの生活を支える不可欠のインフラです。しかし、その重要な業界で働く人々が十分に評価されているとは到底いえない状況にあります。甲斐さんは、今のところ業界の努力で何とか24年を乗り切ったように見えるが、徐々に状況が悪化することが予想され、国民生活に決定的な不自由が出るまで、人々はドライバーの不遇を理解できないのではないか、とも嘆きます。

そもそも物流業界の苦境は、1990年に物流2法(貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法)の改正による規制緩和が実現し、業者数が増え過当競争になったことが要因の一つである、と甲斐さんは分析しています。免許が細分化され、取りにくくなったことも要因として挙げられる、とも指摘します。しかも、バブル崩壊と重なる時期ですので、景気が悪くなって輸送量が減れば、業者同士で少しでも安く受注しよう、という潰し合いのような事態に陥り、荷主に対して交渉力が弱くなったわけです。それ故、本来荷主負担であるはずの高速道路料金を業者側が負担させられたり、運転とは別の業務である貨物の積み下ろし作業も、運転手が引き受けざるを得なくなったりしています。「多重下請け構造」に基づく「ピンハネ」もまた、運転手にとって不利な条件です。

こういった状況の中、国民民主党の玉木雄一郎氏が、23年4月にXで大型トラックの速度規制を80キロから100キロに緩和してはどうか、と提案しました。これに対し甲斐さんは、そもそも大型トラックは構造上100キロでの持続的走行に耐えられず、燃費も悪くなり、過労状態も相まって事故リスクも増すだろうと指摘し、「現場を全く知らない人の意見」と批判します。玉木氏の秘書に「物流2024年問題の大型トラック速度制限緩和発言の撤回を求める要求文」を渡しましたが、ご返事はなかったそうです。

速度上限引き上げに対する代案として甲斐さんが当事者の目線で提案するのは、貨物自動車限定での高速道路無料化、および燃料税の引き下げです。いずれも現実的であり、実効性もあると思われます。
なお甲斐さんは『週刊新社会』に「2024年問題 政策が招いた物流業界の問題点」として、上下2回にわたり寄稿しており、本記事でも参考にさせていただいています(2023年7月5日付・12日付)。

また、甲斐さんが物流問題についてわかりやすく解説した動画として、次のものがあります。
「戦慄の24年問題! 荷物が届かなくなる! 現場の悲痛な声を聞いてくれ [三橋TV第749回] 甲斐まさやす・三橋貴明・高家望愛」(2023年8月30日公開)
https://www.youtube.com/watch?v=u1BMQSjOgok

国土交通省の公式見解を示す資料としては、参考までに、次の資料を挙げておきます。
「物流の2024年問題について」
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001620626.pdf

 

労働者の代表として国会を目指す
私自身、甲斐さんの主催する合同委員会への抗議集会の現場に何度も居合わせ、その力強い演説に感銘を受けてきました。米軍やCIA、イスラエルに抗議するのが恐ろしくないのかと問われても、「大型トラックの運転の方がよほど命がけで怖い」と豪快にも一笑に付してきました。甲斐さんの勤務した運送会社は比較的労働条件が良かったと聞きますが、それでも不可避的に、体力だけでなく精神力も常人ならざるものになったのだろう、と私は推測しています。多岐にわたる分野で、独学で最新の知識を身に付けているところも強みです。大学まで進学したとしても、卒業後の人生の方がはるかに長いため、どれだけ自主的に学び続けられるかが、学校の勉強よりも、はるかに重要だともいえるでしょう。そうした熱心な独学の一方で、食料では鈴木宣弘氏、PFASでは小泉昭夫氏、合同委員会・地位協定では吉田敏浩氏など、各分野の第一人者的な専門家の講演会に出向き直接学ぶ、という甲斐さんの姿勢も特徴的です。

合同委員会関連の活動をきっかけとして、また三鷹でお世話になった議員とのご縁もあり、24年3月には運送会社を惜しまれつつ退職し、新社会党の要請に応えて、市民運動委員長および25年参院選予定候補に就任しました。無所属で出た23年の三鷹市議選には惜しくも落選していますので、社民党との統一名簿にて、労働者・市民運動家からいきなり国政を狙うことになります。新社会党は、特に小選挙区制に反対し、数人の国会議員が日本社会党とたもとを分かつ形で1996年に結党され、一時は国政政党でもありました。消費税、原発はもちろん、日米安保にすら反対してきました。「護憲・平和・人権・環境」を旗印とする正統な左派政党であるといえるでしょう。他方で、甲斐さんが盟友の社会派ユーチューバー・翻訳家のJT3Reloadedこと川口智也さんと共に主催する様々な集会には、日本の真の独立を目指すという旗印の下、幅広い思想の心ある人々が参加していることも、付け加えておきます。

私自身、日本の国会には、官僚・経営者・弁護士・医師といったいわば特別な職業の出身者があまりに多く、(労働組合の幹部役員出身者らを除いて)純然たる労働者出身の議員が少ないことに違和感を覚えてきました。もちろん様々な分野の方々の英知を生かすことは大いに必要ですが、議会が国民全体の縮図になっているとは到底言い難く、こうした均衡を欠く議員構成が庶民の生活を軽んじる政治の原因の一つになっているのでは、とも感じてきました。

24年衆院選では、左側ではれいわ新選組が躍進を果たして最古参の共産党を上回り、右側では参政党や日本保守党がそれぞれ3議席を確保するなど、民意は多様化し、小政党同士の生き残り競争は熾烈を極めています。社民党は衆院選では沖縄での1議席確保にとどまりましたが、2013、16、19、22年の参院選では、比例代表でしぶとく1議席を確保してきた実績もあります。

こうした各党のせめぎ合いの中、「普通に働く労働者が普通に生活ができて、誰もが将来の心配をせずに暮らせる社会を」と「平和・生活・いのちが大事」を合言葉とする甲斐さんが、今年の参院選で、労働者の代表として国会への道を切り開くことができるかどうか、注目に値すると思います。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

☆ISF主催公開シンポジウム:トランプ政権と東アジアの危機回避 ~米中対立の行方~

☆ISF主催トーク茶話会:真田信秋さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

☆ISF主催トーク茶話会:船瀬俊介さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

☆ISF主催トーク茶話会:大西広さんを囲んでのトーク茶話会のご案内

 

★ISF(独立言論フォーラム)「市民記者」募集のお知らせ:来たれ!真実探究&戦争廃絶の志のある仲間たち

※ISF会員登録およびご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。
ISF会員登録のご案内

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」

 

嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員) 嶋崎史崇(市民記者・MLA+研究所研究員)

1984年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系修士課程修了(哲学専門分野)。著書に『ウクライナ・コロナワクチン報道にみるメディア危機』(2023年、本の泉社)。主な論文は『思想としてのコロナワクチン危機―医産複合体論、ハイデガーの技術論、アーレントの全体主義論を手掛かりに』(名古屋哲学研究会編『哲学と現代』2024年)。 論文は以下で読めます。https://researchmap.jp/fshimazaki 記事に対するご意見は、次のメールアドレスにお願いします。 elpis_eleutheria@yahoo.co.jp Xアカウント:https://x.com/FumiShimazaki

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ