第3回 小児甲状腺がんは放射線被曝による(下):「科学的」と称するデータ処理で真逆の結果を導くことができる―原子力ムラ「専門家」を使った権力の歴史ねつ造を許してはならない―
核・原発問題(2)甲状腺がん有病率は放射線被曝とヨウ素噴出からの経過時間に依存する福島県県民調査委員会の奇怪な『科学的』検討
福島県県民健康調査検討委員会による健康調査は、原発事故当時18才以下の者に対して1巡目から4巡目(3~4巡目は途上)まで実施されている。とりまとめられているのは2巡目までである。対象者は約38万人のところ1巡目は30万人、2巡目は約28万人に実施された。
当初地域割りは避難区域、中通り、浜通り、会津地方と4区分されており、「悪性ないし悪性の疑い」の発見率は、1巡目は、地域差は明瞭には見られないとされ「放射線の影響とは考えにくい」とされた。2巡目は「被曝線量が高い有病率が高い」とされ1巡目の結果を否定するところとなった。濱岡豊氏3)④が検査結果をまとめたグラフを図6に示す。
土地汚染状況は会津、浜通り、中通り、避難区域の順に大きくなっている。1巡目は地域(汚染状況を反映している)には依存していないが、2巡目は汚染状況が大きくなるにつれて有病率(オッズ比)は高くなっており、有病率が汚染程度に正に依存することが示された。しかるに「部会まとめ」(2018年10月)では、それまでの地域分け(会津、浜通り、中通り、避難区域)を突然国連科学委員会(UNSCEAR)で推計された年齢別市町村別の「推計甲状腺線量」7)③を用いて整理し直した。そこでは図6で2巡目として示されている汚染度に依存する相関はなくなった。
UNSCEARの推計甲状腺線量を用いた整理結果は図7に示す。図6の2巡目が図7の本格検査の結果と同じ検査結果を示している。見事に「有病率は“線量に依存しない”」ことにされてしまっている。
しかも5才以下を除外し、6~14才と15才以上の2集団に分け、この2集団の地域区分は統一せず、食い違いのある地域区分で検査を行った。地域の汚染データは実測値であるが、UNSCEARの推計甲状腺被曝量は飽くまで推計計算値であり、非確実性要素が増大している2次データである。これは実測値を元にしてはいるが、様々な仮定を含む計算値なのである。UNSCEARの甲状腺線量の値に従って区分を改めると、新区分では線量依存は示さなくなったのである。
委員会の行った処理では、発がん率が原発事故の放射能に依存するかどうかということについて、2つの異なった区域分け(汚染程度に基づいた地域区分データとUNSCEARの推計甲状腺被曝量)により「放射線量に依存する」と「依存しない」という全く逆の結果を示すことになった。
しかし、結果が180度食い違うことに対する科学的検討は何も無いまま、第13回甲状腺検査評価部会(2019年6月3日)「甲状腺検査本格検査(検査2回目)」は、「甲状腺がんと放射線被曝との間の関連は認められない」と断言した8)①、②。それ以前は「小児甲状腺がんと原発事故との間には関係が見いだせない」としてきたのだ。
福島県県民健康調査検討委員会甲状腺検査評価部会でのデータ処理には、科学的にきちんとした検討が施されておらず、「放射線との関係は認められない」という結論を出すために操作を行ったと判断されても仕方がない経緯を辿る。
これら(図6の1巡目および図7の本格検査)の結果はさらにヨウ素137に被曝してからの経過時間を正直に反映すれば明確に有病率は経過時間と被曝線量に比例することが示される(後述)。これもまとめ方の似而非科学の実態を余すことなく示すところとなる。
(有病率は被曝線量と被曝してから確認までの時間に比例する)
1巡目の結果は県民健康調査検討委員会によっては、図6に示すように、がん(あるいはその疑い)の発生率のオッズ比が放射能汚染地域に依存はしていないことが示されている。
この「地域(放射線量に依存する地域)による差は明瞭には見られないとされた1巡目」の調査結果について丁寧に分析した豊福正人氏6)③の結果を紹介する。全く同じデータについて、きちんとした科学的根拠に基づいた分析により県民健康調査委員会の結論を否定する「地域の被曝線量と経過時間に比例する」という結果を導いているのである。
科学方法論の見地から特に強調すべきことは、データを科学的にまとめるに際して、現場データをありのままに具体的に示すことが死活的に肝要である。県民健康調査検討委員会は図6に示すように4群に大くくりして示している。これは個別データを提示することを割愛して集団化してしまっているのであるが、豊福氏は同委員会に直接問い合わせをして、原初データを得ている。それを示すのが図8である。
図8に示す分類が測定結果を示す正当で詳細なデータ分類である。科学方法論からは豊福氏の分類したデータが第一義的に科学の方法に適っている。これを4群に大くくりして示す県民健康調査検討委員会の方法は、恣意的な方法であり、結果を虚偽に導く可能性を含んでいる。
3月15日からの発がん等の有病率についての科学的一般論(豊福正人氏の見解)をまとめてみよう:
①自然発生であれば、放射能汚染が異なるどの地域でも有病率は変わらないはずである。
②放射線被曝が原因で甲状腺がんが発生したのであれば、有病率は放射線被曝量に比例するはずである。
③一つの地区で同じ条件/環境が維持されると仮定すれば、単位時間当たりの有病者発生確率は等しいはずである。従って有病者数は確認するまでの「経過時間」に依存するはずである。
④今回の事故による放射線被曝が関与するならば、放射能が噴出されてからの時間に有病率は依存するはずである。
先行検査・検査1巡目(2011年10月~2014年3月)の2次検査において「がんもしくはがんの疑い」の判定を受けた時点を、被曝してから確認されるまでの「経過時間」として、経過時間はヨウ素131の大量放出が始まった3月15日からの時間を取るべきである。
福島県は土壌汚染が高い地域から測定し始めている。例えば汚染度の高汚染の川俣町、浪江町、飯舘村は3月15日からの経過時間9.5ヶ月、最も低線量の会津若松市は35ヶ月である6)③。これら経過時間の違いを標準化することによって、有病率が比較可能になる。
豊福正人氏6)③は甲状腺検査評価部会提供のデータ(全59町村)に基づいて経過時間毎の16群に分け、有病者を10万人当たりに規格化した有病率を経過時間(3月15日からの時間)で除すという時間調整を行い、それぞれの地域の外部線量に対してプロットした6)③。その結果を図9に示す。
時間で規格化した有病率は外部被曝線量に正に相関していることが示されている。すなわち、被曝線量が増えると時間調整有病率は増加することが示された。
図9中左上に数式があるが、P’は時間調整有病率(10万人当たりに人口調整された有病率をさらに経過時間で除す)であり、sは外部線量である。この数式は時間調整した有病率は外部被曝線量に比例する関係を示している。
統計上の指標として数式の下にある「R2」は決定係数と呼ばれ、データに対する推定された回帰式(この場合は「P’=38.8s + 2.41」という式)の当てはまりの良さを表す。
決定係数は0から1までの値をとり、1に近いほど、回帰式が実際のデータに当てはまっていることを表す。また、右下にある「p」は「p値」であり有意確率を指す。P値は統計的有意性の指標である。時間調整された有病率が外部線量に従うということを否定する確率で、値が低いほどこの依存性を否定する(外部被曝に従うことを否定する)確率が低いこととなる。
通常の基準はp値が0.05より低いと統計的に有意であると判断される。図9で示されたp値は十分に低く、時間調整された有病率は外部被曝に依存することが有意と判断される。
豊福氏は小児甲状腺がんの有病率は外部線量と罹患確認までの経過時間の両者に依存することを確認し次式を得た。
有病率=α1*外部被曝線量
+ α2*確認までの経過時間 + α3
係数値: α1=30.8、 α2=0.6 α3=―9.93
外部被曝は土地汚染度に比例すると仮定されている。
上式は、
① 有病率が外部被曝線量と確認までの時間の両者に比例することを示している。
② 両比例係数はプラスであり、被曝線量と経過時間が増えるほど有病率が増加することを示している。
③ これらのことは甲状腺がん有病率が放射線被曝によることを明瞭に示している。
図9により経過時間も外部被曝線量も人口に対する有病率も明確に得られる16群を個別のデータとして扱うことにより、有病率が経過時間と外部被曝線量の両者に比例することが確認できたのである。
科学的分析と一言で言うが、(甲状腺検査評価部会のように)原則を外した「科学的操作」は事実を否定することをも導出する。見せかけの「科学的操作」は許されないのである。
県民健康調査検討委員会の示した所期の結果である図6は第13回検討委員会ではさらにUNSCEAR2013 年報告書7)②で示された推定甲状腺吸収線量法による4区分に置き換えての結果を発表している。その1巡目の結果(一部)を図7に示した。
図7の4区分で示された1巡目の有病率が4区分の土地汚染依存に従わないとされた結果は、時間と放射能汚染に従う16区分の地域を4区分に集約してしまうことにより、真実としての「有病率が放射能汚染に従う」というトレンドを隠してしまっているのである。
1943年出生、長野県松本育ち。祖国復帰運動に感銘を受け「教育研究の基盤整備で協力できるかもしれない」と琉球大学に職を求めた(1974年)。専門は物性物理学。連れ合いの沖本八重美は広島原爆の「胎内被爆者」であり、「一人一人が大切にされる社会」を目指して生涯奮闘したが、「NO MORE被爆者」が原点。沖本の生き様に共鳴し2003年以来「原爆症認定集団訴訟」支援等の放射線被曝分野の調査研究に当る。著書に「放射線被曝の隠蔽と科学」(緑風出版、2021)等。