【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ戦争再々々々論

安斎育郎

ウクライナ戦争は、ウクライナ国民にとって極めて悲惨な状況を示していますが、ゼレンスキー大統領のマスコミ露出度が優越していて、彼を圧倒的に支持して大統領に選んだはずの国民有権者や第1党「国民の僕(しもべ)」の姿や声が聞こえてきません。戦争は日々悲惨な様相を示し、幼い子どもや病院が犠牲になるなど、テレビ報道を見ていると「ロシアは余りにも酷い、非人道的な鬼だ」という気分を誘発されます。

戦争の原因は、大局的に見れば、明らかにNATOが(もっとありていにいえばアメリカが)10年以上に渡ってウクライナにNATO加盟を促し、ロシアに安全保障上の脅威を抱かせてきたことにあるのであって、それ以外ではありません。 ウクライナでは、本当に国民の大多数が、今も戦争の継続を支持しているのでしょうか。

確かに、2003年にアメリカが起こした大義のないイラク戦争の犠牲者が65万人だったと聞けば、ウクライナ戦争の状況はそれとは違うように思われますが、一人一人が物語をもつ命が奪われることは単に数の問題ではありません。 2022年4月14日、アメリカの保守系ウェブサイトが、「アメリカはウクライナ戦争の停戦を邪魔している」という趣旨の記事を掲載しました。

新保守主義(ネオコン)を掲げるアメリカの保守系ウェブサイト“The American Conservative(アメリカの保守)”は、「ワシントンはウクライナ人が最後の一人になるまでロシアと戦う(Washington Will Fight Russia To The Last Ukrainian)」という見出しで、バイデン政権の好戦性を批判するコメントを掲載しました。

副題には「キーウは選択を迫られている。国民のために平和をつくり出すのか、それとも仮想の友人のために戦い続けるのか?」とありますが、「仮想の友人」(supposed friend)とは、「一応友人ということになっている」という程の意味で、言うまでもなく「アメリカ」のことです。

これを書いたダグ・バンドウ(Doug Bandow)氏はレーガン政権で外交アドバイザーを務めたこともあるコラムニストで、現在はワシントンにあるシンク・タンク「ケイトー研究所」のシニア・フェローとして執筆活動を行なっています。 バンドウ氏の主張は、次のようなものです。

すなわち、❶欧米はウクライナを支援しているが、それは平和を創るためではなく、モスクワと戦うウクライナ人が最後の一人になるまでゼレンスキー政権を支援するためである、

❷欧米はキーウに豊富な武器を提供し、モスクワに耐え難い経済制裁を課そうとしているが、それはウクライナ戦争を長引かせることに役立っており、最も憂慮すべきことは、彼らはウクライナ国民が最も必要としている平和を支持しておらず、ウクライナ戦争の外交的解決(=停戦)を邪魔したいのだ、

❸戦争が長引けば長引くほど死者の数が増え破壊の程度は高まるが、欧米は平和を支援しておらず、ワシントンはウクライナ指導部が平和のための妥協案を検討するのを思い留まらせようとしている、

❹戦闘資金を援助することは戦争を長引かせることを意味し、欧米は今後もウクライナ人が闘い続けられるようにするだろう、

❺戦争によって荒廃しているのはウクライナであり、今の紛争を止める必要があるのはウクライナ人だ。確かにロシアはウクライナ侵略の全責任を負っているが、アメリカとヨーロッパは紛争を引き起こした責任を共有している。欧米の私利私欲と偽善のために、世界は今、高い代償を払っている。

何ということでしょう! 私は、毎日のテレビ報道などから、戦地でどのような悲惨な事態が起こっているかはそれなりに承知していますが、いま、ゼレンスキー大統領に国の命運を託した国民主権者がどう考えているのか、今も変わらずに大統領に全幅の信頼を寄せ、アメリカなどの軍事支援の下で戦争を徹底的に完遂する方針を全面的に支持しているのか、それとも、NATO加盟の保留や「中立化構想」も含めて、この戦争を何とか和平の方向に導く国家運営をして欲しいと願っているのか、さっぱり見えてきません。

戦時に主権者の姿が見えないことは全体主義国家にはよくあることですが、ゼレンスキーのウクライナがナチス・ヒットラー下のドイツや戦前の日本のような言論の自由のない全体主義国家だとも思えません。

いったい、どうしたことでしょう? アメリカにおいてさえ、上に紹介したような異論や政府批判がどんどん出つつあるのに、一番困難に直面している戦争当事国ウクライナの国民の意見がゼレンスキー大統領一人に集約されているように見えるのも、不思議極まりないことです。マスコミ取材の制約やある種のニュース報道操作が中間項で働いているにしても、あまりに統制が取れた報道にとても不自然なものを感じます。

1991年のソ連崩壊で独立したウクライナは、その後も親ロシア政権のもとで国が運営され、2013年の秋に端を発したマイダン・クーデターで新たな政体に移行しました。しかし、まだ10年足らずです。私には国造りの初期にゼレンスキー大統領のような政治経験のないポピュリストが選ばれた経緯も見るにつけ、ウクライナ国民は「自立的・民主的な国家運営の主権者」としてはなお未成熟なのではないかとの疑問を持ちます。 戦争を終わらせるには、戦争の原因に目を向けなければなりません。

そして、それはアメリカを中核とするNATOが2008年からウクライナにNATO入りを勧め、2014年には「マイダン・クーデター」に乗じて親米政権をつくり、近年軍事支援を強化するなどしてウクライナに実質的なNATO入りの状況をもたらしたことに外なりません。 ワシントン・タイムズ・ジャパンは、2022年4月25日号の白川司氏執筆の記事で、次のように書いています。

「ウクライナがもしNATOに加盟すると、ウクライナ国内にアメリカのミサイルを配備することが可能になる。これはロシアにとっては絶対に譲れない一線を越えることだろう。1962年に米ソ両国を核戦争勃発の一歩手前まで追い込んだキューバ危機のことを思い出してもらえれば、その重大性はわかるはずだ」。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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