【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第28回 偽証を誘導され、迎合した法医学会元理事長

梶山天

勝又拓哉受刑者が「取り調べ」という名目で、捜査側のストーリーを強引に認めさせられながらも、あまりにも不自然だと思ったことがある。それは、捜査側が納得するように想像しつつ修正してみせた。それでも犯行認める供述には変わりはない。これは取り調べではなく、恐喝による、自白ならぬ、「他白」の強要にほかならない。しかも捜査機関の誘導は、これに留まるものではなかった。

検察官は法医学の専門家をも欺くように解剖写真を提示して、偽証させていたからだ。ここで最も重要な点は、専門家自ら検察官に忖度し、意向に沿うように裁判で証言していたことである。被害女児の解剖を行い、命がけのスタンガンの傷の実験まで試みた筑波大の本田克也元教授の見解をもとに具体的に示し、説明してみよう。

スタンガンによる傷として、女児殺害の今市事件一審裁判法廷に出廷したのは、九州大学大学院の池田典昭元教授だった。池田元教授は2013年から17年まで日本法医学会の理事長を務めた重鎮である。そして理事長在職中の16年の3月3日にあった裁判員裁判の宇都宮地裁の第10回公判において、自称「スタンガンの専門家」として証言台に立った。

スタンガンの専門家とされているというのは、スタンガン被害者の解症例について解剖報告の論文をいくつか書いているからだ。代表的なものは1992年に池田氏を筆頭著者として出された論文、とする。N, Ikeda, et.al., Forensic Med Pathol.1992Dec;13(4):320-3.”Homicidal manual strangulation and multiple stun-gun injuries”. である。これには次のような写真が掲載されている。

左のFig.2.の右の方に写っている、被害女児左側の後頚部に4カ所くらいの、対となって見える傷がスタンガンによるものであるとされる。左側から中央に見える傷は首を締めたことによる傷であると説明されている。

スタンガンの傷については、本論文で(some of the many round erythema of ~0.8cm in diameter with or without central paleness:いくつかは中心に白色部を伴う、0.8cmまでの径の円形紅斑) とされており、円形をなす紅斑(赤色変色部)に中心白点を伴うものが複数あると説明されている。

またFig.4.の図の説明には「それぞれの紅斑の間隔は、スタンガンの2つの電極の間隔と一致する」と書かれてある。

当然に池田元教授はこのことを今市事件の裁判員裁判で証言するはずであり、そうでなければならない。それ以上に、検察官はこの論文を証拠申請すべきで、存在は知っているはずなのに裁判では隠したままだった。池田元教授も同様だ。

もしかしたら裁判に不都合なことが本論文に書かれているからではないだろうか。実際はどうであったろうか。以下は裁判での証言の速記録である。

池田元教授「これはいずれも右の側頸部にいわゆる4つの傷があるという状況です。それで、この4つの傷のうち、表現の仕方がいろいろありますけれども、上下に2つずつ並んでいるというふうに考えるか、あるいは左右に2つずつ並んでいるというふうに考えるかということなんですけれども、どちらも等間隔でありますし、特に上下のほうは比較的広い範囲、メジャーがありますけれども、ちょっと見ても少なくとも3cm以上の広さで2つがいわゆるペアになったような状態で並んでいるということ」。

ここで提示された写真は以下である。

池田元教授はここで「特に上下のほうは比較的広い範囲、メジャーがありますけれども、ちょっと見ても少なくとも3cm以上の広さで2つがいわゆるペアになったような状態で並んでいる」といっているが、みなさんはどう思われるであろうか。

おそらくは下のメジャーからして上下は5cmはあるように見えるかもしれない。しかし大元の写真は以下である。

この写真で測っていただけるとわかるが実際は3cmを超えてはいないのである。ならばなぜ上の写真では5cmに見えるかというと、メジャーから1cmの印を示すマークがカットされて引用されているからである。これは写真のうち大事なところはあえてカットして見る人に誤認させていることになるから、証拠写真の捏造ではないだろうか。

これについて本田元教授は次のように法廷で説明した。

「これをメジャーにしたがって読むとすると、その中心点の距離は、測り方による誤差はあるとはいえ、左が 2.85cm、右は2.63cmくらいになり3cmを超えることはありえない。しかし、事件に使用したスタンガンは3.8cm内外の幅を持っており明確に異なっている。したがって、これだけでも、これがスタンガンによる傷だということは明白に否定される」。

池田元教授も論文で、「それぞれの紅斑の間隔は、スタンガンの2つの電極の間隔と一致する」と明確に述べておられる。にもかかわらず、驚くべきことに法廷では次のようにわけのわからないような証言をしたのである。

これについての今市事件法廷での池田元教授の弁明はこうだ。

黒見知子検察官:「被告人の家からスタンガンの箱が出てきていまして、それと同種のもの、同型のものを警察官が買ってきて、昨日法廷にも出たんですけれども、その電極の幅が3.8cmということだったんですが、そのスタンガンを当ててこの幅の傷というものを付けることは可能なんでしょうか」。

池田元教授:「先ほど見せていただきました3枚の写真を見れば一目瞭然に分かるのですけれども、要するに、あの写真は顎の位置が全然違うので、首を伸ばした写真と首が比較的曲がっている写真で撮っているので、あれを見ても、恐らく長さを測れば、片や4cm近くあるかもしれないし、片や2cm台かもしれない。3cm前後ということになると思うので、3.8cmのものが当たったとして特段矛盾はないと思います。ただし、それでなくても別に構わないということになります」。

黒見検察官:「証人がおっしゃっているのは、これの首の向きということですかね」。

池田元教授:「見ていただけば分かりますように、顎の位置が全然違うのですよ。写真1は比較的顎を上げているので首の方も少し伸びている状態です。もう1つの写真のほうは、顎を下げて少し手前に向いていると思うんですよね。首も普通の言い方をすれば縮まっているという形になりますので。ですから、こういうところでその間の幅を測るわけですけれども、実際の幅と全く一致するというものではないのは当然ということになります」。

ここで池田元教授が何を証言しているかわかる人がいるのであろうか。これが九州大学大学院教授、法医学会理事長の法廷での証言である。

スタンガンの幅と傷の誤差が1cm以上あるのは、首を縮めて測ったからというのであり、幅など当てにならないと協調したいようである。本当に1cmもの違いが測り方で生じるのか、試してみればありえないことはすぐわかるはずである。

池田氏の論文では「それぞれの紅斑の間隔は、スタンガンの2つの電極の間隔と一致する」と自ら言及しており、測り方で誤差が生じるなどとは一言も書かれてない。法廷では自分の話したいことを話したいようにしゃべるのが専門家とすれば、そもそも裁判とは何なのだろうか。

それだけではない。池田氏はこの写真を見ておかしなことを言い始める。以下は証言の続きである。

「それからもう1つは、この傷自身、特に見て左側の傷ですけれども、上はきれいな円形を成していて、更にその真ん中が少し白抜けに抜けているように見える。それから、その右のほうのちょっと幅広の紡すい形の傷ですけれども、これも、見て左の上の方に少し白く抜けたように見える部分があることを勘案すると、これは余り見ない傷ですけれども、私は、いわゆる双極を持ったスタンガンによる傷というふうに考えます」。

証拠番号51の被害者の右頸部を被写体とする拡大写真を示す。

黒見検察官:「では、この写真を基に証人に書いてもらってお話を伺いたいと思います。まず、傷が4つあるので、番号をつけてお話を伺いたいと思うので、右上が1、右下が2、左上が3,左下が4というふうに番号をつけてください。

(証言席設置の液晶タブレットに専用タッチペンで使用して黒で池田元教授が記入した)先ほど、左上と右上の1番と3番について白抜けがあるというふうにお話していただいたんですが、それはどの部分になるか矢印で示してください。

(池田元教授が記入した)白抜けがあるのはそれだけですかね」。

池田元教授「4番の傷でも、この部分が私には少し抜けているように見えます。それから、2番の傷については、抜けているとすればこの部分なんですけれども、これはちょっと大きいですし、ここが抜けているかどうかはちょっと判断できません。(記入したので、その画面をプリントアウトした上、本速記録末尾1枚目に記入した)」。

池田元教授は白抜けのところに印をつけたのであるが、どこが白いのか。白抜けなどどこにもないことは明らかである。幻覚、妄想としかいいようがない。また白抜けがあるとすればそれは中心にできると、自らの論文でも述べている。

しかし池田元教授は1、2、4の傷は傷の端の部分を示して、そこにありもしない白い部分の幻覚を裁判官に示そうとしている。しかも池田氏は論文で「円形をなす紅斑(赤色変色部)」であり、またその中に「中心白点を伴うものが複数ある」ことがスタンガンの傷の特徴とし、そのような傷の写真を論文に載せている。

被害女児の傷は線状ないし帯状の擦過傷であっても、電撃傷の特徴である円形をなす紅斑ではないことは明らかであり、池田元教授も紡すい形の傷ともいいながら、その不合理さには一切触れていないのである。これは証言の偽証ではないだろうか。

池田元教授は裁判でも以下のように証言している。

池田元教授:「スタンガンを当てるというのは、その両端子が皮膚面に当たって、そこで高圧の電流が流れるというのを当てたというふうにおっしゃっているんでしたらば、その当てた部分に電流が通るわけですから、その部分が、いわゆる発赤、赤みを帯びて皮膚が変色する、ただし、その当てた部分は金属ですから比較的冷たいですし、その部分には電流が通りませんので、その部分は白く抜けるということです。ですから、典型的なスタンガンを当ててそこにスタンガンが発射されたときにできる傷は、ほぼ円形の赤褐色調の変色部と、その中央に白く抜けた部分・・・」。

池田元教授の説明の前半の中心白色部について、前回も引用したSimpsonの教科書では「Fused keratin」、つまり熱凝固した蛋白であると書かれているので、池田元教授は独自の見解を述べていることになるが、そこは棚上げしても被害女児の傷のどこに「円形」の赤褐色の変色部があるというのであろうか。

一木明弁護士:「取りあえず、ここで先生の結論を聞いておきますが、先生の御意見では、さきほども御覧になっていただいた写真の右の首筋に写っている4個の傷はスタンガンにより発生したやけどであるというふうな御意見として聞いてよろしいでしょうか」。

池田元教授:「それは違います。やけどではありません。スタンガンでは、やけどはできません。やけどができるのではないのです。よくスタンガンでやけどができるというふうな法医学者がいるのですけれども、スタンガンでできるのはやけどではないのですよ」。

といいながら一方では、
一木弁護士「スタンガンによる損傷、表皮上の損傷が、電流が流れて皮膚の抵抗にあってジュール熱というものが発生して起こるやけどであるという見解は誤りですか」。

池田元教授:「それは間違いではありません。ジュール熱が発生するには、要するに抵抗があると。先ほどと逆ですね。水分があれば抵抗がなくなるところもありますので通過します。だけれども、例えば脂肪組織とかのように水分があって、比較的伝導率の低いところには電流が通ったときにやっぱり抵抗がありますから、そこで組織が動いたときにこすれてジュール熱が発生すると。

ですので、最終的にはやけどになる可能性はあります。たとえばスタンガンでもやけどになることはないことはないとは思うんですけれども。それは同一部分に強く当てて、ある一定の時間継続的に電流を流すと、そういう場合にはやけどになる可能性はあると思います・・・」。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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