【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ戦争再 々 4 論

安斎育郎

ウクライナ戦争についていろいろ論じてきましたが、出来ればアメリカのオリバー・ストーン監督の映画“Ukraine on Fire”(下にURL)を見て下さい。ちょっと長い映画なので示唆しませんでしたが、私がつべこべ言わなくても、ヴィクトリア・ヌーランド次官補やジョン・バイデン副大統領らが関わって「ユーロ・マイダン・クーデター」の陰で暗躍したことが分かるでしょう。

起きた戦争は悲惨で、被災者や難民の保護・支援が必要なことは議論の余地はありませんが、その問題と、このような悲惨な戦争の引き金を引いた原因とは厳密に区別して冷静に向き合う必要があります。

オリバー・ストーン監督とは原水爆禁止世界大会の関係で、ピース・ボートの川崎哲さんらとともに長崎の飲み屋で一杯やったことがあります。監督は日本に来てから出会う人々がみんな「おもてなし」の精神で優しく接してくれることに感じ入っていましたが、座敷で飲みながら、「こんなに優しい日本人が何であんな残酷な戦争をやったんだ?」と問いました。私は日本古来の「Okami意識」について説明しましたが、それだけでは納得されなかったようです。

オリバー・ストーンは、別途プーチンとの長時間インタビューの映像も作っていますが、彼もプーチンを「理性的な人だ」と評しています。下のyoutubeを見て貰えばわかりますが、「プーチンは狂気だ」というような論評には根拠がありませんし、そこで思考停止に陥ったのでは問題の解決に何の役にも立ちません。

https://youtu.be/kbAeXNezYFc(現在削除されている)

とにかくこの戦争は、アメリカ民主党のバイデン大統領がオバマ政権の副大統領時代からロシア嫌いのネオコンのヴィクトリア・ヌーランド女史らと足掛け13年にわたって仕込んできた対ロ封じ込め世界戦略の一環として誘発したもので、それ以外ではないでしょう。

アメリカがウクライナにNATO加盟をけしかけたのが戦争の誘因だとすれば、ウクライナはいったん「NATO加盟方針を見直せ」ば良いと思われますが、バイデン政権はウクライナの憲法に「NATO加盟努力」を書き込ませたので、事はそう簡単ではありません。

アメリカは、2013~2014年のウクライナの「ユーロ・マイダン・クーデター」を機に、50億ドルもの巨費をつぎ込んで傀儡政権を成立させましたが、その裏で活躍していたのがヌーランド次官補(バイデン政権の政治担当次官)と当時のジョー・バイデン副大統領だったことは、本エッセイでもすでに述べました。

バイデン副大統領は、この政変劇によって誕生したペトロ・ポロシェンコ政権(2014年6月7日~2019年5月20日)を操って、ウクライナ憲法を修正させ、「NATO加盟」を努力義務とすることを書き込ませました。経過は以下の通りです。

●2017年6月8日、「NATO加盟を優先事項にする」という法律を制定させました。

●2018年9月20日、「NATOとEU加盟をウクライナ首相の努力目標とする」旨の憲法改正法案が憲法裁判所に提出されました。

●2018年11月22日、憲法裁判所から改正法案に関する許可が出ました。

●2019年2月7日、ウクライナ憲法第116条に、「ウクライナ首相はNATOとEUに加盟する努力目標を果たす義務がある」という趣旨の条文が追加され、ウクライナのEUとNATOへの加盟を目指す方針が憲法上に明記されました。

これらの措置は、ロシアのプーチン政権のウクライナに対する警戒を強めさせたことは言うまでもありません。

バイデン副大統領のこうした暗躍の陰で、もう一つのスキャンダルが進行していました。

バイデン副大統領は2009年1月20日~2017年1月20日の在任中に6回ウクライナを訪問したことは既に紹介しましたが、訪問の度に次男のハンター・バイデンを同行させ、ついに2014年2月のユーロ・マイダン革命直後、ウクライナ最大級の天然ガス会社ブリスマ・ホールディングスの取締役に就任させました。

彼は、その後のバイデンとウクライナ政財界との間のロビー活動の重要な担い手として活動したとみられますが、やがてブリマス・ホールディングス社は脱税や収賄などさまざまな不正疑惑によってウクライナ検察当局の捜査対象になりました。

2015年、バイデン副大統領はウクライナのポロシェンコ大統領に対して、ブリスマ・ホールディングス社を捜査していたヴィクトル・ショーキン検事総長の解任を要求したのですが、この時、バイデン副大統領はポロシェンコ大統領に、「解任しないならウクライナへの10億ドルの融資を撤回する」と迫ったと言われ、結果として検事総長は解任され、アメリカの融資は実行されました。何でもありの世界ですね、まったく。

新聞やテレビの報道は重要な情報源ですが、フェイクニュースの宝庫でもあります。

今日、「平和のための博物館国際ネットワーク」コーディネーターの乗松聡子さんから、次のようなニュースが来ました。

ペイパル(決済サービス)が信じがたいことをやっています。ウクライナ戦争について、米国の意向に沿わない報道や発信をするアカウントの口座を凍結しています。ツイッターやYouTubeなどSNSではすでにやっていることですが、言論封殺だけではなく、まさかジャーナリストやネットメディアの財産凍結にまで踏み出すとは思っていませんでした。

私は「コンソーシアムニュース」という米国の代替メディアを愛読していますが、そこのペイパルアカウントが凍結されました。

米国やカナダ政府が日系人の財産を奪った大戦時を彷彿とさせます。ペイパルにはあまり残額を置いておかないほうがいいかもしれません。政治的な理由で、気に入らない行動をしている団体の口座を凍結するというあり得ないことをやっていますので。

この「ウクライナ戦争論」を送った方々から、いくつかの感想が寄せられています。

被爆2世の吉田みちおさんからは、「記憶遺産の会へのご投稿とエッセイ、印象深く拝読しました。私はいま、92歳の母と90歳の父、とくに今は1年半前に自宅で転倒し腰椎を圧迫骨折した母が心配で、練馬区の妻とふたり暮らしの自宅を離れ、杉並区の父母宅に同居介護中です。毎日NHKの朝番組でウクライナ情勢を見て、「ひどいねー。プーチンおろかものー」と3人でつぶやく日々。プーチンもひどいけどアメリカやNATOもねーという先生の指弾に返す言葉はありません」。

かもがわ出版の三井隆典さんからは、「花だよりをいつもありがとうございます。先日、大学OBのオンライン読書会があり、半藤利一『世界史の中の昭和史』を学びなおしました。当然のことながら、ウクライナ危機にも話が飛びました。僕がチューター役だったので、孫崎(亨)先生(※注:外務省国際情報局長などを務めた外交官)の本の該当部分と安斎先生のウクライナ論を資料として送付しました。討論では、ことの本質と解決方向が初めて分かった、という声が多数でした。孫崎本は今月20日に出来上がってきますが、ご推薦ありがとうございました」。

日本被団協の工藤雅子さんからは、「ご無沙汰しております。継承する会理事会MLで、ウクライナ問題の論考、拝読しています。日本被団協の機関紙編集委員会で紹介させていただいたところ、「被団協」新聞への寄稿をお願いしよう、ということになりました。「ウクライナ戦争再々々々論」の内容で、「被団協」新聞に執筆をお願いできませんでしょうか。「反プーチン合唱団における音痴ではない不協和音」をぜひお願いしたいのです」。

工藤さんの最後の一文は、私が「ウクライナ戦争論」を送った時の次の送り状を引用されたものです。

「たびたびお騒がせします。ウクライナ問題についての参考資料です。私はプーチン叩き、ロシア・バッシングだけの声明などには賛同することを手控えています。今度の戦争の影の首謀者であるアメリカのバイデン政権はあまりにもひどい。戦争の原因を作っただけでなく、起こった戦争が和平に向かうことを妨げています。現在西欧世界で歌われているアメリカが指揮者を務める「反プーチン合唱団」の歌声の中では、私はどっちかというと「不協和音」を醸し出しているかもしれませんが、私はそれほど音痴ではないつもりです(笑)」。

もうすぐ近くの宇治川では「放ち鵜飼遊覧サービス」が始まりますが、ウクライナ戦争については、ぜひ「情報鵜呑み禁止」の精神で対処して頂きますようお願い申し上げます。「鵜暗いな」に陥らぬよう(笑)。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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