偽史倭人伝㊵:絶滅戦争の作り方 ―あるいは「キャンセルカルチャー」時代の皆殺しの論理と倫理―
国際
◆◆地球温暖化がロシアにもたらす潜在的利益とそれを狙う欧米“列強”◆◆
今回の「ロシア・ウクライナ戦争」の背景には、ほとんど言及されていない、こんな側面がある。
地球温暖化が進めば、低緯度だけでなく、中緯度の、これまで耕作地だった土地も耕作が困難になる。居住に不適な土地も広がる。そうした状況で有利なのは、北半球の場合、北米大陸ならカナダやアラスカ州、ユーラシア大陸ならロシアのシベリア地域ということになる。シベリアは永久凍土が溶けて、開発可能地が急激に拡大している。農業だけでなく鉱物やエネルギー資源の開発の大きな可能性が出てきたわけだ。しかもロシアの場合は、温暖化のおかげで北極海航路が使えるようになりつつある。
これまで、ヨーロッパから、経済発展が著(いちじる)しい南アジア・東南アジア・東アジアへの海運は、スエズ運河を使ってインド洋経由の航路を用いていたが、北極海航路で運べば運送コストを、数分の一に減らすことが可能となる。(北極海航路においては、北方領土が、アジア海運の新たな“中継拠点(ハブ)”となるであろう。ロシア東方の「最僻地(へきち)」から、ビジネスチャンスの「金脈」へと大化(おおば)けするわけである。)
つまり地球温暖化の進行のなかで、17世紀以来の地政学的な前提条件が大きく変わりつつあり、その利得に与(あずか)るのは、広大なシベリアの開発が遅れていたロシアということになる。
米国は19世紀に産業革命が進み、世紀末までに西海岸までの基本的な開発が“完成”した。「明白なる天命(マニフェスト・ディステニー)」だと称して太平洋に進出し、ハワイ王国を侵略して奪い、「スペインに軍艦を爆破された!」とデッチ上げ宣伝をしてスペインと戦争をオっ始(ぱじ)めて勝ち、フィリピン植民地を横取りした。こうして米国海軍の西進が進むなかで、徳川幕府の日本にいきなり乗り込んで「開国」を強要したわけである。
米国は南北アメリカ大陸がヨーロッパ列強に荒らされるのを嫌って、「ヨーロッパの政局には関与せず」という対欧「孤立外交(モンロー)」政策をとったが、米国自身は中南米に干渉して領土を拡大し続けた。
20世紀の“二つの世界大戦”に参戦して、最も大きな戦争の利得を得たのは米国であるが、「冷戦」という“現代の魔女狩り”を全世界規模で展開するうちにヴェトナム侵略戦争で国力を使い果たし、1970年には“覇権的地位”から転落した。
1980年代にレーガン大統領が「スターウォーズ計画」(戦略防衛構想)というSF的妄想を唱え、これがきっかけで米ソは再び熾烈な軍拡競争を展開し、ロシアが根負けして、しかも86年のチェルノブィリ原発事故がきっかけでゴルバチョフ書記長がソ連政治の「現代化」を急激に推し進めたことで、ソ連邦は内部崩壊し、「冷戦」が終焉(しゅうえん)して、米国の「一人勝ち」となった。
「冷戦」時代に栄えた軍需産業に仕事を与えるために、1990年代の米国は、ソ連に代わる「宿敵」をあれこれと探した。一時期には日本も、そうした「宿敵」にされかけた。日産ならぬ「ヒッサン(悲惨)自動車」株式会社の米国での増長ぶりを皮肉タップリに描いた人種差別的な映画『ガンホー』をはじめとして、80年代末から90年代半ば頃に米国で煽(あお)り立てられた反日文化の数々の作品を見れば、それがよくわかる。
クリントン政権の時代には、中国を「宿敵」に据えようとしたが、中国に生産拠点や市場を開拓中のアメリカ経済界が大反発して、この時は“中国主敵論”は確立できなかった。結局、79年のイスラム革命で米国大使館が襲われて世界に“恥”をさらした怨(うら)みからイランが、そして米国に挑発的な北朝鮮と、それに加えていくつかの国が「ならずもの国家」とレッテルを貼られて、米国の「主敵」の地位に据えられた。
2001年「9・11」事変をきっかけに米国は急きょ、イスラム世界を主敵に据えて、アフガニスタンとイラクに侵略戦争を吹っかけた。これがヴェトナム戦争と同様に、米国の国力を吸い尽くして国運を衰退させたが、同じ時期に中国は驚異的な経済成長を果たして、米国の世界覇権を脅(おびや)かすほどになった。
米国がイスラム世界と敵対してきたのは、端的に言えば「石油」利権のためであった。そしてイスラエルを守るため……。そんなわけで中東世界は「地政学的リスク」の火種(ひだね)だったわけだが、米国自身が(中東への原油依存から抜け出すために)頁岩(シェール)石油の開発に力を入れて、世界有数の「石油輸出国」になった近年の動向からもわかるように、結局、資源をもつ国は、何にもまして「強い」のである。
ロシアは世界に冠たる“資源大国”である。それが冒頭に述べたように、地球温暖化の”おかげ”でますます“大国”になろうとしている。米国もEUも、そのロシアの潜在的な利権の“お裾分(すそわ)け”を与(あずか)りたいのだが、自称“正しいキリスト教”、すなわちギリシャ正教の、“正しい後継者”を自負し、ローマ・カトリック文明とはかなり異質なメンタリティをもつロシアに、西欧的な発想でアプローチするのは容易ではない。
米国が、広大なロシアの潜在的な利権の「門戸を開放」させるにはどうしたらよいか?
19世紀の発想であれば、戦争をドンパチやって、勝って、負けた相手に領土を割譲させるとか、開発利権を強引に獲得する、という手があった。日本は清国との戦争でも、ロシア帝国との戦争でも、このやり方で膨大な利権を手に入れたわけである。
そうだ! ロシアを挑発して、ロシアから先に手を出させて戦争をオっ始めて、懲罰としてロシアの利権をぶん獲(ど)ればいい! ――米国の好戦主義者(ネオコン)たちは、そんな古風な“戦略”を考えついた。
◆◆戦争販売機「ランド研究所」は3年前に対ロシア“攻囲戦”を提唱していた◆◆
ランド研究所といえば、ヴェトナム戦争の敗因を赤裸々に分析した極秘調査報告「ペンタゴン文書(ペイパーズ)」(正式名は『ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年』)の“製造元”として有名だが、第二次世界大戦直後にアメリカ空軍が創設した戦争シンクタンクが起源のNGOである。今でも業務の大半は“安全保障関係”なので、“戦略研究の百貨店”と呼ぶべき存在なのだ。
そのランド研究所が2019年に『ロシアを“強奪”するには:有利な土俵で競うのだ』(Extending Russia:Competing from Advantageous Ground)と題する350頁を超える報告書(→https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR3063.html)を出した。(その概要は『ロシアを消耗させて不安定に追い込む:損害犠牲を背負わせる戦略の評価』〔Overextending and Unbalancing Russia:Assessing the Impact of Cost-Imposing Options〕という全編12頁のパンフレットで読むことができる。→ https://www.rand.org/pubs/research_briefs/RB10014.html)
この報告書は、要するに次のような提案をしていた――「ロシアの弱点は経済領域にある。米国との競争において、ロシアの最大の弱点は、経済規模が比較的小さく、エネルギー輸出に大きく依存していることだ。ロシア指導部の最大の不安は、体制の安定性と耐久性に起因する。
ロシアにストレスをかける標的として最も有望なのは、エネルギー生産と国際的圧力の領域である。我が国が自然エネルギーを含むあらゆる形態のエネルギー生産を継続的に拡大し、他国にも同様の生産を奨励することは、ロシアの輸出収入、ひいては国家予算や防衛予算に対する圧力を最大化させる。
この報告書で検討した多くの方策の中で、最もコストやリスクが少ないのはこの方法である。さらにロシアに制裁を科(か)せばその経済的潜在力を制限することができる。
但しそのためには、少なくとも、ロシアにとって最大の顧客であり最大の技術・資金源であるEUを巻き込んだ多国間の政略を行なう必要があり、これらの同盟国はこうした政略の遂行上、米国自体よりも大きな意味をもつ。ロシアをおびき寄せる地政学的策略は非現実的であったり、二次的な結果を招く恐れがある。
多くの地政学的策略は、米国をロシアに近い地域で活動せざるを得ない境遇に追い込み、結果的に米国よりもロシアの方が安価で容易に影響力を行使することができるようになる恐れがある。政権の安定を損なうイデオロギー的策略は、逆にエスカレートする大きなリスクを伴う。
戦力態勢の変更や新戦力の開発など、多くの軍事オプションは米国の抑止力を強化し同盟国を安心させるが、モスクワはほとんどの領域で米国との同等性を求めていないため、ロシアを無理矢理奮闘させて消耗できるような策略はごく一部である」。
ランド研究所の戦略提言は、米国自身が傷つかずに、ロシアを挑発してその国家経済を不安定化して弱らせる、という構想なのであるが、「地政学的策略」の議論のなかで、ロシアと戦わせるための“アメリカにとって最も好都合な手駒(てごま)”はウクライナである、という結論を出していた。
今年2月24日以降の展開は、まさにこのランド報告書どおりに進んでいる。米国ネオコン勢力は今から30年ちょっと前に、米国が再び“世界の覇権国”として返り咲くための策略を色々と捻(ひね)りだし、ブッシュ政権に“知恵袋”として潜入して、いくつもの戦争を煽った(この事実について、詳しくは拙著『もうひとつの戦争読本』を参照してほしい)。
その米国ネオコンの悪友が、ウクライナで大富豪として経済にも政治にも大きな権勢を振るっており、この大富豪が所有する多数の放送局のひとつでお笑いドラマ『国民のしもべ』の主人公として、高校教師から大統領に出世する役回りを演じて、実際に大統領になったのがゼレンスキーという人物である。大統領の椅子を手にするための人脈やカネの出所はどこか? ……という不気味な背景があるのだ。
筑波大学で喧嘩を学び、新聞記者や雑誌編集者を経て翻訳・ジャーナリズムに携わる。著書『もうひとつの憲法読本―新たな自由民権のために』等多数。