ウクライナ戦争再 々 5 論
国際・和平への道
不思議なことはまだあります。この戦争の発端は、アメリカがウクライナに10有余年にわたってNATO 加盟を促し、ロシアに「キューバ危機」同様の国家安全保障上の懸念を抱かせた ことですから、和平の条件は「ウクライナの中立化」に外なりません。
しかし、多くの人がこの問題を あれこれと論じていながら、何だか ごちゃごちゃ混ぜっ返して 、この単純な方向を示唆する人は甚だ少ないのが現状です。それはアメリカが「ウクライナの中立化」を望んでいないからでしょうね。
シカゴ大学のミアシャイマー教授は明確にそう示唆していますが、戦争が起こった原因を素直に見据えることを多くの論者は避けているようです。単純なことですが、原因があって結果があるのですから、結果として起こったことを 避けたければ原因を取り除くことです。
私は、放射線防護学の専門家であり、 福島原発被災者支援の一環として 被災者のための調査・相談・学習活動のために2022年5月までに100回の福島通い を行ない、2021年3月11日には、国家や電力企業によるこのような傲岸な原発開発が繰り返されるべきではないという思いから、双葉郡楢葉軍の古刹・宝鏡寺境内に、住職の早川篤雄氏ともども 「原発悔恨・伝言の碑」を建立し、 「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ ・ フクシマ伝言館」を開設しました。
早川住職は、伝言館が拠って立つ根本認識は、釈迦の世界認識である「これに縁りてこれあり」(縁起の法則)と「これ無ければこれ無し」(縁滅の法則)に尽きるとしています。ウクライナ戦争の原因が「ウクライナのNATO加盟問題」だったのならば、いったんそれを白紙に戻し、ウクライナとロシアの間で相互に受け入れ可能な妥協点を見出すこと以外にないでしょう。
具体的には、例えば、ウクライナが2018年に憲法を改正して「首相のNATO加盟努力義務」を定めた憲法第116条の再検討を、国連監視団のもとでウクライナが行うようなこと を 含みます。
アメリカがそうした和平の方向性を阻害し、武力支援を通じて戦争を長期化させようとするのであれば、世界中の顰蹙を買い、この戦争が 、アメリカがウクライナを舞台としてロシアに仕掛けた戦略戦争であるという本質がますます 明らかになるでしょう。
2022年5月4日、ある人から電話があり、5月3日の憲法集会での私の挨拶(19頁) について、「あの挨拶は何だ!」というかなり激しい抗議があったということでした。侵略戦争を起こしたロシアを罵倒し、その非人道性を断罪する 大演説を期待していたのでしょうが、私は、暴れている熊を鎮静化する必要があることを100%認めながらも、また、暴れた熊の犠牲になった人々や、命からがら逃げてきた人々を救援する必要性を100%認めながらも、熊の眼を突っついて暴れさせた者、もっとありていに言えば、熊を暴れさせる ために計画的に熊を突っつきまわした者を無罪放免にする程お人好しではありません。
与えられた3分の時間で 、主催者の意図と私の言いたいこととの折り合いをつけるぎりぎりのスピーチだったと言うべきでしょう。
ちなみに、主催者からは何の苦情もお咎めもありませんでした。
(「2022年3月~5月ウクライナ戦争論集」より転載)
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1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。