【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(82):アジアの文化的隆盛に思う 「感情」の考察(上)

塩原俊彦

 

ドナルド・トランプ大統領は、2025年3月14日、「連邦官僚の削減を継続する」という大統領令に署名した。連邦官僚機構の範囲を縮小する対象となったなかには、米国グローバル・メディア庁(USAGM)が含まれている。ロイター電によれば、15日には、USAGM傘下のラジオ会社「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)、ロシアやウクライナを含む東欧諸国に放送している「ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ」、および中国と北朝鮮に放送している「ラジオ・フリー・アジア」への助成金が打ち切られた。さらに、VOAはジャーナリスト、プロデューサー、アシスタントからなるほぼ全スタッフ1300人が管理上の理由で休職となり、50言語近くで運営されているメディア放送局が麻痺状態に陥った。

フランクリン・ルーズベルトはディスインフォメーションの普及などを扱う戦略サービス局とは別に、1942年に戦争情報局を設立した(Joseph S. Nye, Jr., Soft Power, PublicAffairs, 2004, p. 102)。そこで、VOAとして知られるラジオ放送がスタートした。それ以降、83年間もつづいた声がはじめて沈黙させられたのだ。議会の報告書によると、USAGMの昨年末の予算は8億8600万ドルで、約3500人の従業員を雇用していた。

「ソフトパワー」の終焉

この措置は、トランプ政権がいわゆる「ソフトパワー」を軽視していることを示している。先に紹介したナイは、『ソフトパワー』において、ハードパワーとソフトパワーについてつぎのように記述している(5頁)。

「だれもがハードパワーについては良く知っている。軍事力や経済力によって他国に立場を変えさせることがよくあることは周知の事実である。ハードパワーは、誘因(「ニンジン」)または脅威(「棒」)に基づくものである。しかし、時には具体的な脅威や買収なしでも望む結果を得ることができる。望む結果を得る間接的な方法は、時に「力の二面性」と呼ばれることがある。ある国が世界政治において望む結果を得られるのは、その国の価値観に感銘を受け、その国の模範を追い求め、その国の繁栄と開放性のレベルに到達したいと願う他の国々が、その国に従いたいと望むからである。この意味において、世界政治においてアジェンダを設定し、他国を惹きつけることも重要であり、軍事力や経済制裁をちらつかせて他国に変化を強制するだけでは十分ではない。このソフトパワー、つまり他国に自国が望む結果を得させようとする力は、他国を強制するのではなく、取り込むものである。」

わかりやすく、極端な言い方では、「米国のソフトパワーの多くは、ハリウッド、ハーバード、マイクロソフト、マイケル・ジョーダンによって生み出されてきた」(17頁)ことになる。しかし、こうしたソフトパワー重視の外交政策に終止符が打たれたことになる。

中国アニメの隆盛

皮肉なことに、中国共産党の宣伝部の英字紙China Dailyは2025年2月18日、中国映画興行収入のトップを走る『Ne Zha 2』は、ピクサーの大ヒット作『インサイド・ヘッド2』を上回り、世界歴代興行収入トップのアニメーション映画となったと報じた(下の写真を参照)。この映画は、世界興行収入ランキングでも8位にランクインし、トップ10にはハリウッド以外の映画が唯一ランクインしているという。

2019年の大ヒット作『Ne Zha(Ne Zha: The Firefly Prince)』の続編となるこの映画では、炎の車輪に乗って赤いリボンを振り回し、超能力を発揮する3歳の神様である主人公「哪吒」(ナタ)の伝説を、逆転の発想で語り続けている。この映画は、不運な運命に勇敢に立ち向かい、自らの道を追求する人物としてキャラクターを描き、幅広い称賛を集めているというのだ。

中国アニメーションの最高峰と広く評価されているこの映画は、制作に5年を費やし、138社から4000人以上のアニメーターが参加し、1900以上の視覚効果ショットを作成した。明王朝(1368年~1644年)の古典『封神演義』から大まかなインスピレーションを得たものらしい。

2025年2月11日、北京の制作会社本社の前で、エンライトメディア制作の中国アニメ映画『Ne Zha 2』のプロモーションを通り過ぎる女性(右下)。 [写真/Agencies]。
(出所)https://www.chinadaily.com.cn/a/202502/18/WS67b4a426a310c240449d5f21.html

サウジでは「ドラゴンボール」

2025年2月11日付の「毎日新聞」の記事「「ドラゴンボール」に賭けるサウジ 鳥山明氏のレガシーはなぜ中東に」では、日本マンガ・アニメ界の金字塔とも言える「ドラゴンボール」の巨大テーマパーク建設計画が、中東の産油国サウジアラビアで進んでいると伝えている。主人公の孫悟空が武術修行の上で挑戦する天下一武道会の会場や、七つの球を集めれば願いをかなえてくれる高さ70メートルの神竜など、鳥山明原作の冒険マンガ「ドラゴンボール」の世界が凝縮されて詰め込まれたテーマパークが砂漠のなかに出現するのだ。

リヤドからわずか40分の距離にあるキディヤ・シティに位置するこのアニメテーマパークは、50万㎡を超える広大な敷地に2025年にも登場するらしい(下の想像図を参照)。

ドラゴンボールのテーマパーク予想図
(出所)https://qiddiya.com/press-room/worlds-only-dragon-ball-theme-park-launched-in-qiddiya-city/

時代の変化

NHKは2025年3月16日、「新ジャポニズム 第2集 J-POP“ボカロ”が世界を満たす」を放送した。初音ミクを起点とする日本発のボーカロイド文化が世界中で熱狂的なファンを獲得しているという内容で、歌声合成技術ボーカロイドがAdoやYOASOBIなど、新たなアーティストも生み出すカルチャーになったことを伝えている。

このように、オムニバス風に並べてみると、ハリウッド映画に世界中が席巻されていた時代と様変わりであるような印象を受ける。こうした傾向は決して悪いことではない。むしろ、ソフトパワーとして、米国政府に支援された映画、スポーツ、教育産業などの隆盛によって、米国文化への親和性が形成されてきた、これまでの文化的な世界秩序を壊すことは「ヘゲモニー国家アメリカ」の衰退につながるという意味で望ましい傾向と言えるだろう。

「トランプ革命」をどう受け止めるかが課題

そう考えると、トランプ政権のやっていることは決して悪いことではない。「自爆攻撃」のようにみえても、それは80年近くつづいてきた米国中心の世界をぶっ潰すためには、国内も国外も叩きのめす必要があると、トランプは考えているのかもしれない。少なくとも私は、そうであってほしいと願っている。

というのも、拙著『帝国主義アメリカの野望』のなかで、つぎのように記述しておいたからである(294頁)。
「帝国主義的ふるまいをするアメリカに打撃を与えるためには、「内」と「外」から攻撃を加えることが必要となる。アメリカを内部から懲らしめようとしているのは、明らかにドナルド・トランプである。」

なぜそうかといえば、彼は自分自身だけでなく、彼の支持者らに対して、過去のエスタブリッシュメントへの「恨み」、「妬み」をもち、それを自分の支持へと転化することで、大統領に当選してきたからだ。

こう考えることで、トランプによる相次ぐ復讐劇をはじめて理解することが可能となる。

「知られざる地政学」連載(82):アジアの文化的隆盛に思う 「感情」の考察(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義ロシアの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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