【連載】櫻井ジャーナル

【櫻井ジャーナル】2025.04.05XML:占領軍による住民虐殺が続くシリア

櫻井春彦

 シリアではHTS(ハヤト・タハリール・アル・シャム)やRCA(革命コマンド軍)が昨年12月8日にダマスカスを制圧して以来、住民が虐殺され、殺害された人の数は1万人を越したと伝えられているが、子どもや女性が殺される映像も流れている。犠牲者の中心はアラウィー派やキリスト教徒だが、シーア派、スンニ派、キリスト教徒、さらにはメノナイト派やその他の少数民族へと標的は拡大しはじめた。こうした現実を西側世界は黙認、犠牲者も1000人程度に抑えている。

 バシャール・アル・アサド体制を倒したアル・カイダ系武装集団の戦闘員は約85カ国から集まっていると言われている。特に残虐だとされているグループはレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の秘密警察に雇われ人たちだが、チェチェンや中国の新疆ウイルグル自治区などからシリアへやってきた戦闘員も評判は良くない。ウイルグ系は「ダマスカスの首切り人」とも呼ばれている。シリアで戦闘を経験した「首切り人」が新疆ウイルグル自治区へ戻る可能性はあり、中国政府は警戒しているだろう。

 こうした状態のシリアにおける戦争をウラジミル・プーチン露大統領は早く終わらせたかった。そこでロシア政府はアサドとエルドアンを引き合わせ、戦闘を終活させようとしていた。そこでプーチン大統領はエルドアン大統領とアサド大統領を引き合わせようとしたが、アサドが拒否したと言われている。しかもシリアは経済封鎖で疲弊、低賃金であることも影響し、兵士の戦意は弱かった。

 ところで、シリアからレバノンにかけての地域はHTSのようなアル・カイダ系武装集団だけでなく、イスラエル軍の侵略も受け、状況は悪化。ガザではイスラエル軍による住民虐殺が激しくなってきた。そうした虐殺を支援しているアメリカやイギリスはイエメンを空爆、破壊と殺戮を繰り広げている。

 シリアやレバノンを含む地域をヨーロッパは11世紀から侵略、知識や財宝を盗み、住民を虐殺、建造物を破壊してきたが、20世紀に入るとイギリスの外交顧問だったマーク・サイクスとフランスの外交官だったフランソワ・ジョルジュ-ピコはオスマン帝国を解体して支配するための協定を作成している。

 帝国主義国による中東の植民地化だが、イギリスではエリザベス1世が統治していた16世紀後半にアングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だと主張する「ブリティッシュ・イスラエル主義」が出現した。それがシオニズムの始まりだと言えるだろう。そのカルト的な信仰を信じる人はピューリタンを率いたオリバー・クロムウェルの側近にもいた。

 イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設。その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査し、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収した。その際に資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)

 しかし、「シオニズム」という用語が初めて使われたのは1893年のことで、使ったのはウィーン生まれのナータン・ビルンバウムだが、「近代シオニズムの創設者」とされているのは1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルである。シオニズムはイギリスでは帝国主義と結びついた。

 ロシアでは1881年3月にアレクサンドル2世が暗殺され、その事件のう捜査を指揮したビャチェスラフ・フォン・プレーベは警察局長を経て1902年から04年まで内務大臣を務めているが、このプレーベは1903年8月にヘルツルとユダヤ人問題について話し合う。その際、ヘルツルはプレーベに対し、パレスチナにユダヤ人の植民地にすることをトルコ政府に認めさせるよう求めたという。

 サイクス-ピコ協定が批准されたのは1916年5月だが、パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。これがいわゆる「バルフォア宣言」だ。

 イギリスは1920年から48年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。

 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。

 この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたのだが、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起。アラブ大反乱だ。

 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。

 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃した。

 そして、イギリスはアラビア半島を支配するためにイスラム系カルトのワッハーブ派を利用してサウジアラビアを樹立、シオニストを利用してイスラエルを樹立した。両国は戦略上重要な場所にあるが、それだけでなくサウジアラビアには石油という富の源泉が存在、イスラエルの目と鼻の先には世界の交易で重要な意味を持つスエズ運河がある。イスラム諸国が団結し、欧米の帝国主義国に刃向かうようなことがあってはならない、と彼らは考えているだろう。シリア情勢の背後には帝国主義国の利権争いがある。

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「占領軍による住民虐殺が続くシリア」(2025.04.05ML)
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