【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第30回 本田鑑定だけを否定するために証言させられた不詳断定主義の法医学者

梶山天

これまでに死後硬直の問題についても取り上げてきた。裁判員裁判の一審法廷では、検察側が今市事件の被害女児を解剖した筑波大学の本田克也元教授の解剖結果を何が何でも否定するために法医学の権威者として、さらにもう一人刺客を法廷に送り込んだ。

東京大学大学院と千葉大学大学院を併任することから、形式上は法医学の権威者の肩書を持つ岩瀬博太郎教授だ。証言当時の年齢は48歳で、本田元教授より10歳年下である。監察医の経験はないが、司法解剖では多くの経験があるとされている。

が、その証言の内容は果たして、法医学の権威者と言えるレベルなのか、どうか。2016年3月10日の宇都宮地裁での以下の証言記録を見てみたいと思う。

裁判に証人として出廷する人は嘘の証言をしないという宣誓を行う。今市事件裁判で際立ったのは、検察側の証人として出廷した法医学者や警察官、検察官の偽証が目立ったこと。法廷を嘘つき大会にした。

 

この今市事件裁判で検察側が岩瀬教授に証言してもらいたかったことは、現場で被害者を立たせたまま十数回胸を刺して、そのまま現場に遺棄したという「自白」の裏付けである。

そうなると、解剖を担当した本田元教授が主張する、「死体硬直の形状からは、死後に車の後部座席で死体を運んだこと、立った姿勢ではなく寝た状態で刺されたこと、死亡時刻は胃内容からは死体発見日前日の午後4時頃であること、左目の傷は爪の跡であること」について、写真を見せただけで全て否定させなければならなかった。

三田村朝子検察官:「先日本田先生がこの遺体の発見時の状態を前提にして、被害者の背中や右肩が持ち上がって地面についていないし、顔が、頭部が反り返っていると、それから手が左前方に伸びていると、なので死後硬直が生じる前にこの現場の斜面に投棄されたのではこの姿勢になることはあり得ないという証言をなさったのですが、これについてはどうお考えになりますか」。

岩瀬教授:「そういう断定的なことは、ちょっと言えないと思います」。

三田村検察官:「死後硬直が生じる前にこの斜面に遺体が投棄されたとしても特に矛盾はないというふうに考えられますか」。

岩瀬教授:「死体硬直が生じる前に捨てられたとしても矛盾はないと思います」。

三田村検察官:「本田先生(当時)はこの実験の結果、このような形で車のシートに寝た状態で被害者の死後硬直が生じて、その体勢が維持された状態で斜面に遺棄されたと考えるのが一番ふさわしいというふうに証言されたんですが、この点についてはどうお考えになりますか」。

岩瀬教授:「この死体は似てはいるけど、ちょっと大きく違っている1点があるんで。どこでしょう。首が御遺体のほうは、ある程度もう可動域の限界まで反り返っちゃっているというところは、これとは違うと思います」。

(写真を示す)

岩瀬教授:「この被害者の方のこの首の位置というのは非常に特徴的で、例えばベッドの端っこで頭だけを出して固まっちゃったとか、そういう曲がりぶりというか。本当に可動域限界まで伸びているというのは非常に特徴的ですから、そういう意味では車の中でそういうことをするためにはドアをあけていないといけないという話になります。だからドアをあけないで、ドアをあけっ放しで車で運んだならわかるんですけど、ドアを閉めた状態で走るとこんなふうな首にはならないと思います」。

三田村検察官:「じゃ、またテーマを変えます」。

検察官はさすがにまずい話をしていると思ったのか、ここで死体硬直の話をいったん打ち切ってしまう。その理由は簡単で、死体硬直の全体の形ではなく、首が反り返っているところだけを問題にし、それはベッドから首が垂れ下がったせいである、としているからである。それに加えて、現場の斜面で首がなぜ反り返ったかを説明するのは難しいとも思ったはずである。

しかし、首は垂れ下がっているのではなく、前頭部を後方に押されて背中側に反り返っているのである。頭がどれほどドアの内側から押されるかは、身長と車幅との関係でどれほど窮屈な寝方をさせられるにかかっている。

このことはやってみればすぐわかるはずである。岩瀬教授は言葉の遊びをしているように思えてならないのは私だけであろうか。

これについては弁護人は次のような質問をする。

一木明弁護士:「この写真をごらんになって、ドアを開けた状態のまま運ばなければこのような状態にはならないのではないかという趣旨の発言、証言されましたね。それはちょっと意味わかんなかったんですが、どうしてそういうふうに開けた状態じゃなきゃいけないんでしょうか」。

岩瀬教授:「これだと結局座席がありますんで、背中が座席に当たっているわけですね。これですと。そうだとすると首はそんなに後ろに反り返れないんです」。

一木弁護士:「座席と同じ位置までは反り返りますよね」。

岩瀬教授:「でも、普通はドアにはそういうすき間、ドアと椅子の間にはすき間がないので、そこに頭が入り込むということはなかなかこの状況では起き得ないと思います」。

このように言いたいことを思いつきで話していいのであろうか。専門家だったら何を言っても認められるのか。岩瀬教授の「ドアと椅子の間のすき間に頭が入り込む」という説明が正しいとは思わないが、車種によっては後部座席とドアの間に隙間がある車種はたくさんある。特にスライドドアの車ならドアと椅子の間に隙間が空いている。

また通常ドアにはドアアームレストと呼ばれる出っ張りがあり、それとシートの間に頭が挟まるということも起こりうるのではないだろうか。車種を特定しないで、本田元教授の説に関しては、断定的に否定する、というのが岩瀬教授の主義である。

三田村検察官:「それから、最後の質問です。先ほどもちらっとお伺いしたんですが、本田先生がいろいろと法廷でこういうことはあり得ないとか、こうであると断定的な証言をなさったということをお伝えしましたよね。その点について、法医学という学問という観点から見た場合に証人として何か御意見はありますか」。

一木弁護士:「異議あります。本田元教授は、多数の点において断定をしておりません。断定的な表現を用いた部分もあるけれども、推定という表現を用いているものもたくさんあるわけですから、今の証言をするんであれば、どの点について本田教授が断定をしたかということを特定して証言しなければ誤導になると思います」。

岩瀬教授:「そういう意味で確かに法曹関係者の方っていつもそうなんですけれど、この裁判以外でもそうなんですけど、すごく変に法医学に対して期待している面が多々ありまして、それに対してついついここまで言っちゃいけないのに言ってしまうとしたら、もうそこは法医学を逸脱していると私は思います」。

こうして岩瀬教授は「本田元教授は法医学者として逸脱している」とやんわりと揶揄する。一方では次のように述べた。

一木弁護士:「(岩瀬)先生、結局のところはわからない、わからないで全部終わらせてしまったら、そしたら法医学なんて不要じゃないですか」。

岩瀬教授:「でも本当、そういう世界なんです。わからないときはわからないと言わなきゃいけないです」。

一木弁護士:「もちろんそれはそうですけど。わからないときはわからない、わからないにわかると言うのは正しくないですが、でもわかるのにわからないと言うのも学問を否定することになるんじゃないですか」。

岩瀬教授:「ですから、わかることはわかるんです。でも、こういう犯行態様とかになると、もう死体の世界とは違う話になるので、本当にいろんなことが考えられてしまうものですから、やはり断定はどれもできないです。今までのいろんな事例を見ていても実にいろんな態様があったし」。

一木弁護士:「もちろんそれは、もう当然承知の上でお聞きしているんですが、全くわからないということとこういう可能性が多いけれども、断定はできないということの言い分けをお願いできればと思って聞いているんですけど」。

岩瀬教授:「でも、私は本当にどちらの可能性も、本田先生のおっしゃることも、あと検察官の言っていることも合理性はいずれもあるとしか言いようがないです。もちろんほかのやり方もあったかもしれない」。

一木弁護士:「結構です」。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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