
トランプディールの正体「解放経済open economyから国民経済national economyへ」
社会・経済国際※この記事は、青柳貞一郎氏のブログ「rakitarouのきままな日常」(2025年4月26日付)から、許可を得て転載したものです。
https://rakitarou.hatenablog.com/entry/2025/04/26/115151
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トランプ関税の問題については、株価が乱高下するなど日本を含む世界経済が翻弄され続けていますが、Wall street journalが報ずる様に、顧問のピーター・ナヴァロ氏、財務長官のベッセント氏、商務長官のラトニック氏らの間の意見の相違で方針が変わるなど種々の情報が乱れ飛んでいます。しかし前回のブログでも紹介した様に、トランプ政権が打ち出している「関税による経済操縦」は思いつきではなく、彼のチームが長年準備してきたものであることは明らかです。
種々の報道があるが、基本概念は動いていない
英国の元外交官でMI6諜報員でもあったアラステア・クルック氏が分析する様に「トランプショック」――ドルを通じた戦後「秩序」の軸としてのアメリカを「脱中心化」させたこと――は、現状維持から莫大な利益を得てきた人々と、現状維持を米国の利益にとって敵対的、さらには存亡の危機とみなすようになったMAGA派との間に、深い亀裂を生じさせ、両陣営は、激しく非難し合う二極化へと陥っている事は明らかです。ヴァンス副大統領が準備通貨としてドルが過大評価されつづける事は健全な米国経済成長を蝕む「寄生虫」だと表現した様に、トランプ氏は「金融システムに依存する多くの人々に多大な苦痛をもたらすことで既存のパラダイムを覆す」か「事態が避けられない米国経済の崩壊へと向かうのを放置する」か、の選択から前者を選んだと言えます。勿論バイデン民主党は莫大な予算を組み、ドルを増刷する後者を選んでいた訳です。
I. 解放経済と国民経済
解放経済(open economy)とは、国の障壁をなくし、自由経済に基づくグローバリズムを進める経済政策であり、冷戦終結後に米国が一極支配の中心として進めて来た政策です。一方で国民経済(national economy)は、国家資本主義と通じる概念で、国単位で経済を指向してゆくものであり、中国、ロシア、EUを離脱した英国もこちらにシフトしつつあったと言えます。2者の相違点の大きな特徴は
解放経済 経済が政治に優先する (経済が政治を支配する)
国民経済 政治が経済に優先する (政治が経済を支配する)
という点です。現在トランプが進める関税による経済変革は正に解放経済から国民経済へのシフトを図る事と言えるでしょう。冷戦終結は「民主主義と資本主義」がセットで「共産主義思想と社会主義経済」に勝利したのですが、実体は社会主義経済が崩壊して資本主義経済に負けたのであって、米国を中心とした民主主義陣営も自由資本主義(グローバリズム)に飲み込まれてゆく結果につながったのがその後の歴史でした。つまり資本主義は非民主主義の中国に入り込んで成長しても民主主義自体は存在する必要がなかったばかりか、資本主義経済が政治(民主主義)の方向性を左右する(米国やEU)までになってしまったと言えます。その未来を明確に予言したものがハーバード大学の経済学者Dani Rodnikが2000年に著した「政治経済のトリレンマ」という概念です。
II. 政治経済のトリレンマ
Rodnikは「国際金融のトリレンマ」「為替の安定性」、「資本の自由な移動」、「金融政策の自立性」の3つの政策目標のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて満たすことはできない、という理論を政治経済にも当てはめて、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの政策目標・統治形態のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて実現することはできない(図)としたものです。グローバリゼーションを進めた欧州連合(EU)は、民主的でありながら各国の経済事情に依らずユーロが欧州銀行の判断で発行され、域内のヒト・モノの移動も国の事情は無視されます。
図はそれぞれの辺の対極にあるのが三角形の頂点を表わしていて、ブレトンウッズ体制は固定通貨制、黄金の囚人服とは、選挙で選ばれないエリートが勝手に決めた種々の取り決めに従わされる体制であり、民主主義の対極にあります。中国などは国家主権を保持しつつグローバル化を進めた黄金の囚人服国家かも知れません。
III. ウクライナ戦争と解放経済、国民経済
ウクライナ戦争がグローバリズムを奉ずる西側諸国と多極主義に進むロシアBRICS陣営の代理戦争であることは誰も否定しないと思います。ロシアによる侵攻当初、ロシアウクライナ双方の犠牲は共に大きく、数週間で決着が付くと予想された戦争はウクライナ側の戦果拡大でロシア・プーチン体制が維持できないと踏んだ西側は、トルコ、イスラエルなどの仲介でまとまりかけた停戦合意を2022年4月に破棄。2022年秋以降戦時体制に移行したロシアが本気で長期戦・消耗戦に対応したことからウクライナ側が劣勢になりロシアが優勢のまま現在に至ります。
多くの専門家と称する人達がロシアの敗北を予想したにも関わらずウクライナが敗北した理由を説明できないのは、冷戦が経済戦争であったのに対してウクライナ戦争は実戦であったことを理解できていないからだと思われます。それは前記の「解放経済」と「国民経済」の特徴が理解できれば容易です。
つまり経済戦争であった冷戦は経済が強い方が勝ったのに対して、実戦は政治が経済を支配(戦時経済体制)していないと成り立たないのです。武器調達、配備、用兵、全て「政治が主で経済が従」でなければ成り立ちません。第二次大戦においては連合軍、米英含めて戦時経済体制で、全て軍政優先で戦争を遂行し、日独枢軸軍に勝利しました。勿論最後は経済力の優劣が勝敗を決めたのですが、「儲けてナンボ」という資本主義理論が政治に優先している状態では、政治優先の国民経済体制でしかも実体経済の底力を備えたBRICS体制には「信用経済ばかり肥大した西側諸国」は勝てない事が明確になったのです。
欧州連合の3つの柱
EUは経済共同体が基本であり、共通外交・安全保障政策、刑事司法協力という2本の柱が加えられましたが、軍事組織は持っておらず加盟国の多くがNATOに属している事を頼りにしています。そのNATOは米英を中心とした対東側(ロシア)及びドイツ封じ込めを目的とした組織であり、特に米国の主導(総司令官は米軍人)がなければ機能しません。欧州委員会委員長のフォン・デア・ライエン氏や安全保障政策代表のカヤ・カラス氏がいろいろ言っても実戦に反映されないのは政治経済と軍が一体化されていないからです。
米軍がいないとNATOは機能しない
ウクライナ戦争はウクライナ側(西側)には総司令官が不在であり、責任を持って終わらせる人がいない(トランプはバイデンの戦争だと明言)ばかりか、無責任なステークホルダー達の思惑がバラバラであるため、このままウクライナが崩壊するまで続く可能性が高いかも知れません。

防衛医科大学卒業、元陸上自衛隊医務官、医師、東京医科大学名誉教授、医療・軍事ジャーナリスト。温暖化とコロナに流されない市民の会代表。 ブログ:「rakitarouのきままな日常」https://rakitarou.hatenablog.com/