【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第32回 冤罪を見破る検証の舞台裏

梶山天

そして気づいた。鑑定結果は本当なのか、検証が全くなされていないことに気づいた。この粘着テープの検証こそがその問題を解く唯一の鍵になると思った。直ぐに行動を起こした。一連の裁判にかかわった弁護団からDNA型鑑定の解析データ(エレクトロフェログラム)などの情報開示をしてもらったり、法医学者、捜査関係者らからいろんなデータを集めたりした。

私は少しは、解析データも見ることができる。集めた資料を見ると、検査は3回どころか、数十回は優に超えていた。しかし、それは地裁では隠していたのだ。「検察は何で3回しか鑑定をやっていないことにして、その証拠をドローにしたのか」。考えるだけで、そら恐ろしくなった。そうであれば、法医学者による検証をするしかないと思った。

ただ、その検証についてもため息が出るほど悩んだ。それは検証の結果にもよりけりだけれども、もしかしたらとんでもない結果が出る予測がついていたからだ。結果次第では再審への新証拠が見つかるかもしれない。それはふたを開けてみなければわからない。それを念頭に置くと、公平さを担保しなければいけないと思ったのだ。

つまり、検証は本田元教授だけでなく、複数がいい。それも捜査側の人間から出せればもっとよい。ただし、本田元教授はこれまで多くの裁判で誰も味方についてくれなかつたから、また検察を敵に回せる人がいるとは思えなかったから、それは難しいのではないか、と心配をしていたのは事実だ。

誰も味方についてくれない場合には、本田元教授が「私だけでは、信用できないのか」と、へそを曲げる可能性もないではない。とはいえ、前に進まなければ何も始まらない。時間の浪費は避けなければと自分に言い聞かせて、恐る恐るやんわりとした口調で相談した。

彼の答えは、「やはりその方がいいと言ってきたか。味方は多い方がいいのは当然であるが、果たして……。ほとんど全ての法医学者はこれまで捜査側についてきているから、そういった警察関係者からも検証してもらった方がいいかも。誰か適任いるかな?」と応じてくれた。

新聞記者時代に全国の科捜研の人たちと交流がなかったわけではない。自分の心の中に思い当たる人物を温めていたのだ。ただ、いかんせん警察組織の絆は頑丈だ。最悪、その古巣に弓を引く結果になるかもしれない。果たして、検証に応じてくれるか、心配だ。そんな時、相棒の本田元教授はあっさりと言葉にした「梶山さんなら必ず、応じさせることができるはず。説得してみてくれ」。勝負するしかないと決めた。

善は急げだ。すぐに連絡をとった。その彼とは数年前に知人の紹介で東京都内で会ってからの付き合いだ。31年間、徳島県警の科捜研にいた藤田義彦・徳島文理大学大学院元教授で、今年3月に同大学院を退職したばかりだ。

31年間にわたり、徳島県警科捜研でDNA型鑑定に従事した徳島文理大学大学院の藤田義彦元教授。

 

藤田元教授に今市事件の経過を説明し、検証を要請すると「必ずしも望む結果は出ないかもしれないが、やってみましょう。検証資料を大学に郵送してください」と快諾してくれた。断られたら、どうしようとの思いもないではなかったので、やっと、スタート台につけると気が緩んだのか食事もとらずにベッドに倒れこんだ。

検証は昨年秋から始めた。そして結果は両人とも同じ結果で、本田元教授が犯人像としてみていた「女性」のDNA型が検出され、隠ぺいされていたことが明らかになった。検証を終えての両人の見立ては、この栃木県警科捜研の鑑定結果は、単に誤認逮捕を隠すために、犯人とみられる女性のDNAの検出を隠し、どうしても鑑定自体を証拠として葬るのが狙いだったという意見で一致している。

そういう意味では、この鑑定結果をそのまま認め、宇都宮地裁も裁判員たちも決め手を欠いた客観的証拠の前に、捜査側が法廷で見せた良いとこ撮りの一部の録音・録画映像が有罪の決め手となったといえるだろう。全てはこのDNA型鑑定の隠ぺいが冤罪の根幹だったのだ。

藤田元教授は、栃木県警の今市事件における鑑定を検証し、感じたことをこう話した。

今市事件の栃木県警科捜研が行った布製粘着テープのDNA型鑑定の検証を行った徳島文理大学大学院の藤田義彦元教授。

 

「この鑑定は、容疑者が犯人ありきのシナリオで偏っている。死者に付着した鑑定資料は、鑑定人、捜査員のDNAが付着しているから鑑定資料としては価値がない、意味がない。しかし、本当は汚染しても犯人が触れれば、犯人のDNA型は検出される可能性がある以上、価値があり意味があることには変わりはない。逆に鑑定資料からのDNA型が検出されれば、仮に不完全なところがあっても強引に犯人の証拠としている。足利事件が良い例である。

もし証拠価値がないとするなら科捜研の検査後に粘着テープのミトコンドリア型鑑定を外部に嘱託することはあり得ないはず。検査結果次第で捜査側にとって都合がいい場合には証拠、そうでないときは証拠価値なしとして無視。そしてそれを裁判官にも納得させる。そこは見え見えだ。

結局、警察がにらんだ容疑者ありきで、ケースバイケースの鑑定結果の解釈をする。裁判で警察の鑑定人などの意見においてそれが散見される。これでは科学とは言えない。いつも科学は一貫性がなければならない。なぜ、このようなことが起こるのかと言えば、それは、人間であるから正義より実を取る。

私はこれまで3つの職場を経験した。民間病院、警察行政、市立大学でそれぞれ医療、治安、教育・研究という高い理念を持ち働かなければならない使命がある。しかし、崇高な使命感を持っている人はほとんどいないだろう。実を取るから自身をアピールするスタンドプレー、他人を卑怯な手段を用いて陥れることが起こる。まじめな人ほど落胆して、時には自暴自棄、犯罪に手を染める人も現れる。特に民間病院や私立大学と違って警察行政は潰れないという奢(おご)りがある。

科捜研においても、科学は二の次で捜査に貢献した人が昇進が早い。どの組織でも正義・理想を貫くには、社会的圧力に抵抗するためのかなりのエネルギーが必要だ。ゆえに先進諸国のように日本の科捜研も、警察から独立し、第三者機関に設置すべきであると切に願わずにはいられない」。

 

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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