【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第32回 冤罪を見破る検証の舞台裏

梶山天

いつもそうだが、おかしいと思ったらとことん気が済むまでやるのが、自分の流儀だ。ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天は「また同じことをやっている」と自分に言い聞かせなから苦笑いをしていた。この「同じこと」とは、時間だけ後戻りする。2005年4月、朝日新聞西部本社報道センター(旧社会部)次長から鹿児島総局長として赴任してまだ数日しか経っていない時だった。

鹿児島県警が2003年に摘発した県議選曽於郡区(定数3)をめぐる公職選挙法違反事件の裁判が未だに続いていた。同事件は、鹿児島県警が架空の買収事件を作り上げ、初当選した県議や住民十数人が「たたき割り」と呼ばれる暴力的な取り調べで供述調書をでっち上げ、鹿児島地検が後押しして起訴した世にも有名な「志布志事件」である。

たまたま若手の警察担当記者が間近に開催予定の志布志事件に関するシンポジウムを報道するのかどうか、デスクに相談している内容が私の耳に聞こえた。私は選挙違反なら裁判は1年で結審するはずだと思い、担当記者から被告たちの起訴状を見せてもらった。不思議なことに「2月中旬ころ」と記されているだけで、買収会合の日時が特定されていなかった。

「十数人も逮捕されていながら一人も覚えていないとはあり得ない」。私は珍しく、胸騒ぎを覚えた。これが総局全員で調査報道を続け、被告全員が無罪になる原動力になった。紙面で初めて調書の下書きに当たる「取調小票」や鹿児島県警と鹿児島地検による裁判対策の協議内容など捜査側の機密文書を世に明らかにし、話題を呼んだ。

さて本題に入るとしよう。今市事件のこの連載の内部文書や写真などを見ればわかるように私は証拠にこだわっている。本来なら被害女児の無念を晴らすはずの警察、検察にそうであってもらいたいのだが、何故かどうもそうではないように思えてならないのは私だけではないかもしれない。警察内部にも勝又拓哉受刑者の逮捕に異論を持った警察官がいたと聞き及んでいる。記者になってこの方、これほど心がざわついたことはない。

被害女児を解剖した筑波大の本田克也元教授は、遺体発見時の死後硬直から勝俣受刑者の自白調書にある茨城県常陸大宮市内の山林での現場殺害はありえないとし、女児にわいせつ行為をした際に顔を見られたので殺害したとする動機についても、女児の体内に性犯罪の形跡はないと否定。さらに目の下や頸部に爪による傷があることなどから犯人は「女性」の可能性が高いと指摘する。これは捜査側が起訴した勝又受刑者とは異なる。

もし真犯人なら法医学者の解剖結果が容疑者の供述と全く一致しないこともないはずだし、犯人像が捜査側と解剖医で食い違うことも異常だ。普通、このような場合には解剖医に妥協して自白に合うように解釈し直してもらうか、解剖医の判断に合うように自白を強要することが多い。こうなってしまえば、自白と解剖所見は一致してしまうので、冤罪のストーリーを突き崩す鍵はなくなってしまう。こうしてどれほどの冤罪が作られてきたかと思うと恐ろしい。だが、今回の解剖医は本田元教授だったから検察の筋下書き通りにはいかなかった。

そうであれば、犯人特定に一番近づけるDNA型鑑定はどうだったのだろうかと期待を持つのがごく自然のことだ。調べてみたら、ラッキーなことに、被害女児の頭部から約5㌢四方の布製の粘着テープが押収されていた。鼻あたりから頭までぐるぐる巻きにされていたとみられ、遺体を捨てる際に剥がし損ねたようだ。

その現場は、山林で街灯もなく、真暗闇だ。剥がし損ねたことに犯人は気づいていなかったと想像がつく。ところがだ。検察によって「作られた」勝又受刑者の供述調書によると、犯行当時は軍手をしていたということになっている。なぜこうなったかと言えば、被害者の外表からDNAが検出されなかったことと、辻褄を合わせるための検察の悪知恵であったと思われる。

しかし、これが仇となった。なぜならガムテープなら軍手はかえって使いにくい。ますます供述調書が取調官の想像で日を追うことに捻じ曲げられていく。

今市事件では、捜査側が解剖医の解剖所見の説明を容疑者を逮捕するまで一度も受けなかったこと、逮捕後に辻褄を合わせてくれるか、どうか探りを入れて本田元教授から断られたこと、話を合わせてくれない以上、一審裁判に解剖医を出廷させなかったことなど捜査の過程で不思議なことがいくつも起きすぎて異常に思える。

そこでこの異常性を解明する必要があると立ち上がったのが本田元教授の頭文字「克・カツ」と私の「天・テン」を合わせてもじって「ガッテン」の出番なのだ。

さっそく女児の頭から見つかった粘着テープの栃木県警科捜研によるDNA型鑑定の結果を改めて検証することにした。一審で検察側が明らかにした粘着テープの鑑定は①05年12月。遺体発見後直ぐに嘱託されたのを機に②13年8月と③翌14年3月と3回嘱託が行われていた。まずは、その検査回数の少なさにあり得ないと感じた。さらに一つ一つ結果を見ていくと、正直驚いた。

1回目は被害女児のDNA型だけが検出され、2、3回目は被害女児の他に科捜研の男性技官のDNA型が汚染(コンタミネーション)によって検出されたことになっていた。そして肝心の勝又受刑者のDNA型は、全く検出されていなかったのだ。

単純にこれだけを見ると、勝又受刑者のDNA型は検出されていないのだから、無罪証拠になる。ところが法廷では検察側が科捜研技官2人の汚染で犯人追及が困難と説明し、資料そのものの証拠価値を否定することによって、無罪証拠を葬ってしまったのだ。それに加えて何をかいわんや裁判所は本当にそう言えるのか、それで済ませていいのかの確認もしないで、大事な鑑定結果に含まれる真犯人の証拠を葬ってしまった。

皆さん、おかしいと思いませんか。私はこの時凄く怒りに震えた。わずか3回しか検査をしていないのに犯人追及はできないと検査をボイコットしている。こんな体たらくな警察、検察がありますか。幼い女児が無残にも殺されているというのに。心を静め、どうして鑑定試料があるのにしないのか、考えると絶対おかしい。何かがある。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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