【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(92):リアリズムから見たウクライナ戦争の停戦・和平をめぐる問題点(上)

塩原俊彦

 

日本だけでなく、米国でも欧州諸国でも、新聞やテレビなどの「オールドメディア」は批判するだけの気概さえ薄れ、権力に屈従するだけの存在に成り下がっている。地政学上、こうした事態は主権国家の暴走を招き、権威主義的国家の増加をもたらす。今回は、この情けない状況について考察したい。その際取り上げるのは、ウクライナ戦争の停戦・和平をめぐって、リアリズムに背を向けたままの各国の報道と政治指導者のひどさである。

日本の社説にみる無知蒙昧

目を疑うような社説が朝日新聞に登場したのは、2025年5月21日である。社説の最後に、「米国の関与と支援をつなぎとめ、多国間の連携でロシアに圧力を加える以外、ウクライナが許容できる停戦や和平の実現は望めない」とある。この「現実」を無視した言い分に唖然とする。これでは、ウラジーミル・プーチン大統領の拒否を前提に、「30日間の無条件停戦」を提案したウクライナと欧州の首脳らと同じではないか。この拒否を材料に、米国のドナルド・トランプ大統領を味方に引き入れて米国の関与と支援、さらに対ロ制裁の追加によって、結局、戦争を継続しようという魂胆が透けてみえる。

しかし、朝日新聞の無知蒙昧な論説委員は、この事実を透徹したリアリズム分析によって見破ることができないでいる。それどころか、戦争継続派への支持を表明し、すでに敗色濃厚なウクライナ側にさらなる「犬死」を強いているのだ。戦争継続派はみな「殺人幇助」をしているからだ。在籍したことのある会社が戦前と同じように、再び「殺人幇助」に傾いている事態に、私は危機感をいだいている。

朝日新聞の無知蒙昧

朝日の主張が愚かなのは、「現実」を理解していない点にある。ウクライナと主要な欧州諸国が戦争継続派であるという「現実」をみていないのだ。要するに、透徹したリアリズムに身を置くだけの努力も能力も欠けている。このリアリズムは、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授や私の立場だが、日本には、残念ながら不勉強で権威主義に溺れた無知蒙昧しか見当たらない。この連載で何度も書いているように、「もっと勉強しろ」だ。

思い出してほしいのは、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の不誠実な姿勢である。2月28日、ドナルド・トランプ大統領と口論し、怒鳴りつけられたゼレンスキーは、3月上旬、米国によるウクライナへの軍事・情報支援が停止されると、すぐに屈服し、軍事援助再開のために、停戦の方向に舵を切ることに合意した。それまでは、彼は停戦・和平を引き延ばすことで、2024年5月に任期切れとなった大統領職にとどまろうとしていた。ゼレンスキーにとって、停戦・和平は権力の喪失リスクに直結する。停戦が実現すると、選挙で落選するリスクがある以上、彼はトランプに従う素振りを見せながら実際には従わないという面従腹背に徹するようになる。

そのために、ゼレンスキーは、同じく不誠実な欧州の政治指導者と結託して、無条件停戦を主張しはじめる。後者の指導者は戦争を継続して、侵略をはじめたとされるロシアから領土をあくまで奪還することにこだわることで、自分たちの3年にもわたる支援が無駄ではなかったと示したいのだ。つまり、ゼレンスキーと欧州政治指導者はともに戦争継続派として、停戦を受け入れたふりをすることに決めた。そう、「小芝居」をはじめたのである。本当に停戦したければ、「停戦を受け入れなければ、追加制裁する」と脅すことはしないだろう、とくに戦争に負けている場合には(この点については後述する)。

ゼレンスキーと欧州の政治指導者(以下、「小芝居グループ」と呼ぶ)は不誠実きわまりない連中なのだ。プーチンが停戦受け入れを拒否することを期待しながら、朝日のいう「多国間の連携でロシアに圧力を加える」ために、米国の支援や対ロ追加制裁を待ち構え、結局、戦争をつづけるという見え透いた戦術は、「人間の屑」のようなやり方ではないか。

これまでの経緯

ここで、停戦・和平をめぐる攻防について説明しておきたい。ゼレンスキーに無理やり停戦を合意させたトランプは和解の可能性を示す条件を比較するという新たな作業に入る。スティーブ・ウィトコフ中東担当特使は4月11日にサンクトペテルブルクに赴き、条件リストを作成した。ゼレンスキーは17日、パリでマルコ・ルビオ国務長官、ウィトコフ、欧州首脳と会談し、そのリストを検討した。その後、欧州とウクライナの側近が23日にロンドンで会談し、プーチンへの停戦提案をまとめた。①クリミアにおけるロシアの支配を「事実上」承認する、②ルハンスク州のほぼ全域とドネツク、へルソン、ザポージャの占領地域に対するロシアの「事実上の承認」、③ウクライナはNATOに加盟しないという約束(ウクライナがEUの一員になる可能性がある)、④2014年以来科せられてきた制裁の解除、⑤米国との経済協力の強化――といった内容のものだ。

だが、トランプは、ロシアがまだウクライナの首都を攻撃していることに腹を立て、24日には、「ロシアによるキーウ攻撃には満足していない。必要ではないし、非常にタイミングが悪い。ウラジーミル、やめろ!」と投稿した。ウィトコフは25日、モスクワでプーチンに再会したが、プーチンは依然として一般的な停戦を譲らず、キーウへの空爆をつづけた

トランプは26日、バチカンでの短い個人会談でゼレンスキーに接近し、ロシアの指導者に翻弄されていることを示唆する投稿をした。「彼(プーチン)は戦争を止めたいのではなく、ただ私を叩いているだけなのかもしれない。あまりにも多くの人々が死んでいる!!」というものだった。

だが、プーチンは不屈の姿勢を崩さず、トランプ・チームは「条件リスト」の作成を断念した。ウィトコフが5月8日にモスクワ行きを取りやめたのは、ロシアがパリとロンドンでの会合で出てきた22項目の条件絞り込み案を検討しないことが明らかになったからとみられている。

それでも、「小芝居グループ」は5月10日、「30日無条件停戦」を提案した。プーチンが直接協議を逆提案したため、トランプは早急な協議を求める。つまり、プーチンの肩をもった。16日に直接協議が行われると、今度は5月19日にトランプとプーチンによる2時間ほどの電話会談が実施された。プーチンの説明では、「ロシアは、適切な合意に達した場合、一定期間の停戦の可能性を含め、和解の原則、可能な和平合意の条件など、多くの立場を定義した将来の可能な和平条約に関する覚書をウクライナ側に提案し、協力する用意があることでトランプと合意した」(下の写真)。1000人ずつの捕虜交換実施(5月23日、それぞれ270人の軍人と120人の民間人、翌日、両軍はそれぞれ307人の軍人、25日、それぞれ303人の軍人を返還)後、ロシア側は紛争解決の合意に達するための条件をまとめた文書案(覚書案)をウクライナに渡す用意があるという。だが、執筆時点の日本時間26日朝現在、二回目の直接協議の場所も日時も決まっていない。

5月19日、トランプ大統領との電話会談の結果を記者団に話すプーチン大統領
(出所)http://kremlin.ru/events/president/news/76953/photos/81530

ホッとする欧州の政治指導者と目論見違い

以上からわかるのは、「無条件停戦から和平へ」という欧州側の目論見が失敗したことである。だが、それは「小芝居グループ」の望んでいたことでもある。停戦の見通しは立たないままだから、戦争継続という彼らの目的はかなったことになる。目論見通り、欧州委員会と英国は20日、似たような追加制裁をロシアに科すと発表した。
同日、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長はXにつぎのように投稿した。

「我々は次のステップについて緊密に調整している。欧州は第17弾の厳しい制裁パッケージを採択したばかりだ。さらなる強硬制裁を盛り込んだ18番目のパッケージが準備されている。停戦を実現するために、ロシアへの圧力を強化する時だ。」

彼らは小出しにしてきた制裁の過ちを認めることなく、対ロ制裁を強化した。結局、停戦・和平を遅らせてきた自分たちをまったく反省しないまま、戦争を継続することで、自分たちの不明を隠そうとしているようにみえる。

こんな「小芝居グループ」にとって意外だったのは、トランプが同グループの筋書きをまったく無視したことである。トランプは5月20日、前述したように、ロシアとウクライナとの直接協議に基づく覚書の進展を見極める必要性に言及し、2週間後とか4週間後に結論を出したいとしたのである。

この舞台裏については、「ニューヨーク・タイムズ」紙の分析が教えてくれている。「この議論に詳しい6人の政府関係者によれば、トランプはロシアへの新たな制裁を含む欧州の圧力キャンペーンに参加するという、自らの脅しから手を引いたという」。この報道こそ、「現実」を物語っている。さらに、同紙は、大統領の私的な電話について話すため匿名を求めた高官の話として、「ロシアに対する追加制裁はビジネスチャンスを妨げるものであり、大統領は米国人の経済的機会を最大化したいと考えているとのべた」という。

20日のルビオ国務長官の議会証言

この明確な方針転換は、5月20日に開催された上院外交委員会の公聴会でのマルコ・ルビオ国務長官の発言によって裏づけられている。国家安全保障担当補佐官を兼務している彼は、「脅しの制裁をはじめると、ロシアは口をきかなくなる」とのべたのだ(「ブルームバーグ」を参照)。それだけではない。プーチンが「戦争犯罪人」かどうかという質問に対して、ルビオは、「そこで起きた事件をみて、戦争犯罪とみなすことはできると思うが、われわれの意図は戦争を終わらせることだ」と答えた(下の写真)。このように、「小芝居グループ」とは一線を画して、米国政府は「現実路線」を歩みだしたと言えるだろう。

他方で、米上院のリンゼー・グラハム議員(サウスカロライナ州選出、共和党)とリチャード・ブルメンタール議員(コネチカット州選出、民主党)らが中心になって、ロシアがウクライナとの長期的な和平に合意しない場合、ロシアに対して一次および二次制裁を課す法案を上院に提出した。同法案は、ロシアの石油、ガス、ウラン、その他の製品を購入する中国を含む国々からの輸入品に500%の関税を課すものだ。すでに、可決は確実だが、もしそうなっても、実際に厳しい対ロ制裁がすぐに科せられる情勢にはないようにみえる。

5月20日、上院外交委員会で証言するルビオ国務長官兼国家安全保障担当大統領補佐官 Jose Luis Magana/AP
(出所)https://www.npr.org/2025/05/20/nx-s1-5404679/marco-rubio-senate-foreign-affairs

「太陽」戦術は当然

ここで、常識的な議論をしたい。戦争に負けそうな側が無条件の停戦を提案すること自体、まったくおかしな話ではないか。無条件降伏か、せめて数多くの譲歩をするのが定石だろう。ましてや、応じなければ制裁を強化するというのは言語道断だろう。逆に、停戦してくれれば、制裁を即時全面解除するというのが筋だ。「太陽」戦術でなければ、勝利目前の側を納得させることはできないだろう。「北風」戦術をつづければ、二発の核兵器使用の惨禍を被った日本のように、多数の民間人を含む死傷者が膨大な数にのぼるに違いない。日本人であれば、日本の軍部の民間人を無視した戦争継続派の横暴が1945年の8カ月間に数十万人の悲惨な死を招いたことをしっかりと思い出すべきだろう。そう、ウクライナにおいて、同じような事態を引き起こさないためには、何が何でも即時停戦・和平に舵を切らなければならないはずだ。
にもかかわらず、朝日新聞はウクライナや欧州の戦争継続派の肩をもっている。これでは、大敗しているのに負けを認めようとしなかった大日本帝国軍を応援しているのと同じだ。

出発点は「負け戦」

ウクライナが負け戦を強いられているという現実を戦争継続派たる「小芝居グループ」は認めようとしない。しかし、私は、講談社の運営する「現代ビジネス」で、2025年1月2日に、「【報じられない真実】3年目の新年、すでにウクライナ戦争の勝負は決している!」という記事を公表した。2月10日には、「もはや敗色濃厚!それでも兵力増員を図るゼレンスキーの愚」という記事もアップロードした。本当は、2024年12月11日に「いつまでも戦争止めないゼレンスキー…それは止めたら自分が追放されるから」、同月26日に「ウクライナは「テロ国家」となりロシアを怒らせ、戦争継続を選んだ」を公開している。

これらの記事を読んでもらえば、ウクライナがもはや絶望的な負け戦をつづけているにすぎないことがわかるだろう。

米国防情報局の評価書

米国防情報局は2025年5月、議会に「2025 ワールドワイド脅威アセスメント」を提出した。その12頁には、つぎのように書かれている。

「プーチンはほぼ間違いなくウクライナでの勝利を目指しており、その目的は開戦以来ほとんど変わっていない。すならち、ウクライナの中立とウクライナ国家のさらなる分割である。交渉による解決や、あるいは欧米の強力な援助がない場合、戦場の見通しはおそらく2025年まで緩やかにロシア有利の傾向が続くだろうが、ロシアの戦場での利益は鈍化しており、高い人員と装備の損失を犠牲にしている。」

興味深いのは、「欧米の強力な援助がない場合」⇒「ロシア有利」としているだけで、「欧米の強力な援助がある場合」⇒「ウクライナ有利」とは書いていない点だ。いまでも「ウクライナ=善」、「ロシア=悪」との偏向を捨てていないWPは、「過去1年間、ロシアはウクライナの領土の0.6%しか奪取していないが、その代償として1日あたり1500人の死傷者が出ている」との現職および元西側政府高官の見方を披歴することで、まだウクライナが負けていないかのような印象操作をつづけている。

しかし、賢明な読者のなかには、2022年夏以降、何度も政府高官や専門家が戦況についてディスインフォメーション(騙す意図をもった不正確な情報)を流してきたことを覚えているだろう。日本のテレビに登場する数々の軍事専門家はみなこの類だと断言できる。

「知られざる地政学」連載(92):リアリズムから見たウクライナ戦争の停戦・和平をめぐる問題点(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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