
登校拒否新聞19号:字引
社会・経済「こどもとIT」というImpress Watchシリーズのメディアから「1万5千人に調査、小中高教員の8割以上が辞書の利用を推奨」という記事が配信された。4月1日付で、文責は編集部となっている。この記事は、辞典協会(出版社13社加盟)が行ったオンラインでの「辞典の使用に関するアンケート」を紹介したものだ。対象となったのは、全国の教職員や学習支援従事者15,008名。2024年12月5日から19日にかけてインターネットで実施したもので、辞書の学習効果や利用実態について調査した。
記事によれば、概要は以下の通りである。
調査によると「紙、電子を問わず辞書利用を勧めている」(36.3%)と「紙の辞書を勧めている」(25.9%)、「電子辞書(辞書アプリ)を勧めている」(7.5%)で全体の約7割が「生徒・学生への辞書使用を勧めている」と回答した。中でも、小中高の国語・英語の教員は、80%以上が辞書の使用を勧めていると回答している。なお、小学校では「紙の辞書を勧めている」が46.7%と最も高く、言葉の意味などを調べる方法として「紙の辞書」を勧めていることがうかがえる。
生徒・学生への語彙指導にふさわしいものや役立つものに関する設問では「紙とデジタル」(40%)が最多で、続いて「紙の辞書」(35.7%)という結果となった。「電子辞書」「Googleなどの検索エンジン」は総じて割合が低い傾向だが、高校(英語)では「電子辞書」(26.6%)と、ほかと比較して10%以上高くなっている。
辞書を使うことで伸びる力を聞いたところ、「語彙力」と答えた教員が71.7%で最も多く、「情報収集能力」(58.8%)、「読解力」(47.3%)「表現力」(28.4%)と続く。特に、小学校と中学校(国語・英語)、高校(国語・英語)では、「語彙力」の回答が8割を超えており、辞書が「語彙力」を身に付ける重要なツールであると認識されていることが判明した。
辞書の利用と生徒・学生の学力に関する設問では、「とても思う」「思う」で、9割近くが「辞書の利用により学力が向上する」と回答している。その理由として「例文や語句の由来、同義語、対義語など1つの単語から背景や多くの情報が得られる」「調べる習慣、調べ学習によって学習能力が上がる」といった意見が寄せられている。自由記述では、「調べることはスマホやネットを使うだけではないことを知ってもらいたい。辞書を扱えるようにしていけば、知識や視野が広がる」「力が付くと思うし、インターネット上の真偽不明な情報を持ってきてほしくない」という意見が寄せられた。
https://edu.watch.impress.co.jp/docs/news/2003108.html
途中、辞典協会のコメントも付されているが省略した。なにせ辞典協会が行った調査である。「辞書が必要」という結論を出すための調査だ。低学年のほうが紙媒体の利用率が高く、その目的も「語彙力」にあることは当然だ。この記事では(ごい)といちいち「語彙」にルビが振ってあるが必要ない。そのくらい読める。だいたい辞書についての記事である。字が読めなければ辞書を使えばいいのである。
最後の自由記述にあるネットじゃなくて辞書というのが辞典協会の出したい結論なのだろう。オンライン化された辞書もあるから、あまり意味のある結論ではない。私がよく使っているのは『ふりがな文庫』だ。これは青空文庫が無償で提供している作品データのうち著作権保護期間が満了しているものをデータベースとしている。言葉の意味というよりも、作家による言葉の用例を調べることができる。運営者は「かふか」さん。
同じく、青空文庫を検索対象としているオンライン辞典にgoo辞書がある「1999年にポータルサイト初の辞書サービスとして提供を開始しました。出版社による信頼性の高い語学辞典(国語辞書、英和辞書、和英辞書、類語辞書、四字熟語、漢字など)と多種多様な専門用語集を配信しています」という。国語辞書は小学館の『デジタル大辞泉』がデータベースとなっている。この辞書はWeblio国語辞典というオンライン辞典でも使われているが、機能的にgoo辞書のほうが使いやすい。Weblio国語辞典は『デジタル大辞泉』+ウィキペディア、goo辞書『デジタル大辞泉』+青空文庫といったところだ。
その他に便利なのは『連想類語辞典』だ。
この辞典は類語、同義語、連想語がいっぺんに出てくる。例えば「登校拒否」を調べてみよう。未分類ということで、類語、同義語、連想語の別はなく以下の言葉が出てくる。
内向き・不登校・ひじ鉄砲・一蹴・試験ボイコット・兵役拒否・不承知・却下・断る・頭を振る・け飛ばす・拒絶・かぶりを振る・完全拒否・出社拒否・受け取り拒否・頭を横に振る・保護拒否・拒絶反応・断固拒否・振り切る・門前払いを食わす・拒否・首を横に振る・ことわり・顔を横に振る・そでにする・断り・閲覧拒否・式典ボイコット・返済拒否・辞宜・ひじ鉄砲を食わす・通過拒否・客止め・おことわり・肘鉄砲・訪問拒否・拒む・突っぱねる・否認・協力拒否・謝絶・着陸拒否・契約拒否・検査拒否・否決・同伴拒否・願い下げる・はねかえす・治療拒否・ひじ打ち・受け入れ拒否・ひじ鉄・蹴飛ばす・就学拒否・延命拒否・ボイコット・審議拒否・乗車拒否・肘鉄・首を振る・はねつける・学校教育問題・無条件拒否・出廷拒否・証言拒否・ノーを突きつける・忌避・診療拒否・反響・通行拒否・車検拒否・異議を唱える・影響・更新拒否・支払い拒否・署名拒否・入店拒否・辞退・リアクション・軒並み拒否・アレルギー・はね返る・対話拒否・拒否反応・入場拒否・購買拒否・剣突を食わせる・取材拒否・全面拒否・返還拒否・通信拒否・青少年問題・社会病理現象・アブセント・欠・欠席・中1ギャップ・学級崩壊・学校不信・理科離れ・中途退学・小1プロブレム・いじめ・教育的問題・教育問題
見てわかる通り、あまり関係のない言葉がまたぞろ出てくる。それがこの辞典の魅力だ。登校拒否という言葉の歴史が古いことは「試験ボイコット」「兵役拒否」「就学拒否」なんて言葉から知られる。兵役の義務と就学の義務が戦前からあったわけである。試験ボイコットは同盟休校として戦前からあった。ストライキは同盟罷業、あるいは同盟罷工と言った。登校拒否という言葉は戦後になって同盟休校を言い換えたものだ。学生運動も基本的には試験ボイコットである。
それにしても「拒否」が付く言葉はたくさんある。そこから「ひじ鉄砲」「肘鉄砲」なんて言葉も出てくる。「忌避」というのも「登校忌避」という用語も実際にあったのだから当たっている。「学校不信」「社会病理現象」「理科離れ」などと出てくるのもおもしろい。「出社拒否」というのは退職代行の業界用語だろうか。「検査拒否」「取材拒否」となれば、なかなか拒否することも人生においては大事だと思う。「返還拒否」なんてのは四島返還のことか。「ノー」と言えない日本ですから。
登校拒否では「拒否」となっておどおどしいから「不登校」にしましょう、なんていうひよった専門家がいる。「拒否」より「不」を選ぶ言葉の感覚の持ち主はきっと辞書を使わない無学文盲な人なのだろう。そう言うと怒るかもしれないから、試しに「不登校」も『連想類語辞典』で引いてみよう。
落ちこぼれ・はみ出し者・不登校・居場所がない・落伍者・競争社会の敗者・乗れない・社会の流れに乗らない・既成の枠に収まりきらない・反逆者・自閉的症状・登校拒否・引きこもり症候群・逃避・うつ症状・巣籠もり・内向き・不適応・アウトサイダー・中退・社会の大勢に加われない・消える・脱線・社会の大勢に加わらない・ドロップアウト・脱落者・意気地なし・中途退学・心の問題・傷つきやすい引きこもり・体調異変による・溶け込めない・逃走・ヒッキー・文化依存症候群・長期欠席・欠課・アブセント・不参・病気欠席・欠席・不参加・欠場・アブセンス・休む・無断欠席・集団欠席・欠・病欠・欠する・忌引き・欠勤・拒否・学校教育問題・拒絶反応・拒絶・首を振る・はねつける・さぼる・ずる休み・出欠・帰休・欠如・エスケープ・ポカ休・青少年問題・社会病理現象・ペドフィリア・児童買春・チャイルドアビューズ・教育的問題・教育問題・理科離れ・小1プロブレム・いじめ・学級崩壊・中1ギャップ・学校不信
これでもあなたは「不登校」というコトバを使いますか?
「学校不信」「社会病理現象」「理科離れ」あたりは安心のノミネート。ところが「ペドフィリア」「児童買春」「チャイルドアビューズ」と出てきては面喰ってしまう。「居場所がない」には笑ってしまった。「落ちこぼれ」「はみ出し者」「落伍者」「競争社会の敗者」「社会の大勢に加われない」「脱落者」「意気地なし」と、これが「不」の連想なのだ。「忌引き」まで出てきては命運も尽きたか。「アウトサイダー」はコリン・ウィルソンで有名になった言葉だ。哲学の実存主義を言い換えたものである。「ヒッキー」は「ひきこもり」のこと。宇多田ヒカルがデビューした頃に流行った。「ニート」を「Nト」と呼ぶ(自称する)ようなもので、諧謔である。
「ポカ休」って言葉は知らなかった。goo辞書で調べてもない。ということは小学館の『デジタル大辞泉』にないわけだ。Weblio国語辞典では代わりに「ポカ」が入る言葉を「ポカリスエットステビア」「ポカリスエットゼリー」「ポカン」「ポカンと」「ポカン工法の確立」などと並べている。詳しいのはヤフーの知恵袋だ。ここに「ポカ休」「ブラ勤」についての質問があった。それに対して、「JRがまだ国鉄だった頃まではよく使われていた。死語に近い」との回答がある。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11159604746
その他に『日本語俗語辞書』というのがある。
これで「登校拒否」を調べてみたら「五月病」が出てきた。
五月病とは入学や入社、転勤などで新年度の4月から新しい環境に置かれた人がかかる病気のことで、4月の緊張感が途切れたGW(ゴールデン・ウィーク)明け辺りから活力がなくなるものである。具体的症状は勉学や仕事に対する意欲の低下といった程度のものから出社拒否・登校拒否といったものまである。ただし五月病は医学用語ではなく、病とはいうものの、特に定義付けがされている病気ではない。五月病は一人暮らしを始めた大学生に多い症状であったため、もともと大学の新入生を対象に使われたが、後に新社会人に対しても使われるようになる。
次に「不登校」で調べると「落ちこぼれ」が出てきた。
落ちこぼれとは不登校生や引きこもりなど不良学生を指す言葉として、週刊誌などメディアが使った言葉である。1970年代から使われた言葉で、特にツッパリブームといわれた1970年代後半に広く普及。同時に、不良学生であるか否かに関係なく、授業についていけない生徒という意味合いで使われるようになる。また、学生だけでなく、社会人にも普及し、組織や集団についていけない人、成績の悪い社員を指して使われるようになる。
「五月病」は新社会人に多いようだ。GW明けの新人退職ということで、この記事が公開される頃には大量の欠員を出して人事部は大わらわ。退職代行会社の書き入れ時だ。「落ちこぼれ」について「週刊誌などメディアが使った言葉」という記載は興味深い。「落ちこぼれは落ちこぼし」という教員の合言葉があるから、それとの関連も知りたい。
いつも言っているように、学校に行かずとも学校の勉強を家で続けている子には辞書を一冊買うお金も出ないのにフリースクールや「居場所」にはお金が出る。私は英語の辞書を買ってもらって自学自習で中学英語を勉強したのだと、そんなことを書くつもりが、辞書の紹介をしているうちに脱線してしまった。
このたび『治安維持法下のマルクス主義』という本を出します。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784886839893
マルクスについては門外漢だけど、思想史家としての立場から大正末期から昭和初期にかけて隆盛を誇ったマルクス主義について書いた本です。ということで、マルクスについての勉強を遅れて始めたわけです。毎日、ドイツ語の紙の辞書を引いて少しずつWerke版というマルクスの全集を読んでます。一応、私はドイツ哲学で博士論文を通した専門家です。ドイツ語の辞書は2冊くらい捨てました。電車で辞書を引いていて落っことしたりする。だんだん汚くなって紙がゴワゴワしてくる。昔から辞書はダメになるまで引けってなことを言う。
辞典協会の調査は結論として紙の辞書とオンライン辞典の併用が進んでいるというような当たり障りのないものだった。この点、はっきり言わせてもらうと、連想語のようなものはオンラインが有利である。だいたいウェブの強みはハイパーテキストにある。語彙にリンクを貼れば連想語が陸続と出てくる。では、紙の辞書の効用はどうか?
じつのところ、辞典協会の調査は小中高教員を対象としているから、紙の辞書の効果がよく測れていないのだ。文法書がなくても辞書さえあれば語学はできる。そういう辞書の引き方を教えている教員は学校にはいないだろう。
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1984年生。文学博士。中学不就学・通信高卒。学校哲学専攻。 著書に『メンデルスゾーンの形而上学:また一つの哲学史』(2017年)『不登校とは何であったか?:心因性登校拒否、その社会病理化の論理』(2017年)『戦後教育闘争史:法の精神と主体の意識』(2021年)『盟休入りした子どもたち:学校ヲ休ミニスル』 (2022年)『治安維持法下のマルクス主義』(2025年)など。共著に『在野学の冒険:知と経験の織りなす想像力の空間へ』(2016年)がある。 ISFの市民記者でもある。