第33回 私の夢を壊さないで!法律学を学ぶ女子大生の怒り
メディア批評&事件検証公務員を目指すために法律学を学ぶ都立大学の女子学生(19)から連載「『絶望裁判 今市事件』を読んで」と題する感想文が私に届いた。この内容には正直、身震いした。多くの読者の皆様と法曹界の人々にも是非読んでもらいたいと思い、大学生本人と母親の承諾を頂いて、紹介することにした。
私は大学2年生で、法学部に在籍しています。母の紹介で今市事件とそれに関する冤罪疑惑を知り、ISF(独立言論フォーラム)副編集長の梶山天さんが執筆されている連載「絶望裁判 今市事件」を今年4月から読んでいます。
すでに30回を超えるロングランの読み物ですが、連載を読む前と今とでは、事件への関心度もさることながら、裁判官に対する思いも大きく変わりました。証拠を追求し、公平公正に事実を見つめるはずの裁判官たちが今市事件では、本当にこの方々が裁判官なのかと怒りさえこみ上げてきました。
この連載に触れて、多くのことを学びました。何より法曹界の現実を知り、驚きを隠せません。記事の「事実」を裏付けるために添付されている数々の貴重な警察、検察、法医学者などの内部文書や写真、図などを見て、裁判の真相を知りました。そこから導かれる事実は、裁判がいかに杜撰で、違法捜査に手を出している捜査側にいかに裁判官たちが傾注していたかが、分かります。
この裁判はどう見ても不当です。学生であっても、1人の人間としてそら恐ろしさまで感じました。お願いです。冷静に証拠を見つめ、公平公正な立場で判決を下す裁判官でいてください。私の夢を壊さないで下さい。
この連載を読み始めた当初私は、○○さんを守る会、などと銘打つ集団が出てきて、うさん臭いと思いました。なぜなら、そういった集団が立ち向かうのは、たいてい警察や裁判所などの公務員で、裁判官や検察官に至っては難関中の難関である司法試験を突破した人たちだからです。
私は今大学で法律学を学んでいるので、尊い志がないと挑むことすらできないであろうその難しさがよくわかります。ドラマじゃあるまいし、不正など責められるようなことはそう滅多にしないはず。彼ら会の人たちは、後からどうにでもなる被告人のウソを信じ、人生を費やしてしまっているだけなのだと私は恥ずかしながらそう信じていました(誤解でした。この場を借りて謝ります)。
だから私はこのISFの連載を、できるだけ批判的な目で読むことにしたのです。勝又拓哉被告の物的証拠のない証言は信じない。梶山さんや筑波大の本田克也元教授などが受けた主観的な印象も考慮に入れない。文書に残っていないいかなる会話も信じない。
以上を心得たうえで連載を読み、物的証拠があり、主観的意見が挟まれない「事実」として挙げられると思った事柄は以下の通りです。
1.加害者の被害者に対する行為は、わいせつ目的ではない。
2.殺害現場は遺体遺棄現場ではない。
3.右頚部の傷は、少なくとも被告人が所持していたスタンガン(実際にはスタンガンの箱しかない)によるものではない。
4.被告人の供述内容に、事実と相違ある点がある。
5. 被告人を直ちに犯人であると認めるための直接証拠は一つもない。
1.について、これは司法解剖を担当された本田克也本元教授の解剖結果にあることなので、事実として扱うべきものです。本田元教授は犯人は女性だとの見解も述べています。実際に粘着テープのDNA型鑑定の解析データ(エレクトロフェログラム)などのデータを徳島県警科捜出身の藤田義彦・徳島文理大学大学院元教授とともに検証して犯人とみられる女性のDNA型が検出されていながら一審法廷では隠されていたことを確認したとしています。
本田元教授らはおそらく再審の新証拠としてその資料を使うために、公にしていないので、批判的立場からこれについては私は事実として扱わないことにしました。ただし、新証拠としてその資料が公にされるならば、大変なことになる可能性は大です。事実ならば捜査側の隠ぺいになるからです。
2.についても同様、本田元教授の鑑定書に加え、後から検察側の証人として出廷した元教授も述べていることなので、これは事実として認めることができます。
3.については、池田元教授と本田元教授で意見が割れていますが、写真から判断するに、スタンガンの幅についての池田元教授の首の向きによる誤差だという説明やスタンガンの痕に特徴的な白い点の指摘は明らかに無理があると言えます。
既に被告側として中立からは離れてしまっているともいえる本田元教授の見解を信じないとしても、池田元教授の説明を信用できない以上、少なくとも勝又被告のスタンガンによる傷ではないとするのが相当だと思います。
4.-6.について、これは判決文でも認められている事実です。
以上が私なりに批判的立場を崩さないように注意しながらまとめた本件に関する客観的事実と考察です。
ここからは私の主観的感想です。
どう考えても、何らかの圧力が捜査機関、検察、裁判所にそれぞれかかっているとしか思えませんでした。なぜ、捜査機関は本田元教授に解剖を依頼しておきながら逮捕後になるまで鑑定結果を聞きに来なかったのか。なぜ、本田元教授の鑑定書は一部利用という形で全体を捜査機関の手によって改変された形で証拠提出されているのか。なぜ、裁判所はその不自然な行為の理由を聞きとがめなかったのか。
一審の判決文も読みました。刑事裁判では、合理的に疑いの余地がないよう証拠が揃えられなければならず、直接証拠がなく状況証拠のみによって立証を試みる場合、状況証拠によって認められる間接事実の中に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができないもしくはきわめて困難である事実関係が含まれていることを要します。
本件も直接証拠がないのでこの基準を採用すべきであり、勝又被告を有罪とする場合本件に勝又被告にしか起こせない事象が認められる必要があります。
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。