
「知られざる地政学」連載(103):エプスタイン:権力関係を考察するためのヒント(上)
国際
ジェフリー・エプスタイン(下の写真)の人生は、実に興味深い。権力論からみると、脅迫やゆすりは有力な権力の源泉となりうることを証明している。しかも、その脅迫やゆすりの中身が性暴力や性愛指向に絡んでいるほど、絶大な効果をもつことも教えてくれる。権力論は地政学上のテーマの一つなので、今回はエプスタインを徹底的に分析することで、権力論の一端を明らかにしたい。
エプスタインの公開された最後の写真で、2019年7月に検挙された後、連邦政府の拘置所に入ったときに撮影された顔写真。彼は数週間後、独房内で死亡した。当局は自殺と発表。 カイプロス/Kypros
(出所)https://docs.house.gov/meetings/JU/JU08/20250227/117951/HHRG-119-JU08-20250227-SD006-U6.pdf
エプスタインの歩み
1953年生まれのエプスタインは、元数学教師から投資銀行家に転じた野心家である。長文の記述のあるウィキペディア情報によると、両親ともにユダヤ人であり、ニューヨーク市で育った。まず、大きな疑問となるのは、2008年の金融危機で経営破綻した投資銀行、証券取引、証券会社ベアー・スターンズ・カンパニーズの最高経営責任者(CEO[1978–1993])アラン・グリーンバーグと、エプスタインが知り合いだったことである。1976年6月、エプスタインが「成績不良」を理由にダルトン・スクールを解雇されたにもかかわらず、グリーンバーグは彼にベアー・スターンズでの仕事をオファーした。
エプスタインは1976年にフロアトレーダーの下級アシスタントとしてベアー・スターンズに入社する。その後、オプショントレーダーに出世し、1980年には、エプスタインはリミテッド・パートナー(投資ファンドや合弁事業に資金を提供する投資家)になった。だが、1981年、エプスタインは違反行為があったとして、ベアー・スターンズからの退社を求められる。その結果、エプスタインは突然退社したが、グリーンバーグとは親しい関係を保ち、2008年にベアー・スターンズが破綻するまで、ベアー・スターンズの顧客であったという。
二人の悪党の出会い
つまり、エプスタインとグリーンバーグとの不可思議な関係がまず目につく。つぎに取り上げたいのは、一時期エプスタインと組んで悪事をなし、その後、米国史上最大級のネズミ講を仕掛け、投資家から4億5000万ドル以上をだまし取った金融詐欺師と呼ばれるスティーヴン・ホッフェンバーグとエプスタインとの関係である。
WPは、ホッフェンバーグの説明として、彼とエプスタインとの関係は、タワーズ・ファイナンシャル・コーポレーションが1987年、アソシエイテッド・ライフ・インシュアランスとユナイテッド・ファイヤーという二つの保険会社の親会社を買収したときにはじまった、と書いている。「この頃、ホッフェンバーグは英国の武器商人ダグラス・リースを通じて、元ベアー・スターンズのトレーダー、エプスタインを紹介された」、とWPは記している。ホッフェンバーグは、リースに「あいつは証券を売る天才だ」と言われたという。だが、リースは、「彼にはモラルがない」と警告した、とWPは紹介している。
どうやら、リースのもとで、エプスタインはいわゆる「ハニートラップ」を仕掛けて、顧客や大金持ちをゆするというやり口を身につけたように思われる。具体的には、少女にスムーズに近づけるよう年齢の近い者で構成されたスカウト部隊も保有したり、自身を慈善活動家との触れこみで大金持ちとの接点をもったりするという手法で、より効率的に獲物を獲得していくのだ。ジャニー喜多川は少年をねらってスカウトし、寮に住まわせて性加害を繰り返したことを思い出してほしい。二人の手口はよく似ている。
エプスタインとウェクスナー
このエプスタインによる「ハニートラップ」という視点から詳しく分析しているのが2025年7月25日付のNYTの「ジェフリー・エプスタイン、ヴィクトリアズ・シークレットの億万長者を富と女性のためにいかに利用したか」という記事である。
この「ヴィクトリアズ・シークレット」は婦人服、下着、香水などを取り扱うファッションブランドだ(下の写真を参照)。小売りチェーンで成功した「Lブランズ」は1982年にヴィクトリアズ・シークレットを買収した。このLブランズの会長兼最高経営責任者(CEO)を務めていたのがレスリー・ウェクスナーである。
ヴィクトリアズ・シークレットの店舗 Credit…Ted Shaffrey/Associated Press
(出所)https://www.nytimes.com/2021/05/11/business/dealbook/l-brands-victorias-secret.html
紹介したNYTの記事によれば、ウェクスナー(下の写真)はオハイオ州で育ち、両親は婦人服店レスリーズを経営していた。彼らの息子は1963年、コロンバスのショッピングモールで「ザ・リミテッド」をはじめた。1980年代までに、彼はショッピングモールの成功で頭角を現し、ザ・リミテッドや小売店エクスプレスを拡大し、ヘンリ・ベンデルやレーン・ブライアントを買収した。さらに、アバクロンビー&フィッチを買収し、バス&ボディ・ワークスを立ち上げた。こうした拡大路線の成功の延長線上に、ヴィクトリアズ・シークレットの買収、さらに拡大があったと言える。
レスリー・H・ウェクスナーは、ヴィクトリアズ・シークレットを世界で最も有名なランジェリー・ブランドに育て上げたが、その後、彼のリーダーシップに対する深刻な疑問に直面した。 Via Associated Press
(出所)https://www.nytimes.com/2020/02/20/business/leslie-wexner-victorias-secret.html
記事は、ウェクスナーとエプスタインが出会ったのは、二人の共通の知人であったロバート・マイスターという保険会社重役に紹介された結果だったと伝えている。それは、「1980年代半ばから後半にかけてのことだった」という。ニューヨーク市コニーアイランド出身の30代のエプスタインは、超富裕層向けのファイナンシャル・アドバイザーという肩書をもっていたらしい。前述したように、ベアー・スターンズで働いていた経験が役に立っていたわけである。「税金の専門家であり、詐欺の探偵であり、洗練された投資戦略を考案する才能があると周囲に語っていた」と書かれている。
マイスターの紹介後、「エプスタインはウェクスナーのそばで過ごすことが多くなり、長年の同僚たちは、なぜ彼がこの新人を受け入れるのか困惑していた」と指摘されている。エプスタインの正式な役割は、ウェクスナーの財産を管理し、財務アドバイスを提供することだった。億万長者のファイナンシャル・アドバイザーといえば、あらゆる種類の証券や資産、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファームに投資し、その利益から手数料を受け取るのが普通だが、エプスタインの役割や報酬について詳細な公式契約があったかは定かではないという。つまり、何らかの理由によって、エプスタインはウェクスナーに深く食い込むことに成功した。その結果、エプスタインの役割は、「当初から伝統的なマネー・マネージャーの域をはるかに超えていた」、とNYTは指摘している。
不可思議な理由
しかし、その理由について、NYTは名言を避けている。明確な証拠があるわけではないから、理由を示すのは難しいのかもしれないが、邪推すれば、二人の関係は、ヴィクトリアズ・シークレットの買収後の出来事と関係しているように思われる。1995 年からファッションショーを開催しはじめ、1997年以降、専属モデル契約した女性(「エンジェル」)をショーに登場させることで、自社商品の拡販につなげるようになる(下の写真を参照)。さらに、2004年には若年女子向けブランドラインの「ピンク」が発足した。
ウェクスナーはこうした事業を展開するなかで、エプスタインにとんでもない秘密を握られたのではないかという憶測が可能となる。簡単に言えば、色仕掛けで対象者を誘惑し、弱みを握って脅迫したりする行為である「ハニートラップ」にかかったのではないか、という疑いが湧くのである。
Getty Images
(出所)https://www.ellegirl.jp/celeb/g45061717/victorias-secret-angels-now-and-then-23-0911/
実は、このエプスタインの罠にトランプもかかったのではないか、との見方が可能である。もちろん、憶測でしかないが。状況証拠となっているのは、1990年代になって、エプスタインとトランプが公然と別荘のマー・ア・ラゴでパーティをし、ヴィクトリアズ・シークレットのエンジェルショーに一緒に出掛けていた事実である(下の写真)。
2000年2月、マー・ア・ラゴでのパーティで、当時のガールフレンドであったメラニア・クナウスとギスレーヌ・マックスウェルとポーズをとるトランプとエプスタイン。メラニアはファーストレディとなり、マックスウェルは連邦刑務所に20年間服役している。 ダビドフ・スタジオ/ゲッティイメージズ
(出所)https://docs.house.gov/meetings/JU/JU08/20250227/117951/HHRG-119-JU08-20250227-SD006-U6.pdf
あのミンスキーも餌食に!?
2002年、エプスタインが小児性愛にふけっていたヴァージン諸島のリトル・セント・ジェームズ島を訪問したのではないかと思われている大御所こそ、マーヴィン・ミンスキーである。『心の社会』(The Society of Mind)で有名なMIT教授であり、そこで人工知能(AI)研究グループを1958年に組織した人物でもある。つまり、AI研究のパイオニアであり、彼の首根っこを抑えつけることに成功すれば、エプスタインのAI分野における利益は計り知れないものになったかもしれない。
エプスタインは、ミンスキーを中心とする科学者の小集団が「セント・トーマス・コモンセンス・シンポジウム」をヴァージン諸島セント・トーマスで開催するための資金を提供した。シンポジウム自体は、「2002年4月14日から16日にかけて、セント・トーマス(米領ヴァージン諸島)で開催された」(124頁)、と2004年に公表された論文のなかにたしかに書かれている。ただし、ミンスキーがエプスタインの悪名高い隠れ家のあるリトル・セント・ジェームズ島を訪れたかどうかはわからない(下の写真)。とうやら、シンポジウムはヴァージン諸島のセント・トーマスにある高級ホテルで開催され、ある夜、全員がエプスタインの私有島にあるビーチでバーベキューディナーに参加したらしい。
2024年1月9日、米領ヴァージン諸島のリトル・セント・ジェームズ島にあるジェフリー・エプスタインの旧宅。写真:Emily Michot / Miami Herald / Tribune News Service / Getty Images
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/01/15/prosto-liubopytnyi-malyi-iz-bruklina
重要なのは、「エプスタインの生存者であるヴァージニア・ジュフレは宣誓証言で、エプスタインの島でミンスキーとセックスするよう指示されたと主張した」という情報があることだ(「Wired」を参照)。ミンスキーの妻は、夫がエプスタインを訪ねたときに同行し、ニューヨークとパームビーチの住居に行っただけだと言っている。だが、ジュフレが2025年に悲劇的に自ら命を絶った意味は重いのではないか。
それだけではない。ミンスキーの弟子で、先の論文の共著者(Push Singh)としても登場したPushpinder Singhは、博士号を取得した後、MITのメディアラボでポストドクター研究員として働き、教職員の職をオファーされたが、その職に就かず、2006年、自殺した(注1)。実は、彼はエプスタインとビル・ゲイツを引き合わせるきっかけとなった可能性もある。1996年、彼は「Why AI Failed」という短い論文を発表し、そのなかで、人間のような知能を得るためには、「共通の知識とそれを柔軟に活用するシステムが必要だ」と主張した。「問題は、そのようなシステムを構築することが「AIの解決」に等しい点だ」、と彼は書いたのである。その困難さにもかかわらず、「私たちはそれを正面から受け止めるしかない」と結論づけたこの論文を、ビル・ゲイツは読み、「あなたのAI分野に関する観察は正しいと思う」とコメントした。
「知られざる地政学」連載(103):エプスタイン:権力関係を考察するためのヒント(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。