【連載】櫻井ジャーナル

【櫻井ジャーナル】2025.08.25XML: 現実と乖離した御伽話の世界から抜け出せないヨーロッパ

櫻井春彦

 NATOのマーク・ラッテ事務局長は「ウクライナの安全保障」を確かなものにする仕組みにアメリカとNATOは参加、停戦後にウクライナ軍の戦力を強化するとしている。どのようなタグがつけられているかには関係なく、ウクライナにNATOの部隊が駐留し、ロシアを制圧する準備をするということにほかならず、そうしたミンスク合意のようなことをロシア政府が容認するとは思えない。

 

アメリカのバラク・オバマ政権は2014年2月、NATOの訓練を受けたネオ・ナチを利用したクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したのだが、ネオ・ナチ体制を拒否するウクライナ人は少なくなかった。

 

特に、ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部の住民はクーデター政権に対する反発は強く、南部のクリミアでは住民はロシアとの一体化を選び、東部のドンバスでは武装闘争が開始された。

 

軍や治安機関のメンバーのうち約7割がクーデター政権を拒否して離脱、その一部はドンバス(ドネツク、ルガンスク)の反クーデター軍に合流したと言われ、戦況は反クーデター軍が優勢だった。そこでドイツやフランスが仲介する形で停戦合意が成立する。2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」だが、クーデター政権は合意を守っていない。

 

この停戦はクーデター政権の戦力を増強する時間稼ぎが目的だったことを、のちに​アンゲラ・メルケル元独首相​や​フランソワ・オランド元仏大統領​が認めている。この経験があるため、ロシア政府はウクライナ/NATOとの停戦に慎重だ。

 

ロシアは恒久的で安定した平和を実現するため、ウクライナを非軍事化すると同時に非ナチ化し、ウクライナの恒久的な中立を確かのものにし、西側諸国が凍結したロシア資産を返還させ、そして領土の「現実」を認めることなどを求めている。ウクライナ軍はドンバスのほか、ザポリージャやヘルソンから撤退するということだ。NATOによるウクライナへの軍事支援をすべて中止することが求められているが、NATOのタグを外してNATO加盟国のタグに付け替えても意味なない。

 

経済的に締め付ければロシアは屈服、あるいは交渉に応じると西側諸国は信じていたようだが、そうした「制裁」は効果がなく、ダメージを受けているのは西側諸国。軍事的にも西側はロシアに圧倒されている。

 

西側の有力メディアはウクライナでの戦闘で「ロシアは負けている」と主張、「ロシア兵の戦死者数は100万人を超えている」と宣伝してきた。ウォロディミル・ゼレンスキーはウクライナの戦死者は4万6000人以下だとしていたが、本ブログでも繰り返し書いてきたように、現実がその御伽話を圧倒し始めている。

 

イギリスの国防相を務めていた​ベン・ウォレスは2023年10月1日にテレグラフ紙へ寄稿した論稿の中で、ウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘​、ウクライナの街頭で男性が徴兵担当者に拉致される様子が撮影され、世界に向かって発信されている。2023年当時から兵士不足は深刻で、十分に訓練しないまま前線へ送り込まれるため、数週間で戦死するとも言われている。

 

ウォー・ティアーズという団体はウクライナ兵の戦死者数を8月14日時点で少なくとも76万7285人と推定しているが、これは控えめの数字だ。アメリカのダグラス・マクレガー退役大佐は最大で180万人のウクライナ兵が死亡したと述べましたと推測。ロシアのハッカー集団Killnetはウクライナ軍参謀本部のデータベースに侵入することに成功、2022年2月に始まった戦闘で173万9900人のウクライナ兵士が死亡または行方不明になったことがわかったとしている。ロシア側はその1割と見られている。

ウクライナを破滅へ追い込んだロシアとの戦争は1990年代に仕掛けられたのだが、それを可能にしたのはその前に引き起こされたソ連の消滅にほかならない。

 

1980年代に入り、ソ連は混乱した。1982年11月にレオニード・ブレジネフ書記長が死亡、KGBのユーリ・アンドロポフが後継者になるのものの、84年2月に死亡、その後を継いだコンスタンチン・チェルネンコは85年3月に死亡した。そして登場してくるのがミハイル・ゴルバチョフだ。

 

その間、1983年4月から5月にかけてアメリカ軍はカムチャツカから千島列島の沖で大規模な艦隊演習を実施した。この演習にはアメリカ海軍の3空母、つまりエンタープライズ、ミッドウェー、コーラル・シーを中心とする機動部隊群が参加、演習では空母を飛び立った艦載機がエトロフ島に仮想攻撃をしかけ、志発島の上空に侵入して対地攻撃訓練を繰り返し、米ソ両軍は一触即発の状態になっている。(田中賀朗著『大韓航空007便事件の真相』三一書房、1997年)この重大な演習を日本のマスコミは無視した。

 

1983年8月31日から9月1日にかけて、大韓航空007便がソ連の領空を侵犯する。アラスカのアンカレッジ空港を離陸した後、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)が設定した緩衝空域や飛行禁止空域を横断、ソ連の軍事基地上空を飛行、最終的には警告を無視しての結果だった。カムチャツカではKAL007の機影がソ連軍のレーダーから消えている。飛行ルートの延長線上にはウラジオストクがある。その2カ月後の11月にはNATOが軍事演習「エイブル・アーチャー83」を計画、核攻撃のシミュレーションも行われることになっていた。これをソ連の情報機関KGBはそれを「偽装演習」だと疑う。全面核戦争を仕掛けてくるのではないかと警戒、戦争の準備を始めたと言われている。

 

ソ連にとって、こうした軍事的な緊張以上に深刻な出来事が1986年4月26日に起こる。チェルノブイリ原子力発電所の事故だ。ゴルバチョフ政権はいきなり大きな問題を抱えることになった。

 

ゴルバチョフはニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループのひとりで、西側の「民主主義」を信じていたと言われている。そのゴルバチョフはソ連の「改革」に乗り出し、打ち出したのがペレストロイカ(建て直し)だが、これを考え出したのはKGBの頭脳とも言われ、政治警察局を指揮していたフィリップ・ボブコフだとされているが、そのボブコフはCIA人脈と結びついていたという。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018)

 

西側のエリートは1991年7月、ゴルバチョフをロンドンで開催されたG7首脳会議に呼び出し、新自由主義の導入を求めるが、拒否したとされている。「クーデター未遂」でゴルバチョフが排除されるのはその翌月のこと。代わって実権を握ったのがボリス・エリツィンにほかならない。

 

そのタイミングでウクライナの最高会議で独立宣言法が採択され、12月8日にはロシアのエリツィン大統領、ゲンナジー・ブルブリス、ウクライナのウクライナのレオニード・クラフチュク大統領、ビトルド・フォキン首相、ベラルーシのソビエト最高会議で議長を務めていたスタニスラフ・シュシケビッチとバツァスラフ・ケビッチ首相がベロベーシの森で秘密会議を開き、国民に諮ることなくソ連からの離脱を決め、ソ連は消滅することになる。

 

それに対し、1991年1月20日にクリミアで実施された住民投票でクリミア自治ソビエト社会主義共和国の再建が94.3%の賛成多数で承認された。ウクライナの最高会議で独立宣言法が採択されたのは、その半年後のことである。ウクライナを征服しようとしていた西側諸国はクリミアの住民投票を無視、ウクライナの独立は認めた。こうした動きを潰すためにキエフ政権は特殊部隊を派遣してクリミア大統領だったユーリ・メシュコフを解任、クリミアの支配権を暴力的に取り戻した。1994年3月27日にはドンバス(ドネツクとルガンスク)でこの地域におけるロシア語の地位、ウクライナの国家構造などを問う住民投票が実施され、キエフ政権にとって好ましくない結果が出た。

 

ウクライナの東部や南部に住む人びとの意思はソ連時代から明確で、一貫している。ビクトル・ヤヌコビッチを排除するため、2004から05年にかけて実施された「オレンジ革命」、そして2013年11月から14年2月にかけてのクーデターに東部や南部の人びとが反発、内戦に突入したのは必然だった。

 

その内戦はロシアやEU/NATOにとっても重要な意味を持つ。ロシアにとっては祖国防衛戦争であり、EU/NATOにとっては略奪のための帝国主義戦争だ。その結果、ウクライナでは侵略勢力の敗北が決定的になっている。

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【​Sakurai’s Substack​】
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