☆寺島メソッド翻訳NEWS(2025年10月11日):欧州は「シベリアの安くて良質なガス」を放棄して自滅する気か?
国際※元岐阜大学教授寺島隆吉先生による記号づけ英語教育法に則って開発された翻訳技術。大手メディアに載らない海外記事を翻訳し、紹介します。
© Photo: Public domain
エネルギー市場はあまりに重要なので、欧州の愚かさで捨てられるわけにはいかない。
「シベリアの力2」パイプラインの進撃
実体に欠ける思想や呼びかけ文句に躍らされた欧州共同体は、主要なエネルギー供給源を中国に譲り渡してしまった。それは、欧州がロシアとのエネルギーに関わる関係を放棄したことを受けてのことだ。避けられない必要性からではなく、戦略上の計算違いや米国の利益に完全に従属している状況から、EUはまたもや配慮に欠ける選択をおこなったことで、大きな間違いをおかしたと実感するまでに時間はそうかからないだろう。
先日天津でおこなわれた上海協力機構首脳会談において、中国とロシア、モンゴルは拘束力の強い覚書に署名をおこなったが、これは、「シベリアの力2」とよばれるガスパイプラインについてのものだった。長さは2600キロ、費用は136億ドルかかるこのパイプラインは、北極圏からモンゴルを通って中国北部に年間500億立方メートルのガスを輸送するものなので、欧州市場を完全に迂回することになる。
経済効果は非常に大きい。いま欧州では、天然ガスは500億立方メートルで165億ドルの価格だ。同量の米国産液化天然ガスの価格は250億ドルなので、(ロシアのガスプロム社が中国側と合意した額でいうと)ロシアから直接天然ガスを購入すれば、60億ドルから65億ドルで済む。このような安価なロシア産天然ガスは、かつてはドイツや西欧の産業の原動力となっていたが、この先ロシア産天然ガスは、中国が確実に、安定した手頃な価格で入手できる環境が整った。
欧州にロシアとのエネルギー関連のつながりを断つことを強制しようとする英米の支配者層に操られた欧州各国の首脳たちは、最終的には中国の戦略的立場を強化させることになってしまった。現在、欧州は米国産の液化天然ガスを高値で購入することで、産業上の競争力を失い、不景気に陥っている。そんな中で、経済危機の悪化や、海外からのますます多くの高価な軍需品の輸入のせいで、国内の緊張が高まる土壌が当然のごとく形成されている。
習近平国家主席は、「シベリアの力2」パイプラインをロシアとの「制限なき」戦略的友好関係の一里塚であり、中国へ続くエネルギー輸送路が確立された、と発言した。このパイプラインはただの貿易上の合意ではなく、地政学上の真の再編成である。ロシアは安定した買い手を確保し、中国は長期にわたる供給源を確保することになった。そして欧州は、自分たちの産業上や政治上の世界での中心的立場が失われていくのを目撃している。
EUのカヤ・カラス外務・安全保障政策上級代表は、長年米国の影響下に置かれてきた欧州の支配者層の立ち位置を的確にこう表現した。「ロシアは中国にこう呼びかけていました。『ロシアと中国は第二次大戦をともに戦い、勝利し、ナチスを敗北させました』と。私はこう思いました。『あら、新しい考え方ですね』と。歴史を知っているなら、このロシアの言い分には多くの疑問が湧くはずです。最近、人々が本を読まず、歴史についてもあまり認識が深くないようです。彼らはこんなまちがった言説を信じているようですよ」と。
政治的な合理性だけではなく、安価なロシア産天然ガスからも遠ざかり、英米からの圧力を受けている欧州は、産業の復興や経済の持続性への見通しを投げ捨てているようだ。世界のエネルギー地図が書き直されつつある。欧州の没落に拍車がかかり、西側社会の内部分裂が悪化し、英米の支配者層は自分たちの影響力が薄れていくのを感じ、以前は植民地であった国々、特にインドや中国が、戦略上かつ経済上の新たな極として台頭しつつある。したがって、欧州が抱える危険は、産業や地政学上の影響力が決定的に崩壊することであり、その一方で、英米勢力が歴史的に唯一成功してきた計画である、不可欠で、支配的であると宣言された自称「ルールに基づく国際秩序」もまた、頓挫しつつある。
欧州の市場価値はいかほどか?
数値の話をしよう。ウクライナでの特別軍事作戦が始まる前の数値を入手できる最後の年の2021年までは、欧州におけるロシア産天然ガス(そのほとんどは液化天然ガス)市場は、欧州の天然ガス需要量の45%を占めていた。量にすると、ほぼ1500億立法メートルだ。2022年から2023年の2年間で、その量は7割減少し、1500億立法メートルから430億立法メートルにまで下がった。割合でいくとこれまでの18%だ。2025年時点では、需要量は13%にまで落ち込んでおり、これは間違いなく良くない数値だ。
ガスの使用用途は以下の3点だ。1つ目は、家庭や公共施設の暖房に使われ、需要の4割を占める。2つ目は産業(化学薬品や鉄鋼、ガラス、肥料)において使われるもので、需要の3割を占める。3つ目は発電に使われるもので、需要の約2割から2割5分を占める。国際エネルギー機関(IEA)の見積もりを基にした研究によると、2021年まで天然ガス消費量はほぼ4000億立法メートルで安定していることから考えると欧州の天然ガスの需要は、年間2500億~2700億立法メートルを下回ると、主要部門(エネルギー集約型産業と暖房)を損なわずには済まなくなる、という。そうなる。この閾値を下回れば生産部門全体において配給や封鎖をしなければならなくなるだろう。
そのような数値のことを考えれば、好むに好まざるに関わらず、東方からのエネルギー製品は欧州には不可欠なものなのだ。そして、繰り返しになるが、要するにロシアに対する制裁はロシアの崩壊ではなく、われわれ欧州の崩壊を招くことになる。生活様式も崩壊し、巨大な不利益や困難の波に放り出されることになるのだ
ロシアに対する新たな経済制裁という脅しは危険で逆効果的な措置であるだけではなく、西側全体を特徴づける深い矛盾を浮き彫りにするものだ。端的に言えばそんな方向性を取ることは間違った道である、ということだ。たとえ関税や急速な市場の操作という形であったとしても、ロシアに直接戦争を仕掛けるというような言い回しをすることは、誰にとっても都合の良いものではない。
必要なことはこの戦争の真の原因に、踏み込み、解決しようとする外交や交渉だ。意味のない最後通牒や無条件の休戦などではだめだ。当初からロシアを戦争に踏み切らせた戦争の原因の根源を無視するわけにはいかないのだ。西側はいま、無条件な休戦を要求している。ロシアは、それを受け入れる気もないし、そうさせるために米国側が課す制裁も受け入れる気はない。これまでのやり方に回帰しても、欧州の安全保障は弱化され、ロシア側に利益を与えることになるだろう。そういう状況は、欧州当局は全く望んではいないことなのだから。
エネルギー市場は非常に重要なので、欧州の愚かさにより捨てられるものではない。であるので、多極化世界が有する力が繰り出す地政学上の経済面におけるソフトパワーにより、可能な限り早期に、EU各国は欧州連合から解放され、エネルギー主権を取り戻すしかない状況に追いやられている。
※なお、本稿は、寺島メソッド翻訳NEWS http://tmmethod.blog.fc2.com/
の中の「欧州は「シベリアの安くて良質なガス」を放棄して自滅する気か?」(2025年10月11日)
からの転載であることをお断りします。
また英文原稿はこちらです⇒Gas pipeline diplomacy at Europe’s expense
筆者:ロレンツォ・マリア・パチーニ(Lorenzo Maria Pacini)
出典:Strategic Culture Foundation 2025年9月15日https://strategic-culture.su/news/2025/09/15/gas-pipeline-diplomacy-at-europe-expense/



















