【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第37回 一審判決を破棄し、まさかの有罪

梶山天

私はこれまで、ISF独立言論フォーラムのホームページで警察、検察が事実を捻じ曲げ、犯罪を犯してまで、勝又被告を真犯人に仕立て上げた事実を入手した捜査側の内部文書や写真、図などを表に出して訴え続けてきた。

もう一度、強調しておきたい。DNAは嘘をつかない。嘘をつくのは鑑定をする、あるいはその結果が気に入らない捜査関係者だ。一連の証拠の中で、唯一犯人特定が可能だった被害女児の頭部から発見された粘着テープの鑑定は、期待通り、犯人とみられるDNAが検出されていたのだ。捜査機関が鑑定の解析データを隠ぺいし、被害女児と犯人だけだったデータを葬ってしまったのだ。もちろん勝又被告の被告のDNAはなく、犯人ではない。冤罪なのだ。 この鑑定をドローにするために検察、警察は組織ぐるみで様々な嘘を固めた。

今市事件の被害者の吉田有希ちゃんの命日の12月1日には、児童たちの登校を見守るボランティアのひまわり隊の人たちらが墓碑に手を合わせる。

 

東京高裁が第一級の証拠に格上げして有罪にした勝又被告が母にあてた手紙もそうだ。一審での勝又被告の証言では、検事から「人を殺したことがあるでしょ」と何度も聞かれてパニックになり、調書にサインした。気が付いたら後ろにいた看守が肩を揺さぶり、調書にサインしろと言われ、訳も分からぬままサインした。

こうした強制的なサインを母に説明するために謝罪の手紙を書いた。そしてその手紙を面会に来る予定のある姉に渡してもらおうとした。勝又被告の証言では、看守に渡した手紙がいたるところ黒塗りされ、「詳しく書いたら駄目だ」と口頭で書き直しを指示されたという。姉に手紙を渡すのが間に合わなくなるとあせり、パニック状態になると、その看守が「手伝ってやるから」といって文を読み上げ、それを手紙に書いた。

この看守こそ、勝又被告が「名前はわからないが、班長とよばれていた人」だ。この警察官は勝又被告が初めて殺害を認めたとされる宇都宮地検での検事調べの際にも取り調べに同席していて、検事が被告にサインを求めた際に背後から被告を揺さぶりサインさせた警察官だ。これは代用監獄制度を悪用した違法捜査だ。

この看守は宇都宮地検での取り調べではいつも同席して取り調べが行われていたと証言している。事実であれば、検察や警察は違法捜査をしたことになる。この看守は一審法廷で手紙の書き直しをさせたことを否定し、「勝又被告から『間違ったので便箋を補充してほしい』との申し出があり、新しい便箋を2回渡した」と経緯を証言した。

勝又被告はこの証言について「あの人は嘘をついていると思う」「事件について触れてい手紙がまずいから」と証言している。このまずいと指摘する「事件」は商標法違反だったから黒塗りしたと思われる。冤罪と分かった今、これを分析してみると、勝又被告が嘘をついてまでそういうことを言う必要はない。偽証は看守の方だ。

私は月に3回、刑務所生活を送っている息子に面会に行く母親に問題の手紙を勝又受刑者が書いて看守に渡して黒塗りになってきたのは看守に渡した当日なのか、聞いてもらった。これは、私の想像なのだが、黒塗り部分は検事か捜査本部の刑事に見せないとできないはずだ。看守が受け取った手紙を相談していなければおそらく当日に返ってくるはず。母親からの返事は「翌日」だったという。

控訴審の判決文を何度も読み返すが、東京高裁の裁判官たちは、何が何でも有罪にしたいという気持ちが読み取れる。裁判官たちの被告に対する心証は有罪だ。決定的な証拠がない中でどこからそれが沸き上がるのか、不思議に思っていた。それが法廷に立ち込める霧の正体だ。

ついにその霧の正体が分かる日が来た。そして捜査機関のデータの隠ぺいという犯罪を追う原動力になった。19年2月1日発売の「判例時報 NO2389」に掲載された元東京高裁判事の門野博さんが執筆した「今市事件控訴審判決への疑問」を読んで、愕然とした。ロス疑惑事件の控訴審で訴因変更で逆転無罪判決を出し、証拠の大切さを報道機関に問うた「世紀のドリームチーム」の一人だった。

門野さんは控訴審について手続きの上でもまた事実上の認定の上でも数々の疑問を指摘している。それは刑事法上の根幹にかかわるもので、裁判員裁判など研究家らが長い年月をかけて積み重ねてきたものを破壊しかねないもののように思えたという。なぜこのような判決になったのか、門野さんも控訴審を分析していたのだ。その「謎」こそ、梶山が「霧」と読んで正体を探ってやまなかったものだった。

驚いたことに、それが実は控訴審の東京高裁自身が判決の冒頭でその危険性を指摘した「取り調べの録音・録画記録媒体」そのものだった。高裁の裁判官たちは審理に入る前にその媒体を見たのではないか。見ることは違法ではないが、注意が必要だった。しかし恐ろしいことにその媒体は想像以上にインパクトが大きく、人の心を奪ってしまうのだ。

何が何でも有罪にしたいという高裁判事の審理はどこから生まれたのか?解けなかった霧の正体にうなずけた。そして何の罪もない人が捜査機関のデータの隠ぺいと、この録音・録画映像によって囚われの身になったというのが真実ではないだろうか。

 

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

 

※ご支援のお願いのチラシ作成しました。ダウンロードはこちらまで。

https://isfweb.org/2790-2/

「独立言論フォーラム(ISF)ご支援のお願い」の動画を作成しました!

1 2
梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

ご支援ください。

ISFは市民による独立メディアです。広告に頼らずにすべて市民からの寄付金によって運営されています。皆さまからのご支援をよろしくお願いします!

Most Popular

Recommend

Recommend Movie

columnist

執筆者

一覧へ