【連載】改めて検証するウクライナ問題の本質(成澤宗男)

改めて検証するウクライナ問題の本質:XIII NATOの秘密作戦Stay-behind の影(その1)

成澤宗男

現在のロシアとウクライナの戦争を考察するにあたって、2014年2月に起きたネオナチ主導の「マイダン革命」と称されるクーデターを切り離すことはできない。おそらく欧米がこぞって「民主革命」だの「尊厳の革命」だのと賛美しているこのクーデターがなければ、戦争の可能性もごく限られていたはずだ。

だが今日まで、クーデター成功の決定的原因となり、当時のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領を国外逃亡させる結果となった20日午前の何者かによるキエフのマイダン広場近くで起きた狙撃事件は、真相が追及されないまま放置されている。

Battle

 

この事件によって、夜通しの交渉で翌21日早朝にEUの仲介により政治危機収束のための協定が政府と野党側との間で締結されたにもかかわらず、武装したネオナチが政府機関への襲撃を目論むまでの制御困難な政治的カオスがもたらされた。この狙撃事件がなければクーデターが成功するのは不可能だったはずで、繰り返すように現在の戦争も起こり得たか疑わしい。冷戦終結後のウクライナ情勢の、決定的転換点と呼べるだろう。

Ukraine Revolution. The central square of Lviv. Honoring the dead heroes.

 

ところがこれほど重要な意味を持ち、反政府デモ参加者49人、警備側も4人が射殺された20日の惨劇は、8年以上経った今日まで誰一人として実刑判決を受けていないという奇怪な状況にある。その一方で、ウクライナのクーデター政権と欧米主流メディアはあたかも確定した事実であるかのように「旧ヤヌコーヴィチ政権が反政府デモ参加者を銃撃した」という情報を流布させ、中には根拠も示さず事件にロシアの関与があったかのような憶測すら報じたメディアも少なくない。

事件に関する報道や論評は膨大にあり、ここで逐一検証を加える余裕はないが、民主的手続きによって選出された大統領が暴力で追放されながら「民主革命」だとするナラティブを振りまく側にとっては、当時の「親ロシア政権」による「正当な抗議行動」への蛮行であった方が都合良いのかもしれない。だが客観性とは無縁で、今回の戦争前から欧米主流メディアが流した無数のフェイクニュースの大きな部分を占めている。

おそらくこの事件の先駆的な学術研究は、2015年9月3日から6日にかけて、サンフランシスコで開催された米国政治学会で発表された、カナダ・オタワ大学のイヴァン・カチャノフスキー教授(ウクライナ政治)の論文だろう。

これは「マスメディアやソーシャルメディアにおける約1,500本のビデオ、インターネット・テレビの約1,500本の動画(約150ギガバイト)、キエフから虐殺を取材した100人以上のジャーナリストの報道とソーシャルメディアへの投稿、約5000枚の写真、公開されている約30ギガバイトの狙撃手と特殊部隊アルファの指揮官の無線傍受音声、ウクライナ保安庁の特殊部隊『アルファ』と内戦部隊の指揮官の無線傍受、裁判記録」(注1)等の膨大な資料を分析し、さらに「現地調査」も実施して作成したという。

極右・ネオナチが狙撃した

カチャノフスキー教授は結論として、「(キエフのマイダン広場を占拠した反政府派の)武装集団が、無防備の同じ反政府デモ参加者を隠れた位置から狙撃した。……49人の反政府抗議者の具体的な殺害状況、時間、場所を分析すると、そのほとんどすべては武装集団が支配した建物や場所、特にホテルから(狙撃されて)殺害されたという証拠がある」(注2)と断じている。

また、カリフォルニア州サンノゼのシンクタンク「テロとインテリジェンス研究センター」の上級研究員で、ロシアに関する複数の著作があるゴードン・ハーンは、カチャノフスキー教授と同じく膨大な資料を駆使し、この事件が「ヤヌコーヴィチ元大統領の命令により……(当時の)ウクライナの警察と治安機関の狙撃手が、狙撃銃を使って開始し実行した」という欧米主要メディアの報道を完全に否定。逆に、以下のように結論付けている。

①20日午前に「デモ隊と警官の双方を襲い始めた」銃撃は、「少なくとも12の(反政府派が占拠する)建物から(下に向けて)発せられた」。
②狙撃を任務とするような警察や治安部隊は建物上部に配置されておらず、「殺傷された人々は、訓練を受けた警察の『狙撃手』によって撃たれてはいない」。
③犠牲者は、「治安部隊や警察が使用しなかった銃器によって殺害された」。
④実行犯はウクライナの極右やネオナチで、クーデター政権は「事件の調査を停滞させ、(狙撃者の)ネオナチの主導的役割を隠蔽する努力に従事」したのみならず、「プーチン大統領に結び付けようとした」。(注3)

ではなぜ襲撃者は「敵」の警官隊のみならず、同じ仲間である反政府デモ参加者を狙ったのか。これについて前出のカチャノフスキー教授は、以下のように説明している。

「(極右の発言として)西側政府の代表が虐殺の数週間前、彼らや別の反政府運動指導者に、抗議側の犠牲者が100人に達したら、西側の政府はヤヌコーヴィチ政権を認めなくなるだろうと述べていた。こうした具体的条件付けは、デモ参加者を『犠牲者』にし、その殺害を政府軍のものとする誘因となった。……虐殺の直後、西側諸国の政府はヤヌコーヴィチ政権とその軍隊を大量虐殺の原因として非難し、クーデター政権を承認した」(注4)。

ハーン上級研究員も同様に、この銃撃は実行者が正体を隠し、自身が打撃を加えたいと狙う相手の仕業に見せかける「偽装作戦」(false flag operation)であると規定している。目的は制御困難なカオスと憎悪の拡大、さらには攻撃相手の正当性の失墜を実現することにあり、いったんは締結された政治解決の協定を解消させてしまうまでの激情の奔流を生んだ。

 

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成澤宗男 成澤宗男

1953年7月生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。政党機紙記者を経て、パリでジャーナリスト活動。帰国後、経済誌の副編集長等を歴任。著書に『統一協会の犯罪』(八月書館)、『ミッテランとロカール』(社会新報ブックレット)、『9・11の謎』(金曜日)、『オバマの危険』(同)など。共著に『見えざる日本の支配者フリーメーソン』(徳間書店)、『終わらない占領』(法律文化社)、『日本会議と神社本庁』(同)など多数。

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