【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(116):プーチン体制を支えるオリガルヒ:恣意的な企業支配の現状(上)

塩原俊彦

私の研究には、ロシアのオリガルヒ(寡頭資本家)を扱ったものが多い。たとえば、1998年の拙著『現代ロシアの政治・経済分析――金融産業グループの視点から』(丸善)、2001年の『ロシアの「新興財閥」』(東洋書店)、2006年の『資源大国ロシアの「内部」』(アジア経済研究所)、2016年の『プーチン露大統領とその仲間たち:私が「KGB」に拉致された背景』(社会評論社)などがそれである。このため、企業グループが国家統治に果たす役割に以前から関心をもちつづけてきた。

そこで、今回はウラジーミル・プーチン大統領のもとで、ロシア経済を支えているオリガルヒについて考察してみたい。地経学上、各国の有力な企業グループに焦点を当てることは、経済による支配という側面から重要な示唆を与えてくれる。ロシアのオリガルヒの実態を知れば、プーチンによるロシアの経済支配の問題点も理解できるだろう。なお、ウクライナにもオリガルヒが存在するが、彼らの状況については別の機会に論じたい。

オリガルヒの歴史

まず、過去のオリガルヒについてごく簡単に説明しておきたい。先に紹介した拙著『プーチン露大統領とその仲間たち』では、2014年段階の「プーチンの仲間たち」として下の表1にある人物を取り上げた。もっとも特徴的なのは、プーチンがサンクトペテルブルクの副市長時代の「別荘協同組合オーゼロ」に参加した人々が主たるオリガルヒを形成している点だ。ユーリー・コヴァリチューク、ニコライ・シュマロフ、ウラジーミル・ヤクーニンなどがそうした人々だ。同じく副市長時代に知り合ったとみられるアレクセイ・ミレルやイーゴリ・セ―チンのような人物には、それぞれガスプロムやロスネフチといった国営企業を率いさせることで、プーチンはロシアの経済支配の根幹とした。

つまり、プーチンは複数の有力国営企業を支配して、その巨大企業と取引する別の企業に利益を落とし、そうした企業も有力会社化して、全体として上意下達の経済的な統治を構築してきたという特徴をもつ。具体的に言えば、ロシア最大の国際エネルギー会社、ガスプロムを支配下に置き、同社と取引をするさまざまな企業を優遇し、利益を上げさせて、それらの影響力を強めて、企業統治構造に組み込むのである。あるいは、国有の巨大軍事企業である国家コーポレーション・ロシアテクノロジー(Rostec)という会社を支配して、同社の影響力を拡大しつつ、その取引企業への影響力を拡大させる政策もとられている。Rostecを主導するのはプーチンのKGB時代の旧友、セルゲイ・チェメゾフだ。

つぎに、ウクライナへの全面侵攻後の最初の1年間ほどの期間に、ロシアから撤退したり縮小したりする過程でそうした外国人資産をどんなオリガルヒが購入したかをみておきたい。「ノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパ」が2023年7月12日に報道したところによると、外国人がロシアで資産を売却した主要な取引を調査し、新規所有者のトップ100を特定した。ランキング収載者は、ロシアから完全または部分的に撤退した110社の資産を取得し、2022年時点で、それらの総額は「純資産」で3.5兆ルーブルだったという。ただし、取得にかかった取引額は、4分の1のケースでしか公表されておらず、多くは藪の中だ。

下図は、「購入された外国会社の純資産をオリガルヒやその企業別に合計したもの」を示している。右側の金額は、おおよそ会社の資産価値を示すが、現在の市場価値は大きく異なる可能性がある。第一位の1.6兆ルーブルもの資産を購入したウラジーミル・ポターニンは、フランスのソシエテ・ジェネラルが所有していたロスバンクと二つの保険会社を買収した。2022年には、ティンコフ銀行も買収した。同行の創設者であるオレグ・ティンコフは、ロシアのウクライナ侵攻に公然と反対し、同行を大幅な値引きで売却せざるを得なかったという。第二位は、他の銀行事業を買収したイワン・ティルィシュキンだ

元RTSおよびSPB証券取引所のトップは、Home Credit銀行、マイクロファイナンス機関、保険会社、債権回収会社をチェコのPPF Groupから買収した。その旧会社の純資産額は2627億ルーブルと推定されている。なお、後述するように、2024年10月以降、ロシア当局による規制強化によって、外国企業のロシアからの撤退に伴う資産売却がより困難になったため、オリガルヒによる資産購入の事例は近年、急減している。

図 購入された外国会社の純資産をオリガルヒやその企業別に合計したもの
(備考)氏名・会社名の下にあるのは、購入した外国人所有の資産。
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2023/07/12/matushka-neuzheli-my-eto-poglotim

戦争で儲けたオリガルヒ

つぎに、ウクライナ戦争勃発でカネを儲けたオリガルヒについてもみておきたい。それを知るには、「プロジェクト」という調査が役に立つ。2023年7月31日に公表された「戦時下のロシアのオリガルヒ・ガイドブック」によると、フォーブス誌による戦前のロシア人富豪トップ200のランキングに掲載された人物のうち、少なくとも83人がロシア軍および軍産複合体への供給に公然と関与していた。つまり、その供給で大儲けしていた。うち82人は制裁対象となっているが、そのうち、親ウクライナ連合の全管轄区域で制裁対象となっているのは14人にすぎない。また、36人はウクライナでのみ制裁対象となっている。「これらのビジネスマンが所有する企業が、ウクライナでの軍事紛争期間(2014年~2023年)にロシアの防衛産業と締結した公開契約の総額は、少なくとも2200億ルーブル、つまり約30億ドルと膨大な額にのぼる」と書かれている。

「プロジェクト」は、ウクライナ領土の部分的占領が始まった時期(2014年から2023年)に、戦前のForbesランキングのメンバーが部分的または完全に所有する企業が、防衛工場、国防省、ロシア国家警備隊と締結した公開の政府契約を分析した。重要なのは、2017年以降、ロシアの法改正を利用し、国防省と軍需工場が契約を大量に機密扱いしはじめたため、 ①発見した契約の大部分は2014年から2018年の期間に関するものである、② 実際に戦争に関与しているビジネスマンとその収入は、私たちのデータベースよりもかなり多い可能性がある――という点だ。

たとえば、ウクライナ侵攻において非常に広く使用された装甲車輛BMD-2を取り上げてみよう。歴史的に、BMD-2はヴォルゴグラードトラクター工場で生産されていた。この企業は2005年に倒産し、その後完全に清算された。工場は大部分の敷地を失ったが、先に紹介したRostecの傘下で小さな敷地内で軍事製品の生産をつづけた。現在、工場の法人である「ヴォルゴグラード機械製造会社 VGTZ」は、クルガン機械製造工場、そして最終的にはRostecに属している。

Rostecは単独でBMDを生産しているわけではない。ヴォルゴグラード工場とクルガン工場には、多くの民間サプライヤーが存在する。とくに、BMD-2は、トゥーラ機械製造工場が製造する30mm自動砲2A42を装備している。この工場は最近、民間企業となり、その所有者はヴァレリー・ダウトフという人物である。彼は以前、Rostecに関連するいくつかの組織、特に武器工場で働いていた。過去10年間で1億2000万ルーブルしか稼いでいない国営企業の経営者が、トゥーラマシザヴォードやトゥーラ州の他の防衛関連企業の株式を購入するために、どこから数十億ルーブルもの資金を得たのかは不明だ。

2019年には、ダウトフは本業以外の事業、すなわちカニ漁業にも手を染めた。彼とともにカニ漁業に参入したのは、アルカディ・ローテンベルグの利益を代表する者たちである。ダウトフの武器事業におけるパートナーも、ローテンベルグ家の家族である可能性が高い。この一族がトゥーラの武器工場に関心を示したのは2017年、アルカディ・ローテンベルグの息子イーゴリがトゥーラ弾薬工場の所有者になったときだ。同工場はウリヤノフスク弾薬工場とシンビルスク弾薬工場も所有していた。その後、ローテンベルグ・ジュニアはトゥーラ弾薬工場の株主から脱退したとされているが、取締役会の構成から判断すると、同工場は依然としてローテンベルグ家と、別のオリガルヒ、コンスタンチン・ニコラエフの家族が所有しているようだという。なお、ローテンベルグ家については後述する。

トゥーラの「計器設計局」(KBP)が製造するBMD-4Mに装備されている9M117M1-3「アルカン」対戦車ミサイルについてみると、このミサイルの「中身」は、ニジニ・ノヴゴロド州にあるスヴェルドロフ工場が担当している。化学製品は主に、ドミトリー・マゼピンの「ウラルヒム」が工場に供給している。具体的には、硝酸、硝酸アンモニウム、水酸化アンモニウムだ。レオニード・ミケルソンの「シブル」や ゲンナジ・ティムチェンコなどが、2-エチルヘキサノールを工場に供給していた。この工場は、ヴィクトル・ベクセリベルグとオレグ・デリパスカが所有する「ルサル・ウラル」からアルミ粉末を購入している。

有名なカラシニコフ自動小銃については、2017年末まで、カラシニコフ社の共同所有者として、イスカンダル・マフムドフ、 アンドレイ・ボカレフ、そしてアレクセイ・クリヴォルチュコ国防副大臣がいた。自動小銃の製造に使われている鋼材はアレクセイ・モルダショフの「セベルスターリ」が「カラシニコフ」に供給し、鋼管製品はドミトリー・プンピャンスキーの「鋼管冶金会社」が供給している。彼は同製品を同グループの子会社イジェフスク機械工場にも供給している。カラシニコフ社はミハイル・シェルコフの「VSMPO-AVISMA」からチタン鋼材を購入している。機関銃用の弾薬は、トゥーラとウリヤノフスクの弾薬工場が、前述したイーゴリ・ローテンベルグが所有していた時期に供給していた。

興味深いのは、当初、いわゆる「特別軍事作戦」に消極的だったオリガルヒのなかで、考えを改めた者がいたことである。その典型が鉄鋼会社を経営するアレクセイ・モルダショフだ。彼は制裁により、82億ドルの資本、サルディニアの別荘、そして2700万ドルで買ったお気に入りの65メートルのヨット「レディM」を失った。その結果、2022年の夏までに、モルダショフは「考えを改め」、サンクトペテルブルク経済フォーラムで「経済発展をはじめるためにこの情勢を利用すべきだ」と発言するに至る。プーチンはモルダショフの「転向」を認め、奨励した。2022年8月、プーチンはモルダショフに「友好勲章」を授与する。もう一人の著名な防衛産業の供給者である億万長者のヴィクトル・ラシュニコフ(マグニトゴルスク冶金コンビナート会長)も2022年にプーチンから「労働英雄」の称号を授与された。

ルクオイルのアレクペロフ

石油会社ルクオイルの創設者であり、長年にわたりCEOを務めたヴァギト・アレクペロフもオリガルヒの一人である。彼は「特別軍事作戦」開始後、同社の取締役会として、「ウクライナで続く悲劇的な事態について懸念を表明し、この悲劇に巻き込まれたすべての人々に深い哀悼の意を表する」という声明を公表した。「我々は、武力紛争の早期終結を求め、交渉と外交手段による解決を全面的に支持する」という記述まであった。だが、同年4月、アレクペロフは英国の個人制裁により、ルクオイルのすべての役職を辞任する。

さらに、1994年から2022年8月までルコイルの副社長を務め、同社の戦略開発・投資分析本部を統括し、同社のスポークスパーソンも務めていたレオニード・フェドゥンも6月にルクオイルを去る。退任後の5月4日付大統領令により、アレクペロフは「祖国への功労」第一級勲章を受章した。しかし、アレクペロフの誕生日である2022年9月1日、彼の長年の同僚で、ルクオイル取締役会のトップであったラヴィル・マガノフが、クレムリン病院の6階の窓から転落し、不可解な状況で死亡する。アレクペロフ退任後、大統領府の第一副長官セルゲイ・キリエンコの元同僚ヴァディム・ヴォロビヨフがCEOに就任した。だが、2025年1月に米国が発動した制裁措置などから、現在、CEO務めているのは、ロシアにおける石油・ガス生産担当副社長だったセルゲイ・コチュクロフだ。

これだけの激変があった以上、ルクオイルの株主構成に大きな変化があったことが予想される。たとえば、2022年6月27日付のThe Moscow Timesは、フェドゥン辞任を伝える記事のなかで、彼がルクオイル株の10.26%を保有し、アレクペロフが同社株の27.33%を保有していたと書いているが、同日付の「インターファクス」は、フェドゥンは直接または間接的に(家族信託や投資信託を通じて含む)ルクオイルの株式資本の9.32%を所有、あるいは受益者であった、と報じている。ただし、2024年のルクオイルの年次報告をみても、詳しい株主構成を確認することはできない。

2024年11月9日付の「ウォール・ストリート・ジャーナル」が興味深い記事を公表した。ロシア当局は、国営の巨大企業ロスネフチが、ガスプロムの子会社であるガスプロム・ネフチと、ルクオイルを吸収合併する計画を進めているというのである。この計画は実現していないが、2022年後半以降、ルクオイルを国家支配のもとに置く計画が進んでいることは間違いないだろう(注1)。

ウスマノフの闘い

他方で、アリシェル・ウスマノフはウズベキスタンのタシケントに住み、EUが彼に対して科した制裁措置の無効を争おうとしている。2023年2月、彼はイタリアのテレビ局に長時間のインタビューに応じ、「戦争は誰にとっても得にならない」と述べたが、すぐに「しかしそれは私の仕事ではない。私は政治家ではない。政治に関わりたくない」と付け加えた。ウズベキスタンとハンガリーの当局は、ウスマノフに対するEUの制裁解除を要請している。2023年1月、ウスマノフはロシア起業家・産業家連盟の理事会を退任し、その理由を「引退」と説明した。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』(社会評論社、2024)、『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)がある。 『ネオ・トランプ革命の野望:「騙す人」を炙り出す「壊す人」』(発行:南東舎、発売:柘植書房新社、2025)

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