東アジア情勢と日本の対応(前)

末浪靖司

Ⅱ 緊迫する台湾海峡情勢

〇中国は軍事的圧力を強める

東アジアで戦争が起きるとすれば、さしあたってその危険があるのは、台湾海峡である。岸田文雄首相は「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と言う。

台湾海峡では、中国空軍の爆撃機や戦闘機が繰り返し台湾の防空識別圏に侵入している。中国海軍の空母「遼寧」などの艦船は、台湾島西側の台湾海峡だけでなく、太平洋側からも圧力を加えている。

中国軍は強襲揚陸艦配備を増強し、上陸作戦の演習を繰り返している。中国にとっては、台湾は中国の一部であり、台湾の領海や領空など存在しない。

これに対して台湾は、これまでも中国軍の侵攻に備えて、全島を挙げて軍事訓練をしてきたが、最近はその規模をエスカレートさせている。中国空軍機の防空識別圏侵入に対しては、米国が台湾に売り込んだF16戦闘機などがスクランブルを繰り返している。まさに一触即発の緊張が続いている。

台湾は、22年7月26日から中国軍の上陸作戦を想定して全土で軍事訓練「漢光演習」を始めた。演習は1984年以来毎年実施されている陸海空軍の定例合同演習だが、とりわけ今年はミサイル攻撃、電子戦争、サイバー攻撃にも対応することも想定し、主力戦闘機の米国製F16やフランス製ミラージュが参加する大規模なものである。

〇中国軍と台湾軍は戦うか

「ワシントン・ポスト」7月28日付は「貿易、技術、安全保障、さらにロシアのウクライナ進攻など、米中間の長期にわたる食い違いの中でも台湾は最大の問題」というホワイトハウス高官の言明を伝えている。

それでは、中国軍は台湾に攻め込み、台湾有事になるか。いまの中国の政治状況から見ると、それは多分に習近平主席の判断や決断にかかっていることは間違いない。

日本では岸田首相をはじめ、台湾海峡でいまにも戦争が起きて日本が軍事的対応をする必要があるように言われているが、実際はどうなのか。事態を冷静かつ歴史的に見る必要がある。

蒋介石政権が大陸から台湾に移ってから2022年で72年になる。

Chiang Kai-shek portrait from Taiwan money

 

1950年、中国大陸のほぼ全土を掌握し、国民党軍を追撃していた中国人民解放軍は、台湾に進攻するために福建省の前線に集結していた。同年6月25日に朝鮮戦争が始まると、米トルーマン政権は27日、第7艦隊を横須賀から台湾海峡に出動させ、解放軍は進撃を阻まれた。
したがって中国からみると、台湾解放は米軍によって妨害された中国革命の残された一部であり、中国軍の台湾進攻は当然ということになる。

Vintage Grungy Postmarked Letter

これに対して米国は、「大陸反抗」を掲げる台湾の蒋介石政権を政治・軍事・経済のあらゆる面で支援した。51年9月のサンフランシスコ講和会議には、蒋介石政権を中国代表として呼び、吉田内閣に蒋政権と講和条約を結ばせた。

中国の周恩来首相は54年8月11日、台湾解放の決意を表明し、華東軍区に戦闘待機命令を出した。それ以来中台間の軍事的緊張状態が続いている。

“China postage stamp: Zhou Enlai (1898aa1976), famous politician, one of the founders and first Premier of the People’s Republic of China.”

 

米国は54年12月、蒋介石政権に米台相互防衛条約を結ばせ、台湾は日米安保条約、米韓相互防衛条約などとともに、米国の軍事同盟網に組み込まれた。

中国軍は翌55年2月に、大陳島(浙江省)など大陸沿岸の小島のほぼすべてを占領したが、大陸のすぐ近くにある金門、馬祖の両島は台湾当局が保持した。

台湾海峡の危機は57~58年にとりわけ激しくなった。中国軍は金門、馬祖両島を砲撃したが、その後も台湾が両島を占領したまま、今日に至っている。

米中は79年に国交を回復したが、その2カ月後には、米議会が台湾に兵器を売却するための台湾関係法を制定した。米国の軍産複合体はその後ずっと、そして現在も、台湾に高額の最新兵器を売りつけて巨額の利益をあげている。

その後、米中関係とともに中台関係も発展し、双方の経済・人事・文化は大きく発展した。とりわけ胡錦濤政権下では、米国との政治・経済・軍事全面にわたる交流が発展し、台湾問題も国際情勢の後景に退いていた。

台湾海峡の紛争が米中間の大きな問題として再び浮上してきたのは、米国がオバマ政権からトランプ政権、バイデン政権に代わってからである。

〇中国と台湾の関係をどう見るか

アジア太平洋地域における軍事態勢強化をはかるバイデン大統領は、最近になると、「米国に台湾防衛義務がある」と言い出した。これは79年の米中国交回復時に、米国が「中国は一つ」と認めて、台湾政府(国民政府と自称)と関係を切ると約束した米中共同声明の明白な違反である。バイデン大統領は先の習近平国家主席との電話会談でも「中国は一つ」と言明した。そのことを承知で逆のことを言ったのである。

バイデン大統領が「台湾の防衛義務」をいうのは、「実際に台湾海峡が戦争になった時に、米国が関与するか否かをはっきりさせない戦略的曖昧である」(「ニューヨーク・タイムズ」5月24日付)と指摘されている。

バイデン大統領は、オバマ政権の副大統領として2011年に最初に訪中した時は、当時副主席だった習近平氏と四川省の名刹(めいさつ)で8時間にわたり議論したものである。その後の訪中も11回になり、中国や米中関係について熟知している。それにもかかわらず、大陸と台湾の両方にはしごをかけるところに、対中国政策の動揺ぶりが示されている。バイデン政権が今年6月に公表するとしていた対中国戦略もまだ発表されていない。

〇中国軍は台湾に攻め込むか

では、中国軍は実際に台湾に攻め込むか、そして、その場合に米軍は台湾防衛のために参戦するか。

「グローバル・タイムズ」は、無人車両、ドローン、ロボットを含む装備を上陸作戦訓練に投入することを含めて中国軍の台湾進攻準備が進んでいること、西太平洋における爆撃機や空母「遼寧」が演習を強化していることを強調する。いずれも、米国や日本のような外部勢力の干渉を阻止する人民解放軍の力を強化するためだという。中国は米日の軍事的干渉を承知で台湾進攻を考えているとも読める。

中国軍が重視するのは、台湾への進攻能力とともに、西太平洋における米国や日本に対する能力である。

米軍は、圧倒的な戦力を擁して、アジア太平洋を含めて地球的規模で展開している。そうしたなかでは、中国当局は台湾海峡における軍事作戦にも慎重にならざるを得ない。

「グローバル・タイムズ」3月11日付は、米中両国が「相互尊重、平和共存、ウィンウィンの原則で紛争を処理する」ことを強調する。ここからは、台湾海峡における米国との軍事的対決は避けて、時間をかけて西太平洋における力関係を変えていこうとしている中国軍事当局の意図が読み取れる。

中国当局は、台湾の蔡英文政権を「台湾独立を策している」と激しく非難している。そこには、香港で行ったように、台湾も中国の言いなりになる政権でなければならないという習近平政権の意思が働いているようである。

蔡英文政権が主張しているのは現状維持である。米国も「台湾独立」は言っていない。中台関係はもう72年も続いているのであり、その両側に住んでいるのはいずれも中国人である。中国による武力侵攻の可能性を軍事だけでは判断できないのである。

Detail of the national flag of Taiwan – Republic of China waving in the wind on a clear day. Democracy and politics. Patriotism. East asian country. Selective focus.

 

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末浪靖司 末浪靖司

1939年 京都市生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。著書:「対米従属の正体」「機密解禁文書にみる日米同盟」(以上、高文研)、「日米指揮権密約の研究」(創元社)など。共著:「検証・法治国家崩壊」(創元社)。米国立公文書館、ルーズベルト図書館、国家安全保障公文書館で日米関係を研究。現在、日本平和学会会員、日本平和委員会常任理事、非核の政府を求める会専門委員。日本中国友好協会参与。

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