年末「改憲解散」の可能性も、安倍晋三「核」「軍国化」暴走の背景
政治・「運のいい男」
6月15日に閉会した第208回通常国会は、一日も延長することなく、何の波風も立たない、極めて“平和”で“順調”な国会だった。
しかも、子ども家庭庁設置に関する関連法をはじめ、岸田文雄首相が自民党総裁選で訴えていた経済安全保障推進法、SNSにおける誹謗中傷対策強化で侮辱罪に懲役刑の導入を図った刑法改正など、政府提出の61法案がすべて成立。戦後3度目の“快挙”で、1996年以来、実に26年ぶりのことだった。
とはいえ、これは岸田首相の手腕によるものではない。第2次安倍晋三政権、続く菅義偉政権は、あからさまな数の論理による横暴な政権運営を続けてきた。それを、見かけ上、脱してみせたことで批判一辺倒だった野党は攻めあぐねたなか、2月24日に起きたロシア軍のウクライナ侵攻によって野党は完全に攻め手を失ったからにほかならない。
いや、攻め手を失うどころか、野党の戦意喪失といっていいくらいの体たらくぶりが、混乱する隙間を1ミリも与えなかったというのがより正しい論説だろう。
さらに、永田町では国会開催中の6月初旬にもかかわらず、7月10日投開票の参院選について、自民党議席増の雰囲気が漂っていた。ある野党のベテラン衆院議員も次のように語り、ため息をついた。
「参院選は、自民党がまた議席を上積みするだろう。来年は統一地方選があることから、衆院解散の総選挙はない。つまり、安定した長期政権となる可能性が高い。わが党は沈まないように踏ん張るしかない」。
野党側からも諦めの言葉しか出なかったのである。戦う前からこの姿勢では、選挙に勝てるわけなどないと言いたくなる。
そんな永田町において、一人気炎をあげていたのは、政権与党の自民党の“あの人”だった。
「つくづく岸田は運がいい」
3月、周囲にこう漏らした安倍晋三氏の言葉は瞬く間に永田町を駆け巡り、自民党内で岸田首相は「運のいい男」というレッテルが貼られてしまった。
強運を盾にやりたい放題してきた安倍氏に言われる筋合いはないだろう。しかし、安倍氏の指摘の通り、「岸田の強運」は、誰もが感じていることだった。だからこそ、安倍氏は強気の発言を繰り返した。
最たるものは「防衛費の倍増要求」だった。安倍氏は4月3日の山口県山口市での講演、さらに同9日の福井県小浜市での講演で、防衛費を国内総生産(GDP)比2%に拡大する必要があると訴えたのである。
「ドイツですら防衛費をGDP比2%に引き上げる決断をした。日本も2%に拡大する努力をしていかなければならない」(小浜市の講演で)。
これまでも安倍氏は、民放番組で核共有(核シェアリング)の議論をすべきとの認識を示し、物議を醸した。国会で野党から追及を受けた岸田首相は、被爆国である日本が非核三原則を遵守すべき立場に変わりはないと、火消しに躍起だったのである。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻が起きて、この好機を逃すまいと安倍氏は防衛費予算の倍増を訴えたのだ。
・高まる安倍元首相の影響力
このマッチポンプのような議論の焚き付け方は、首相時代と何も変わっていない。しかし、テレビでの核共有発言以降、安倍氏の意見に同調する声は高まり、4月28日には党安全保障調査会の小野寺五典会長が、防衛力強化に向けた提言となる3文書を岸田首相に提出した。その中で防衛費については、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が目標とするGDP比2%以上を念頭に「5年以内に必要な予算水準の達成を目指す」と明記したのである。
今年度の当初予算における防衛費は5.4兆円で、GDP比0.96%。2%となると約11兆円に膨れ上がる計算となる。世界で米国・中国に次ぐ軍事大国となるもので、野党が反発したのは当然だった。
それでも、世論は増額容認に傾いた。たとえば、毎日新聞が5月21日に実施した世論調査では「大幅に増やすべき」が26%、「ある程度は増やすべき」が50%となった。
これまで国会で安全保障に関わる質疑で慎重に言葉を選んでいた岸田首相は、こうした与党の圧力や世論の高まりからか、防衛費の増額に舵を切ったのである。
「首相再々登板待望論もある安倍さんだが、本人にその気はない。一方で、影響力は持ち続けたい。そのため党内基盤の弱い岸田首相を揺さぶり、影響力を強めたいのだろう」。
自民党ベテラン衆院議員はこう読む。そして続ける。
「参院選後、岸田首相は内閣改造に着手する。一つは『週刊文春』が報じた細田博之衆院議長のセクハラ疑惑問題。細田さんが事実無根だと主張しても、岸田首相は交代を視野に入れていたはず。ところが6月17日、細田さんは名誉を傷つけられたとして発行元の文芸春秋を相手取り2200万円の損害賠償と謝罪広告の掲載、オンライン記事の削除を求めて東京地裁に提訴した。この細田問題とともに、安倍さんは岸田首相の思惑とは別の人材をごり押ししてくるだろう」。
細田氏は、清和政策研究会の前会長でもあった。安倍氏にしてみれば、守るべき先輩ということか。さらに、安倍氏が入閣にねじ込んでくると見られているのが、高市早苗政調会長だ。
昨年の自民党総裁選に高市氏は出馬。岸田氏とともに、河野太郎元ワクチン接種推進担当相、野田聖子元総務相の4候補での争いになった。国会議員票では岸田氏に次ぐ2位になったものの党員党友票が伸びず、3位に甘んじる結果となった。
安倍氏は高市氏を支持し、国会議員を取り込むための電話攻勢も積極的に行なっていた。それでも高市氏は入閣せず、政調会長のポストに甘んじた格好だ。今回の参院選で岸田自民が勝利すれば、安倍氏は高市氏を党の政策立案や応援に貢献したとして入閣に猛プッシュを仕掛けてくるだろうというのが、永田町界隈ではもっぱらの読み筋となっている。
タカ派論客として知られる高市氏が入閣すれば、岸田首相、林芳正外相の宏池会ラインに楔が打ち込まれる。防衛費問題をはじめ、さまざまな分野での摩擦は避けられない。
岸田内閣は、安倍政権時のような超タカ派路線に舵を切らなくてはいけないような事態に晒されるだろう。安倍氏にしてみれば、防衛力の強化とともに、憲法改正の議論などを押し進めたい考えだという。
黒田ジャーナル、大谷昭宏事務所を経てフリー記者に。週刊誌をはじめ、ビジネス誌、月刊誌で執筆活動中。