第40回 法律無視が目立つ今市事件捜査
メディア批評&事件検証DNA型鑑定の結果を隠ぺいするなど今市事件の捜査が崩壊した要因はどこにあるのか。被害女児(7歳)を司法解剖した筑波大学法医学教室の本田克也元教授は初動捜査の杜撰さと法律無視の基本操作にあると指摘する。
被害女児の遺体は茨城県常陸大宮市三美の山林で発見された。今市事件における問題点の端緒は、大宮署での検視の際に被害女児の頭部右側から見つかった布製粘着テープ(幅5㌢、長さ5.5㌢)を、現場に臨場した栃木県警幹部が、茨城県警の検視前に正式な手続きを踏まないままこっそりと持ち帰ったことにある。
捜査本部から解剖の嘱託を受けた時も、この粘着テープの存在を本田元教授は知らされていなかったのだ。「解剖時に私にいつもどおりDNA型鑑定させてくれたら、勝又拓哉さんは違う人生歩んでいたね……」と悔しさをにじませる。
検視の段階からとんでもないミスをやらかしているから全国の警察がそれを知ったら驚くだろう。それとも、どこでもそうなのか?いや私が知っている限りでは他の都府県の警察はちゃんと手続きを踏んでいた。少なくともそれを知らなかったら他県との合同捜査などは責任のなすりつけ合いに終始して成り立たなくなるからだ。
解剖に携わる法医学者の許可なく遺体から粘着テープを剥がし、持ち出しするのは手続き上違法だという。長年にわたり、約1万体もの解剖を手掛けた本田元教授によると、遺体にはいろんなものが付着している。
例えば鋭利な大きな刃物が深く刺さっている場合や、頸部にかけられた紐や強い粘着性がある物で鼻口部を閉塞させたりしていることがある。それを解剖前に抜いたり、剥がしたりする場合には、それが遺体を傷つけたり、あるいは窒息死の可能性の検討などを要するため解剖判断に大きな影響を及ぼすから、必ず解剖鑑定医の承諾を得たり、周知するのが常識だ。
そもそも、解剖鑑定医には裁判所から「鑑定処分許可状」というものが発行されている。これは、遺体の全てについて、鑑定事項の解明のために、遺体の全てを責任を持って検査して構わないという国家のお墨付きを得ているということである。
「鑑定処分許可状」があるからこそ、解剖鑑定医は死体の死因に関わる全てについて判断する根拠を得ることができるのである。逆に言えば、警察が遺体に関わる資料を持ち帰る場合には、解剖時に警察官らが立ち会うときに解剖鑑定医から「所有権放棄書」を提出してもらい、解剖鑑定医から許可を受けて持ち出す必要があるのだ。
今市事件の場合には、遺体に付着した粘着テープは、遺体そのものではないとはいえ、それは鼻口部を覆っていた可能性があることから窒息死の可能性も視野に入れなければならないのみならず、粘着テープを剥がすときにできた爪痕の有無の判断もかかわる以上、解剖鑑定医には必ず説明する義務がある。そのうえで初めて本田元教授から粘着テープを剥がしてもらい、許可を狙って持ち出すことも可能になるのだ。
本田元教授が栃木県警から1人、茨城県警から3人の検視官が立ち会って被害女児の解剖を行なった時の警察官の様子を話してくれた。
「気になったのは栃木県警。とにかく何の質問もなく、ただ見ているだけで何の興味もないような雰囲気だった。今考えると、既に犯人の割り出しができる粘着テープがあるから、犯人逮捕はそれでできる。また刺し傷がある以上、死因は明らかでもあるし、解剖結果には興味がなかったのではないだろうか。それなら、その後も解剖の説明を全く聞きに来なかったことにも納得ができる。
別人を逮捕したと分かっても本件で犯人のDNA型鑑定の結果を隠ぺいしているのだから、解剖結果など自白を捏造させそれに合わせさせれば何とでもなる。鑑定を説得して口裏を合わせてもらえなければ、解剖結果など無視すればいい。
そう考えると、その後私を検察が裁判に出させないよう画策したのもうなずける。栃木県警はいざ知らず、今市事件捜査本部を立ち上げた茨城県警はそれまできちんと法医学者の見解を大事にするルールは守ってきていたのだ。
捜査当局の言質の取りようによっては信州大学法医学教室の助手(当時)だった本田元教授に鑑定をさせたくなかった可能性も否定できない。冤罪「足利事件」で菅家利和さんを犯人として逮捕して1年後には、逮捕の決め手となったDNA型鑑定の欠陥を公にし、その後「世紀の再鑑定」により、再審無罪を果たしたからだ。
足利事件で最初に菅家さんのDNA型資料を入手したのは、まだ調べもしていない尾行中に菅家さんが週に土曜日だけ泊まる借家から出して捨てたごみを無断で入手して鑑定したものだ。正式な手続きを経ないで行ったこの鑑定は言うなれば違法鑑定である。軽犯罪で逮捕した人やホームレスの人から口腔粘膜を取ってDNA鑑定を行い、こっそりと今後の捜査のためのデータベースを作成していることが報道されたことがあるが、これも違法鑑定に他ならない。
2005年頃は、まだ法医学者は司法解剖時のDNA型検査が検査項目にあったため、鑑定することができたのだが、今では特別な場合しか大学では鑑定しないことになっている。そもそも大学での鑑定は解剖後に遺族へ遺体を返す際に身元を特定すること、そして遺体付着微物に犯人特定の情報を得るために不可欠であった。それと同時に検査技術の向上と問題点の発見のためでもあった。特に捜査側の故意の捏造鑑定は冤罪につながるが、警察のみの内部鑑定だけだとそれが見抜けない。
ところが、警察庁が予算削減を理由に解剖の検査項目からDNA型鑑定を外し、その鑑定を解剖すらできない全国の都道府県警察の科捜研がするという本末転倒なことを06年から断行したのだ。そのため多くの大学で行われていたDNA型鑑定の研究が出来なくなり、法医学者は今では数人になり、まさにDNA型鑑定は捜査機関の独占。監視の役目をしてきた法医学者がすでにいなくなったのだから捜査機関は怖いものなしの状態。鑑定結果を自分たちの都合のいいように犯人とみられるDNA型を隠蔽したりしている。それがリアルに表面化したのが今市事件である。
昭和時代に裁判で証拠の主流を占めた指紋や血液型判定から、平成の時代には海外で主流になっていたDNA型鑑定が日本に導入された。裁判官のなかでたちが法医学の専門家のもとに足を運び、DNA型鑑定について学んだ人はどれだけいるだろうか。
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。