時代遅れの核発想と究極の安全保障ー中国・湖北省の三峡ダムー
安保・基地問題・米国を衰退させたネオコン政略
ベルリンの壁崩壊からひと月も経たない1989年12月、マルタ島で行なわれた米ソ首脳会談で東西冷戦が終わりを告げ、米国の一極体制が生まれた。冷戦体制においては米ソの二極体制の下に、核超大国による覇権が世界政治を制圧していた。それは、宗教や民族意識に基づいた、社会格差による地域紛争を封印するシステムでもあった。
冷戦の終了に際して、米国ブッシュ(父)大統領は「ワンワールド」を宣言、自由主義の勝利を論じた。米国の単独覇権を誇り、湾岸戦争勝利の威勢で世界のオイル利権の独占に出た。旧ソ連の独立国が保有していた油田に、ユダヤ系の情報網の活用による資本進出を実現して、欧米系の金融資本が支配体制を確立しようとしたのである。
それで勢いついたのが「ネオコン」と呼ばれる集団だった。民主党のタカ派から共和党に移ったのがネオコンであり、20世紀末から新世紀にかけ世界政治に君臨した。彼らは覇権意識が強く、米国の政治を動かして中東各地で戦争を起こした。それが米国の体力を消耗させ、一人天下に酔う米国が、衰退する原因となったのである。
湾岸戦争を推進したのはブッシュ(父)政権の時代に国防長官になったチェイニーだったが、クリントン政権においてはタカ派のオルブライトが国務長官として指揮してコソボでの紛争を拡大させた。チェイニーはブッシュ(子)政権では副大統領を務め、ラムズフェルトが国防長官としてイラン戦争にのめり込み、アフガン戦争をはじめ中東に大混乱を引き起こした。
ブッシュ(子)政権の時代は“ネオコンの父”と呼ばれたオラスキーが大統領顧問となり、「不朽の自由作戦」の名で対テロ戦争を推進。ネオコンの全盛期として傍若無人の限りを尽くした。だから、小泉政権下の安倍晋三や、松下政経塾系の議員は、わが物顔で日本のネオコン役を演じ、対米追従の路線を掲げて日本の政治を右に捩じった。
オバマ政権になると、ネオコンは外交の領域を侵食、クリントン国務長官の下、国務次官補のヌーランドがウクライナ戦争を手配し、米国のネオコン路線を確立した。彼女はネオコンの代表的論者・ケーガンの妻である。ウクライナ系ユダヤ人の血が米国の政治を狂わせたと批判を浴びているほどの狂信的な反共主義者で、ウクライナ戦争の影の仕掛人でもある。
・戦争の恐怖とウクライナ地政学
悲惨な戦争被害の報道がウクライナを舞台に展開し、世界の関心を集めている。しかし、この戦争が秘める実態は、サイバー戦の一端に属する情報戦争にほかならない。戦争/非戦争の境界が消えた、いわゆる「超限戦」が論じられ、インターネットと衛星が戦力の頭脳化した現代においては、隠れた意図を読む“頭脳力”が決め手だ。それを抜きにしては、安全保障の構想はできない。
そのためにはメタ発想が不可欠である。具体的な学習法として「ゲシュタルト」が存在するが、歴史に習熟し、相似象で問題を捉え、戦略に組み込む頭脳を鍛える操作が必要である。
そういった発想のもとウクライナ戦争を見ると、NATOとナチズムの問題が、ロシア側の心理の中に、強迫観念として在ることがわかる。2月末に上梓した拙著『日本のゾンビ政治の病理』(電子版)には、次の概要を書いた。
〈ウクライナのオルガルヒは私兵のアゾフ大隊を持ち、国軍と共同作戦でオデッサのロシア人を虐殺、次に東部のドンバス地区でもロシア人を殺戮したために、自警団から民兵が育った。この民兵が独立を掲げ、ドネツクとルガンスクが共和国を宣言し、ロシアに助けを求めたのが、ロシア軍の侵攻の原因である。
だが、ロシア軍の狙いが首都を制圧してウクライナ政府の転覆を狙うのか、チェルノブイリ原発を押さえるのかは不明で、その前に全世界のメディアが戦争難民の姿を採り上げて悲劇の物語に仕上げたので、紛争の原因は隠されてしまった。
しかし、世界史的な観点で見ると、NATOの東進に伴った列強による勢力拡大路線が、ロシアの安全保障の面に絶大な影響を与えていた。ユーラシア大陸に陣取り、ビザンチン帝国を引き継いで覇権を打ち立てたロシア帝国は、西欧の王家や貴族から狙い撃ちされた歴史を持ち、強烈な劣等感とともに、根強い被害者意識を持つ。
ナポレオンによる侵略は、『戦争と平和』が描いた通りにモスクワを炎上させたし、クリミア戦争の時には、英・仏・トルコやサルディニアが地中海への南下を制し、ロシアを封じ込めている。また、第一次世界大戦時には、東部戦線での惨敗と革命でロシア帝国は崩壊した。第二次大戦ではナチス軍に侵略され、ソ連の死者数は3000万人弱という悲惨さだった。
しかも、戦後の冷戦構造により、NATOはソ連を封じ込め、ソ連崩壊後の新生ロシアにはネオコンと結ぶ米国政府が、軍産複合体の利益のために、シティの金融資本と手を組み略奪工作を進めてきた。
このロシア締め上げの策謀に、独裁者のプーチンは震え上がった。ロシアとしては安全保障上、バッファー地帯がほしい。しかし兄弟国のウクライナまでが英米の手先を演じてNATOの勢力圏に入れば、プーチンは安眠できない。それは日ロ戦争前の日本が、ロシアの満洲進出に怯え、滅亡の危機を意識したのと共通する威圧感覚である。大国を前にした小国の脅えは、猫を噛む鼠の深層心理だ。
ベルリンの壁崩壊以降の30年間に、世界の名目GDPは2.6倍に伸びる一方、3分の1に委縮したロシアは、中国の10分の1、韓国以下の世界11位である。国民1人あたりの数字は66位であり、プーチンが愕然としても当然なのだ。〉
・ロシアの核戦術と中国の台湾進攻の脅迫
ウクライナを舞台にした戦闘行為が続くなかで、成り行きによっては核の使用をプーチンは示唆し、習近平は米国の衰退を見据えて台湾進攻を声高に叫び、武力行使の威嚇をする。だが、核兵器や渡洋攻撃は、サイバー時代の戦略の前では時代遅れの発想であり、新世紀に相応しい構想に置き替えられて然るべきだろう。
なぜならば、核戦争は全生命の絶滅に結びつく自滅行為にほかならないし、渡洋攻撃はナポレオンも躊躇し、ヒトラーも実現できなかった。だから、威嚇だけの虚構の軍略にすぎない。無人のドローンに較べて有人の戦闘機の使用がいかに無意味かということだ。
台湾にとっては、F35戦闘機で武装し、沿岸に防御壁を作り、海軍を増強することよりも、トポスとしての島嶼を使った一撃必殺の奥義を活かせば、安いコストで安全は確保できる。すなわち、台湾の領土の中には金門・馬祖や澎湖諸島があり、その戦略的な価値を見直せば、日本の敗戦後、根本博陸軍中将が中国共産党軍と対峙した時とは異なる“火薬のない金門砲戦”が、予防戦の可能性として期待できるのだ。
それは、馬祖や澎湖の無人島に発射基地を構築して、馬祖は巡航ミサイルで、澎湖は2000キロの中距離の弾道ミサイルの配置により「奇襲攻撃への報復用に装備する」と漏らすだけですむ。それが心理効果を生み、威嚇が中止になれば、それで外交上は十分である。
馬祖にあるミサイルはどこを目指すかや、澎湖島のミサイルがサイロで防御されている点も、漏らす必要はなく相手側の想像に任せて推測させるだけで良い。浙江省の泰山をはじめとした原発や湖北省の三峡ダムの想定も、それは中国側の勝手な予測に任せ、どう対応するかを読み、次に打つ手を考えるのが、外交におけるイロハである。
核弾頭のミサイルを使って相手を威嚇する戦法は、すでに20世紀的な発想に属している。ナチスドイツが開発したV2 (Vergeltungswaffe=報復)型のロケットが、そのプロトタイプであった。ナチスの首脳は理知的な判断力に弱い芸術家崩れが多く、報復用の武器を攻撃に使ったのである。
アメリカ軍は戦後、ドイツの工学者フォン・ブラウンの仲間に技術的な支援を仰ぎ、ペーパークリップ作戦がアポロ計画をはじめとしたミサイル防衛構想(MD)になった。だが、原発が大量に存在するサイバー戦の時代には、弾道兵器から核を抜き、攻撃目標を峻別するだけで、同等の威嚇効果がある。すなわち、攻撃対象に原発とダムが考慮される時代になっている。
そのプロトモデルには、第2次世界大戦中の英国のチャスタイズ作戦がある。ドイツのエーダーダムを破壊し、ルールの工業地帯を洪水によって壊滅させる爆撃作戦が実行された。これは当時の技術水準としては画期的発想に属すが、衛星時代の現在には無効である。
フリーランス・ジャーナリスト。『皇室の秘密を食い荒らしたゾンビ政体』『日本に巣食う疫病神たちの正体』など著書多数。海外を舞台に活躍する。