【特集】原爆投下と核廃絶を考える

時代遅れの核発想と究極の安全保障ー中国・湖北省の三峡ダムー

藤原肇

・コンクリートの寿命とダム崩壊の生理学

60年も昔だが、大学時代に山脈の構造に強い興味を抱いた私は、アルプス地質のメッカである仏グルノーブル大学に留学した。地質で学位を取り、水のシンクタンクに入り、サウジの国土改造計画で飲用水の井戸を掘ってから、石油ビジネスに転向した。

大学院時代の実習では鉱物学やダム工事を学び、コンクリートが生き物で、ダム崩壊のメカニズムは生理現象だと理解した。以下は自著の中に覚書として、書き記したものである。

〈セメントは組成として一応のポジションを構成するが、次々と結晶型が順番に変わり続ける性格を持ち、その生涯サイクルは60年だといわれている。水で練った最初の1カ月目は幼年期に相当しており、この間に40回も結晶は形態を変える。1年目の少年期にさらに幾度か形態を変え、次の青年期は最も頑強な時代である。

最初のクラックは幼年期にできる、超微視的なもので、結晶化の縮みで生まれる生理的なものだ。少年期から発達する微視的なクラックや、青年期以降のひび割れの原因はストレスで、外からの圧力や応力に由来し亀裂となる。

20年目を過ぎて壮年期に入る時期には、空気中の炭酸ガスを固定して炭酸化が進む過程で結晶構造が異なる形態になり、次第にボロボロになったり剥離現象が目立ち、ほぼ60年で寿命が尽きる。まるで人生のリズムにそっくりではないか。

鉄筋コンクリートの建造物の寿命は、平均して60年。現に米国では古いビルや橋梁が取り壊され、再構築によるインフラの作り替えが、大規模な形で進んでいる。人間の骨に似て、幼年期には健康体だった珪酸カルシウムが、時間の経過に従い遊離して珪酸とカルシウムに分かれ、最後にはボロボロになってしまうからである。

このセメントの生理について、建築家や土木関係者は、ほとんど考慮していない。同じセメントでも、カルシウムとドロマイトの比率や、混在シリカの半導体効果が老化予防の秘策と知る者は少ない。また、セメントは資材にすぎず、目方で取引するものと思い込んで、安全基準も静態的だし、セラミックや金属工業に較べ技術革新が遅い〉。

grunge cracked stuco wall background

 

以上はセメントの生理だが、蒸気発生装置の原発で、金属疲労や配管への配慮に較べてコンクリートが軽視され、杜撰に取り扱われている。泰山原発の例では、次のように指摘した。

〈日本人は新技術に対して用心深く、爆発したフクシマ原発でさえ、作った時には防塵用の建物の中でパイプを溶接するなど、品質管理に細心の注意を払った。だが、中国の秦山原発では、野ざらしの空き地で溶接作業を行ない、コンクリートに海水や海砂利を使ったのは有名だ。周辺100キロには、上海や杭州など人口数百万の大都市がいくつもあり、事故が起きたら数千万人が被曝死する〉。

コンクリートの寿命と、ダムの持つ構造特性は、科学的な知見に基づいて厳密な検討が求められており、より統合的な判断に基づく高度な考察が必要である。また、ダムや原発における安全性確保の発想はエネルギー問題だから、国家の安全保障の面からも最も優先順位が高く、国防よりも重要だ。慎重に考慮されて当然である。

・環境地政学から見た三峡ダムの役割

その後の私は多国籍石油企業で働き、衛星写真を解析、資源探査のために断層や褶曲構造から地質図を作った。また、大学院時代に学んだダム崩壊の被害の例は、『アポロンのコンスタレーション』(電子版)に次の形で記録している。そこにあるように、決壊水の猛威は想像以上に恐ろしいものであり、愕然とさせられる。

〈フランスで1954年に完成したマルパッセダムは、高さ67メートル、堤長260メートルの規模だが、5年後、豪雨でダムが満水になり、水圧が基底部の岩盤に及び、圧力に耐え切れずに崩壊した。水の壁として流れ下った激流は途中の村を全滅させ、七キロ下流のフレジュス市に達しており、壊滅的な打撃を与えた。

それ以上に衝撃的な事故が、1963年に起きたイタリアのバイオントダムで、大規模な地すべりが発生し、2000人以上が死亡する大惨事を生んだ。このダムは世界最高の262メートルを誇り、アーチダムでは世界一高い壁面だった。大津波が高さ250メートルまで駆け上がり、ダム自体は崩壊しなかったが、堰堤を乗り越えた水の壁は、沿岸の村落をなぎ倒した。

これだけ大規模な地すべりを予測できなかったのは、ダムの後背地の地質構造調査が不十分だったためだ。後背地の岩石分布を調べ、地すべり斜面の広がりや植生について知ることで、ダムの構造や寿命が決まる。水利工学の役割が決め手になる〉。

三峡ダムの建造前に危険性を指摘した精華大学の黄万里教授は無視され、許章潤教授は拘束され解任された。水利工学の専門家で、建設に賛成する者は少なかった。また、総設計師だった潘家錚は、著書『三峡夢』に「私はダムを設計した罪で魔道に堕ち処刑された、夢を見てうなされた」と書き、犯した罪の重さを懺悔している。

Three Gorges Dam near Yichang City, Hubei Province, China (August 2010)

 

2006年のダム完成式典に指導者は参加しなかったが、胡錦涛主席は精華大でダム建設の専門家だったし、温家宝首相は北京地質学院出身だ。彼らは三峡ダムに近づかなかった。中国には9万個のダムが粗製乱造されている。

1975年の河南省の板橋ダムの崩壊で数十万人が死亡したが、北京政府は情報封鎖を行ない、事実を隠蔽したために、洪水による溺死に続き、大量の伝染病での死を招いた。

現在、衛星写真は高度な解像力を誇り、GPSの制度も高い。土石流・地滑り地帯は、映像で簡単に識別でき、利用価値は著しく高いはずだ。だから、ピンポイントで狙わなくとも、ミサイルを落とすだけで、土石流を誘発し、津波を発生させられる。これは核爆弾よりも効果的で、究極の報復兵器として、核攻撃の脅かしに対応できる。

長江下流の沿岸部には、武漢・南京・上海をはじめ主要都市が分布している中国のGDPの6割を生み、6億人が生活する中国の生命線で、その安全は最優先の課題である。ならば習近平にとって台湾進攻の脅迫は、余りにも愚かであることに気づくべきだ。

核攻撃を伴う武力の脅しは超限戦に基づくゲームであり、この脅迫戦に勝つには超越発想が必要になる。それだけの頭脳を見つけて、危機を乗り切る智慧が要る。

(月刊「紙の爆弾」2022年8月号より)

 

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藤原肇 藤原肇

フリーランス・ジャーナリスト。『皇室の秘密を食い荒らしたゾンビ政体』『日本に巣食う疫病神たちの正体』など著書多数。海外を舞台に活躍する。

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