【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

プロローグ :母を励ます刑務所の君(きみ)

梶山天

ボクは少女を殺していない。だって少女と会ったこともないんだ。検察官や警察官にそれを話しても聞き入れてくれない。「君がやったんだ」などと攻めたてるだけ。法廷で一審の裁判員の方々に公開された取り調べ時の映像もほんの一部の都合のいいものだけだった。犯行を否定するボクを「お前が認めるまで寝かせない」などと深夜まで取り調べを続け、怒鳴ったり、殴ったりの場面は、全く写ってない。

被害者女児の遺留品や犯人が使用した凶器も何一つ見つかっていないのは当然だ。だってボクは、やってないんだから。なのに裁判官たちは、一審も控訴審も、裁判長が変わるたびに、ころころとあーだこーだと客観的証拠の認定の正否を変えるだけで、結局「有罪」判決を出す。ボクのDNAは何も検出されていないし、やってないのだから出るわけがない。どうして殺していないのにボクが犯人なんですか。なぜ刑務所にボクはいるのですか……。

勝又拓哉受刑者の無実を信じて、月に3回、千葉刑務所に励ましに訪れる母(左)。2021年11月9日、千葉市若葉区

 

2005年12月に下校中の栃木県日光(旧今市)市立大沢小学校1年の吉田有希ちゃん(当時7歳)をさらい、殺害したとして殺人罪に問われ、決定的な証拠もなく、捜査段階の自白を中心に一審・宇都宮地方裁判所、二審・東京高等裁判所で相次いで無期懲役判決を受け、それを不服とした上告を最高裁判所が20年3月4日に棄却、判決が確定した。この殺人事件の裁判にかかわった裁判官や検察官、警察官の方々、千葉刑務所に収監された勝又拓哉(かつまたたくや)受刑者(39)のこの悲痛な叫びが聞こえませんか?

昨年8月に40年近く記者として勤めた朝日新聞社を退職したISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天は、同年11月9日午後、千葉市若葉区の住宅街の一角にある千葉刑務所で勝又受刑者と面会した。この日はあいにくの土砂降りで、中世のヨーロッパを彷彿させる赤煉瓦の刑務所の建物がくすんで見えた。月に3回、本などを差し入れしに刑務所を訪れる母をこの日栃木県鹿沼市から3時間かけて車で乗せてきた勝又受刑者の姉の2人と刑務所の売店で落ち合った。

面会は3人までで、30分。面会室は、家族だけなら、刑務所職員がつきそわず、録音・録画だけだが、他人が加わると職員1人が必ず付き添う。面会のルールだ。私は、事前にはがきで自分の素性(すじょう)を明かして勝又受刑者と連絡を取っていたため、刑務所側は年配の職員が同席した。透明なアクリル板の仕切り越しに互いに座って向き合い、挨拶(あいさつ)を交わす際に緑色の作業着姿の彼の顔を見た途端に思わず「ええっ!」と声を漏らしてしまうほど驚いた。

私が東京高裁を舞台に始まった控訴審で見た黒髪が長く、まだあどけなさが残っていた彼の顔からは想像もつかないほど髪の毛も薄く、白髪で老いぼれた人物がそこにいた。まるで日本のおとぎ話の竜宮城での「浦島太郎」を見るような感じだった。販売目的で偽ブランド品を所持していたとして別件の商標法違反での初めての現行犯逮捕から、かれこれ10年近くになるが、彼の苦悩を物語る光景だった。

久しぶりの再会だった姉も「こんなにに痩せこけて。ちゃんと食べているの……」と驚きを隠せない。勝又受刑者は「うん。筋トレのやりすぎ。痩せてかっこよくなっただろう」と冗談めいた明るい雰囲気を取り繕(つくろ)う。息子が殺人容疑で逮捕されると、その家族へ向ける世間の目は厳しい。求職しても次々に断られ続け、やっと職に就いた。そんな苦労をしている母や姉に沈み込んだ自分を見せて心配をかけまいと精一杯の笑顔をつくったのだ。

彼は「共同室」と呼ばれる複数人がトイレやテレビ、寝泊りなど生活を共にする部屋にいる。今は自分を含めて4人が入居しているという。朝7時前に起床、それから部屋で朝食、8時から刑務所内の工場で作業が始まる。この作業でリーダーに信頼されて先輩よりレベルが高い仕事を任されたという。それまで時給が10円だったのが20・9円に上がり、月700円が2500円になったと勝又受刑者は胸を張って見せた。私の取材に対して母が「いつも私の方が励まされています」と話してくれたのは、こういうことか、と思い出し、なかなかできることじゃないなと思った。

コロナウイルスの影響は塀の中でも例外ではなく、昨年は職員らが感染し、工場が一時期ストップしたりし、家族は面会できない時もあった。実は勝又受刑者も症状は出なかったものの検査で陽性反応が出たため、一時期隔離状態だったという。

面会時間があとわずかという時だった。付き添いの職員がほんの数分、席を外した。トイレに立ったのか、それとも武士の情けなのか、分からない。私は、すかさず最後に一言だけ「再審の意志はあるか?」と聞いた。勝又受刑者は「あります。眠る前に考えない日はないです」と答えた。これまでの弁護団がいったん解散し、新たに弁護団が勉強会を開いていることだけ聞いているという。母は再審に関する書物などを差し入れしていた。

再審には、無罪を証明する新たな証拠が必要だ。それにこれまでの裁判所の判決の経緯を振り返ると、簡単にはいかない。「ちゃんと証拠を見つめてくれる裁判官はいないのかな」。母にあてた手紙には公平さを欠いた裁判に絶望する彼の苦悩がにじんでいた。

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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