第43回 幻の証拠に踊らされた捜査と裁判
メディア批評&事件検証ISF独立言論フォーラムのホームページで展開している連載「絶望裁判」の第41回から今市事件捜査の問題点と課題について、被害女児を解剖した法医学者、真犯人割り出しに重要な布製粘着テープの栃木県警科捜研のDNA型鑑定データの検証をしてもらった元科捜研関係者にそれぞれの立場で意見を聞いた。
今回は、副編集長の梶山天が朝日新聞記者時代に長年事件担当だった際に、この人こそ「ミスター警察官」と思ってやまない数人のうちの1人である元警察幹部(66)に氏名と所属した県警名を載せない条件で、今市事件捜査について語ってもらった。その警察幹部は、この今市事件を「幻の証拠に踊らされた捜査と裁判」と吐き捨てた。
インタビューを行なう前に、梶山が事件発生の経緯と解剖医による所見、勝又拓哉受刑者の起訴状の内容を以下のように詳しく説明した。
2005年12月1日、栃木県旧今市(現日光)市の小学1年の女児(7歳)が下校中に行方不明になり、翌日に小学校から約60㌔離れた茨城県常陸大宮市の山林で他殺体で見つかった。
12月3日に法医学者が解剖を行い、死因は刃物で胸を10回刺されたことによる失血死。死後硬直状態や胃の中に給食の御飯などが残っていたことから別の場所で殺害され、その後山林に遺棄されたと見立てた。特徴的なものは下半身に全く傷がなく、性犯罪の痕跡がない。目の下や首筋に爪による傷が多数ある。犯人像は女性の可能性が高いという。
ところが、栃木県警が逮捕したのは男性で、勝又拓哉受刑者だった。宇都宮地検の起訴内容は、勝又受刑者は、かねてから幼女に性的興味を抱いていた。幼女を拉致してわいせつ行為に及ぼうと考え、自分の車を運転。05年12月1日午後2時38分ごろから同3時までの間に、大沢小付近の路上を1人で下校中の被害女児を無理やり抱きかかえて車に乗せ、同県鹿沼市内の自宅アパートに連れ込み、わいせつ行為を行なった。
12月2日未明に被害女児を車に乗せ、茨木県常陸大宮市三美の山林に連れて行った。勝又受刑者は、自分が行った拉致やわいせつ行為の発覚を恐れて、同日午前4時ごろ山林西側林道で殺意を持って女児の胸をナイフで多数回突き刺し、心臓を損傷させて失血死させ、すぐにそばの山林に捨てた、と記されている。
このように梶山は説明したあと、元警察幹部へのインタビューを始めた。
梶山: 栃木県警は解剖時に捜査員が1人が立ち会ったが、何の質問もなく無関心だった。以後解剖医に質問をしてきたのは約8年後で、既に勝又受刑者を逮捕した後だった。しかも裁判が始まる直前。捜査員の質問は、解剖結果と逮捕した勝又受刑者の供述に矛盾がないようにしてくれ、と言わんばかりの内容で、解剖医は捜査員の質問内容にあきれて断った。
その後地検の三席が被害女児の首筋の傷ををスタンガンの傷と断定して鑑定書に書いていないものを持ち出し、勝又受刑者の供述調書の中身を書きかえさせようとした。
解剖医が否定すると、解剖医が捜査本部に提出した鑑定書の一部を都合の良いようにまとめた「統合捜査報告書」に変えて、さらに解剖医を法廷に出さないよう画策した。そのため解剖医は弁護側証人として異例の出廷をし、自白と解剖結果が全く合わないと証言した。この捜査側の姿勢をどう思うか?
元警察幹部: 捜査本部が設置されて重要なのは、法医学者による解剖結果にある。死因や凶器、殺害場所、犯行の動機などある程度の事件の概要が明確になるからだ。警察も検視はするが、専門家による捜査には欠かせない大事な捜査のポイントだ。例えば犯人像なども聞ける。私も解剖に立ち会った経験があるが、ICレコーダーで録音を必ずした。
我々は、解剖立会報告書を捜査本部に出すことが義務付けられている。そういう意味では何度も足を運び、信頼を互いに持つことをせずしてよくもまあ逮捕したものだ。解剖結果と自供内容が全く合わないことは、あり得ない。とても不自然で、異常だし、最初から捜査は不可解極まりない。
今市事件の解剖医による解剖書には下半身に傷がなく、性犯罪はないとはっきりと記されている。なのに、宇都宮地検の起訴状では、わいせつ行為の際に顔を見られたので発覚を恐れて殺害したことになっている。
しかも殺害を認める勝又拓哉受刑者の供述調書はあるが、下校中の被害女児の遺留品や凶器など一貫して証拠が何一つない。証拠ゼロでよく起訴できたものだと思うし、さらにどうやって、裁判所は有罪にしたのか、無罪証拠はあっても、有罪の証拠は自白調書だけであきれてしまう。あり得ない話ばっかりだ。私たちの捜査では、証拠がなくてどうして逮捕できるの?だ。
念頭に冤罪も考えて取り調べをすべきで、慎重さが見えない。捜査本部は、立ち上がりから解剖医と協議する事案だ。被疑者を逮捕してから解剖結果の確認をするなんてそんな警察ってあるの?信じられない。確実に犯人のものと裏付ける物が一つでもあればいいがそれはない。しかも解剖医と全く合わないならその時点で捜査をどうするか、立ち止まって検察と協議すべきだった。
梶山:実はこの事件最初に逮捕したのは、殺人容疑で逮捕する5カ月前の14年1月で、商標法違反の現行犯逮捕だった。同容疑で再逮捕もしている。取材で分かったのは、栃木県警が初めからこの事件では勝又受刑者が今市事件の犯人と見ていたようで、検察に事前に「殺人でじっくりと調べたいから、別件の商標法違反で時間稼ぎをしてほしい」との要望を出していたことが分かった。
その後刑事が勝又受刑者の取り調べの際に殺人のことを聞くと否認した。すると刑事は勝又受刑者の顔を思いっきり平手打ちした。勝又服役囚は倒れた際に壁におでこをぶつけ負傷し医師の治療を受け、その後取調官は、捜査から外されている。裁判所はそれを問題にはしなかった。どう思いますか?
元警察幹部:まず、商標法違反というこんな小さい容疑では普通逮捕しない。それも2回も同じ容疑での逮捕?。別件逮捕ということは明らかだ。私は取り調べをする側だから分かるんですが、勝又受刑者を殴っていますよね。どうして殴ったか分かりますか?それは、その時点でちゃんとした勝又受刑者の証言を得られないから殴っているんですよ。
警察の求める証言をしないから殴っているんです。だからこういう事態でちゃんと自供してなかったと。だからこういう事態で殴ったんだという証拠です。しかも医者を呼ぶくらいのけがを負わせないと、勝又受刑者は殺害をうたわなかったという。これが事実ですよ。完全にアウト。
今は取り調べの際に被疑者の体に触れること自体アウトなんです。取り調べ適正化の法律で厳しくなっている。ペットボトルのお茶を飲ませれること自体もアウト。便宜供応という形で、取り調べ監督対象になる。まして勝又受刑者を殴る行為は、特別公務員暴行陵虐罪で起訴しなければいけない。これ完全に違法で、アウト極まりない。このような暴力後にできた自白調書は本来、証拠として採用されない。刑事を捜査から外すのは当然で発覚を恐れたのでしょう。
一審の弁護士が勝又受刑者に接見した際にその内容を聞いて、被害届を出さなきゃいけなかったのに、それをしてないんじゃないの?残念ながら弁護士も基本的なことも理解していない。弁護士もはっきり言って素人なんですよ。これを許す裁判官もとんでもない裁判官ですね。
これ本当に裁判なのですか?警察、検察のでたらめな捜査もひどいが、被告の弁護士もするべき仕事を果たしていない。そして裁判官も人権無視も甚だしい。一言でいえば、裁判じゃないですよ。裁判所の訴訟指揮はめちゃくちゃ。違法裁判といっても過言じゃない。
独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。