【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第47回 粘着テープの誤算

梶山天

今市事件の物的証拠の中で唯一犯人割り出しの期待が持たれた被害女児の頭部に付着していた布製の粘着テープ(幅約5㌢、長さ約5.5㌢)の断片1片。検視時に栃木県警の幹部が強引に持ち帰らなければ、勝又拓哉受刑者(41)が千葉刑務所に収監されることはなかったかもしれない。

そう指摘するのは、筑波大学法医学教室の本田克也元教授と徳島文理大学大学院の藤田義彦元教授の2人だ。ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天が集めたこの粘着テープに関する解析データなどを昨年9月から独自に検証し、真犯人とみられるDNA型が検出されていることを確認した。

このDNA型は、被害者以外の女性由来のものだった。この結果は、本田元教授が被害女児の解剖結果で見られた爪痕や刺し傷から犯人は女性であるとする推定内容と実は一致しているのである。

結論から言えば、全く物的証拠はないのに、勝又受刑者を逮捕したことを正当化するために、警察、検察側が隠ぺい工作を行ない、無実の人の人生を奪っていることを突き止めたのである。

被害女児の遺体は、下校中に行方不明になった翌日の2005年12月2日に茨城県常陸大宮市三美の山林で発見された。当時はDNA鑑定を大学でも行っており、その技術は県警科捜研を凌駕していたので、本来であれば司法解剖時に担当医がDNA型鑑定を行なっていたはずなのだ。

しかし、本田元教授は女児の頭部に粘着テープがあったことすら栃木県警から報告を受けていなかった。しかも栃木県警が粘着テープを持ち帰ったことは一審の裁判が始まる直前まで隠されていたのだ。

一体、なぜこの物的証拠を栃木県警に持ち帰ったのか。これについて、本田元教授は次のように指摘した。

「犯人が不詳の捜査本部事件では証拠は通常、非常に少ないものである。したがって、今回の事件における被害女児の頭部から剥ぎ損なった粘着テープを残したことは、犯人のミスであり、犯人特定に関わる重要な物的証拠であるはずである。だからこれを見つけた時、栃木県警の幹部は満面の笑みを浮かべたはずである。

『これで犯人を逮捕できる。指紋もDNAもある』と。とすれば、これは解剖執刀医に知らせるわけにはいかない。なぜなら手柄を取られてしまうし、またこちらの犯人逮捕や裁判にうまく利用できない可能性もある。それで指紋だけは茨城県警にやらせておけばいい。

証拠を独り占めしたという誹りを免れることができるのだ。証拠資料についての責任を共有できるし、一方、肝心なDNA鑑定はうちの科捜研で何としてもやって成功してもらい、捜査能力と併せて栃木県警の実力をアピールしなければならない。

これで足利事件の汚名を返上できれば一挙両得ではないか。足利事件ではDNA鑑定で失敗したが、今市事件では今度こそDNA鑑定で真犯人逮捕してみせると。そうすると、足利事件の記憶が消されるはず。だからここは足利事件のDNA鑑定で手柄を上げた、本田元教授の目には絶対に触れさせるわけにはいかない」。

本田元教授は「この栃木県警の焦りと功名心こそが、物的証拠もないのにあえて勝又受刑者の逮捕に強引に踏切り、ついには冤罪を生み出した最大の癌ではなかったか」と指摘する。

粘着テープを剥がした跡

 

それだけに本田元教授はこの粘着テープの存在を知った時、歯がゆくてたまらなかった。

「当時は、今のような警察独占のDNA型鑑定ではなかった。私には全国の警察から難事件のDNA型鑑定の依頼がきていた。私に任せてくれれば、犯人のDNA型は、正確にわかっただろう。なぜならそれまでにも、もっと古い資料からのDNA鑑定を検出する技術を開発していたからだ。

結果として捕まえる犯人も間違ったのは確実だ。私は鑑定結果を隠ぺいするようなことはしないし、依頼者の意図に惑わされた鑑定もしない。それは鑑定の偽証であり、犯罪だよ。しかも同じ県警が足利事件でもDNA型鑑定で冤罪を作っている。その反省がないから同じ過ちを繰り返すのだろう」。

本来DNA型鑑定は、犯人が捕まる前に鑑定は終わっておくのがセオリーだ。容疑者が浮かんだ時のために、初めから犯人の型を具体的に示し、その後、容疑者のDNA型との異動識別を行うのが最善の方法だ。資料が劣化しないうちに鑑定したほうが最も信憑性が高い。

栃木県警も犯人逮捕に焦ったこともあり、粘着テープの採取後、数日のうちに鑑定を行ったのは良かった。しかしそこからは犯人のDNA型が検出されていたが、それはどういうわけか隠ぺいされた。なぜなら、今市事件の犯罪は性犯罪で、犯人は男性に違いない、と思い込んでいたからだ。そして、勝又受刑者逮捕とともに鑑定結果の無視と資料の証拠からの排除が決定的になった。

実際に栃木県警が一審に提出した鑑定データで振り返って見たいと思う。

粘着テープのDNA型鑑定について一審で検察側が説明したのは、2005年12月、①遺体発見後すぐに嘱託されたDNA型鑑定を機に、②13年8月と、③翌14年3月と計3回嘱託が行われたことになっていたが、私たちが入手した資料ではこの間、少なくとも数十回の検査が行われていた。栃木県警が勝又受刑者を逮捕したのは14年1月で、容疑は別件の商標法違反だった。

一審の法廷で宇都宮地検が明らかにした粘着テープの鑑定結果のうち、①は提出されず、②と③しかなかった。後の2回はいずれも被害女児のDNA型と、この鑑定に携わった同県警科捜研の仁平裕久技官と圓城寺仁技官2人のDNA型の汚染(コンタミネーション)が検出されたと説明された。そのため、資料は証拠たりえず犯人追及はできないと説明した。

控訴審で初めて①が提出されたにもかかわらず、鑑定の中身にはなぜ踏み込まなかったのか。

本田元教授によると、「単純に鑑定の隠蔽である可能性も否定できないが、善意に解釈すれば、鑑定結果を科学者の目で客観的に見ることができなかったせいではないか」とも指摘する。

そのうえで、「女性が犯人であるはずはない。だから被害者以外の女性の型が出ているのは、鑑定に失敗しているに違いない。それで、DNA鑑定は証拠にはならないと思ったのではないか。しかしそうとすると、なぜ男性の型が全く出ずに、女性の混合の型ばかりなのか、と疑問に思って立ち止まって考えるべきであった」とも指摘する。

そして、「これこそがあらかじめ、捜査機関から犯人像についての印象を得た上で鑑定してしまう科捜研の欠陥でもある。科捜研が県警の中にある限り、科学者としての鑑定ができなくなってしまうのではないか」と話している。

14年4月から5月、栃木県警は、神奈川歯科大学大学院の山田良広教授に粘着テープと有希ちゃんの体表のミトコンドリア型鑑定の嘱託を行なっていた。そのことは、控訴審が始まる直前に分かった。山田教授の鑑定でも勝又受刑者のDNA型は検出されていなかったのだ。しかし、鑑定嘱託でもわかるように栃木県警は、どうしても勝又受刑者のDNA型を出してほしかった。いや、出してもらわないと困るという状況だったといえる。

こうなると栃木県警が取るべき方法はただ一つ。DNAを証拠から除外するしかないということになる。しかしそうなると物的提出しなければ証拠がなくなるから、裁判ではDNA以外の証拠を提出しなければならなくなる。

それで「被疑者がスタンガンを使用した」と言う事実をでっち上げ、無責任な法医学者を使って裁判で偽証させることを検察が思いついたのだろう。

さらに、検察官による強引な取り調べによって犯行を自供させたビデオを見せればいいと考えたに違いない。ビデオは捜査機関で撮られたものなので、検察側が都合のいいところだけを編集することができるのは言うまでもない。全くもって狡猾な逃げ道を作ったものである。

しかし、この粘着テープの検証を行った本田元教授らは、そんな都合のいい鑑定解釈は裁判ではとても認めるわけにはいかないと釘を刺しているのである。実際に一審では宇都宮地裁の裁判官たちが捜査側の都合のいい論理に迎合してしまった。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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