日本が「カルト天国」である理由 、「政治と宗教」癒着の裏に2つの事件
政治「敗戦」という未曽有の混乱の中で、「国家神道」や既存の価値体系が崩れたカオスのような日本社会では、主要な宗教伝統がないことから、雨後の筍の如くさまざまな新興宗教が誕生ないしは復活した。
そうした新興宗教の中で、戦前にルーツを持つ霊友会や立正佼成会、創価学会などが急成長、これら大教団は、過当競争の中で組織の防衛と維持、そして宗教法人非課税などの既得権益を守るために政治権力に接近した。
そうした両者接近のエポックとなった事件を2つ紹介しよう。
第一は霊友会の「赤い羽根共同募金業務上横領事件」である。霊友会は戦後、最初に急成長した教団だが、1949年には小谷喜美会長の下で教団本部がGHQの捜索を受けて金塊とコカインが押収されるなどのスキャンダルを起こし、翌1950年には小谷会長が脱税の捜査を受け麻薬所持で検挙、そして1953年になって、とうとう赤い羽根事件で摘発されるに至った。
事件は会内で集めた共同募金のうち110万円を小谷会長らが横領し、闇ドル入手や宗教法人の認証にからむ贈賄などに使用した容疑。最終的に小谷会長は横領については無罪となったものの、宗教法人の認証に便宜を図ってもらう目的で文部省宗務課長に10万円を送った贈賄と、外国為替管理法違反で、懲役1年、罰金200万円、執行猶予2年の有罪判決を受けた。
これ以後、霊友会は自民党を中心とする保守・右翼政治家との関係を深め、特に石原慎太郎元東京都知事を熱心に支援。石原氏が1968年の参院選で301万票という史上最高の大量得票を得て当選した背景には、霊友会の全面支援があった。
霊友会はその後、複数に分裂するが、今日なお神社本庁など戦前回帰を志向する右翼タカ派的宗教集団が蝟集する日本会議の中核として、右翼タカ派の政治家の支援を担っている。
・立正佼成会「事件」契機の法務委員会決議
第二は立正佼成会の「読売事件」である。その端緒は、立正佼成会が東京都杉並区の本部用地取得に不正があったとして、読売新聞が1956年1月25日付夕刊に「“立正佼成会”幹部を摘発/土地1万坪不法買占め/杉並・区画整理に第2組合作り」との記事を掲載したのを皮切りに、4月末に至るまで立正佼成会の信者に対する人権侵害問題等について激しい批判キャンペーンを展開したことだった。
結果、国会の建設・法務・文教・社会労働の各委員会で立正佼成会問題が俎上にあげられ、庭野日敬会長が4回にわたって衆議院法務委員会に参考人招致され、宗教法人解散を視野に入れた厳しい質問に晒されている。
しかし人権擁護委員会や法務省・検察当局などの調査によっても読売新聞が報じた人権侵害等の事実を立証することができなかったことから、最終的に法務委員会は、
「政府はこの際、立正佼成会はもちろん、いわゆる新興宗教その他宗教団体の不正不法な宗教活動の横行している現状に鑑み、人権擁護の立場から速やかに
(一)布教活動にして、人権の侵害行為または犯罪を構成するものについては、その摘発につとむべきである。
(二)宗教法人法第81条の解散権を発動すべき事由ありや否やにつき、徹底的に調査すべきである。
(三)宗教法人中『認証事項』『役員の欠格条項』『書類の閲覧権、提出権』、第81条解散権発動の前提たる『調査権の整備』『罰則強化』等につき、検討すべきである。
(四)公益代表者にして、宗教法院の解散請求権をもつ検察庁は、宗教法人調査につき適宜の措置を講ずべきである」
との決議を全会一致で可決して、立正佼成会に関する審議を終結した。
読売事件による国会招致以後、立正佼成会も自民党議員を中心にした選挙支援を行なっているが、公明党が結成されて勢力を伸ばしてからは、創価学会に対抗するために新日本宗教団体連合会(新宗連)の組織挙げて自民党を強く支援。しかし自公連立政権発足後は、民主党中心に軸足を移したものの、民主党政権瓦解後は自公政権に批判的な人物を中心としつつ、自民党議員への支援も続けている。
・「集票マシーン」となった宗教団体
霊友会・小谷会長の贈賄・外為法違反での有罪と、立正佼成会に対する国会での追及は、その要因も性質も全く異なるものだった。しかし宗教法人・宗教団体側に公権力に対する畏怖・トラウマを抱かせるには十分だった。
その結果、多くの宗教法人・宗教団体が政権与党・自民党の庇護を求めて膝下に雲集、その支援を行なう集票マシーンと化している。そして自民党や同党所属の各種議員も、神道政治連盟での森喜朗首相の「神の国」発言や、今回の統一教会での萩生田政調会長の「神の国」発言のように、宗教団体におもねる多少のリップサービスは必要とするものの、宗教団体を集票マシーンとして利用することを当たり前とする国民・有権者を愚弄する政治風土を日本社会に蔓延させた。
霊友会・立正佼成会に続いて急成長し、1950年代には新興宗教ナンバー1の座を占めるに至る創価学会も、国家権力に対する予防措置として、反共をもって岸信介元首相に接近し、自民党の保守・タカ派とパイプをつなぐとともに、自前の防波堤として国会・地方議会に議員を送り、1964年には宗教政党として公明党を結成していく。
公明党結党の翌1965年には、立正佼成会の庭野会長が衆院法務委員会に招致され、法務委員会が「いわゆる新興宗教その他宗教団体の不正不法な宗教活動」に関係当局が厳しく対応することを求める決議を採択していることから、公明党は参議院法務委員長ポストを入手。以後、57年にわたって一度も同ポストを他党に譲ることなく今日に至っており、司法に対する影響力を保持し続けている。
そして自民党とのパイプについても、前述の岸、福田赳夫、安倍晋太郎、そして安倍晋三とつながる清和会とのパイプを水面下で維持するとともに、1969年末に勃発したいわゆる「言論出版妨害事件」において、池田大作会長の証人喚問が国会において沸騰すると、佐藤栄作首相と田中角栄自民党幹事長に助力を要請して危機を乗り切り、以後、選挙協力等を通じて田中派(現茂木派)と太いパイプをつないだ。
1999年以降は、自公連立政権を組み、政権の一角を占めることで、国家権力への防波堤としての役割を果たし続けている。それはまた結果的に宗教法人法の改正やカルト対策の阻止、宗教法人非課税の維持などにつながり、「カルト天国」を招く素地となっている。
その最たる事例が、矢野絢也元公明党委員長が著書『乱脈経理』で暴露した、1990年から92年にかけての、国税当局の創価学会への調査を妨害した事実だろう。
税務調査が事実上不発に終わった後、池田名誉会長は、「やはり政権に入らないと駄目だ」と述懐したことを矢野氏は明かしている。また自公連立の動機を矢野氏は、「そもそも連立政権誕生の動機が、税務調査逃れと国税交渉のトラウマにあったことを確認しておく必要がある」と書いている。
立正佼成会の読売事件を契機とした衆院法務委員会での決議に基づくならば、カルト対策の新たな法や制度を待つまでもなく、既存の法律や制度で統一教会による悲惨な霊感商法や巨額献金などの被害を取り締まることは可能だったはず。
だが、統一教会による被害は野放しにされ、あまつさえ正体隠しの名称変更すら、18年にわたって文化庁によって棚晒しされていたにもかかわらず、安倍元首相の側近で、自らも統一教会と濃密な関係にある下村博文文科相によって実行された。
そうした多年にわたる政治と宗教の闇。利害と打算に基づく癒着の一端が、いま明らかとなっている。オウム事件の際、自民党は新進党を結党して政権を奪取しようとした創価学会をこれ幸いと叩きに叩き、宗教法人法改正につなげた。
ところが、創価学会が白旗をあげ、自らの軍門に下るや擁護に舵を切り、かつて問題視していた人権侵害や政教分離に関する議論を封印。逆に自公政権を批判する民主党が政教分離問題を採り上げるや、これを封じて抑え込む役割を果たしている。当然のことながら、事実上不発に終わった税務調査が再度行なわれることもない。
政治と宗教の癒着を解消しなくては議会制民主主義は機能しない。今回の統一教会問題を一過性とせず、政治と宗教の関係改善の端緒とできるか否か、いま日本人の良識が問われている。
(月刊「紙の爆弾」2022年10月号より)
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ジャーナリスト。世界の宗教に精通し、政治とカルト問題にも踏み込む。