編集後記:小田代原の「金屏風」と「貴婦人」

梶山天

11月になると、昨年夏まで約5年間すごした栃木県日光市の素敵な風景を思い出さずにはいられない。冬支度が始まる晩秋の奥日光では、大自然の木々や野鳥たちがそれは鮮やかな風景を演出してくれる。

なかでも小田代原(おだしろがはら)の風景は、絶景で一目見ただけで感動する。シーズン中に全国のカメラマンたちが連日数百人規模で夜明け時の幻想の世界を狙って一斉にシャッターを切る。

当時、私は朝日新聞日光支局長で、毎年この時期だけは午前3時起きだ。300ミリの望遠レンズをつけたカメラを片手にマイカーで現地近くから出ている低公害バスに乗るためのバス発着場所に向かう。

私は長崎県の五島列島出身。東京より北側での勤務は初めてだ。日光に赴任した2016年5月の初日、寒さに耐えきれず住まいに石油ストーブをつけた。これもまた初めての体験だった。しかも寝静まった未明にトタン屋根からドタン、バタンという音で飛び起きた。

地震か、それとも賊の襲撃か。恐る恐る外に出て懐中電灯で屋根を照らすと野生のサルが3匹いた。内心、「とんでもない所に赴任した」と思ったものの「動物たちも歓迎してくれている」とプラス思考に切り替えた。

話を小田代原に戻そう。住めば都で、寒い時期が来ると、厚手の下着に防寒着、マフラー、手袋、ホッカイロ、そしてクマよけの鈴で装備万全だ。

未明の出動は、撮影の勝負時間の夜明け前後に合わせるためだ。午前4時半の始発バスに乗って12分で現地に到着。6時前の夜明け前まで、暗闇の中、ひたすら寒さとの闘いだ。

私も含めてみんなが狙うのは、カラマツ林の「金屏風」とその金屏風群の中央に位置する「貴婦人」の愛称で親しまれる白樺の1本が創り出す絶景だ。

 

さらに夜明け時に下草に凍った霜が白く現れる。この白色が金屏風と貴婦人と絡むと最高の風景になると集まったカメラマンたちはうなる。すぐに解けてしまうのでこの瞬間しか狙えない。雨が降れば最悪だ。だから天気予報は欠かせない。特に山は天候が変わりやすく、その瞬間まで撮影できるという保証はないのだ。

暗闇状態の空が明るくなってくるとカメラマンたちが一斉にレンズに釘づけになる。程よい寒さで下草に霜が降りた。願いが叶ったその瞬間が訪れた。一斉にカメラのシャッターを切る音が草原に鳴り響いた。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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