【特集】ウクライナ危機の本質と背景

現代の戦争と核兵器

安斎育郎

●ウクライナ戦争で想起したキューバ危機

2022年2月24日にウクライナを舞台とする戦争(以下、「ウクライナ戦争」と呼びます)が起こり、ロシアのプーチン大統領が「核兵器による威嚇」の問題に触れたとき、私は1962年のキューバ危機を思い起こしました。

キューバ危機は、旧ソ連がキューバにミサイル基地を建設して、米ソ対決が崖っぷちまで行った事件です。キューバへのソ連のミサイル基地建設にアメリカが国家安全保障上の危機を感じてあわや核対決という事態にまで進んだことからすれば、ロシアと国境を接するウクライナが NATO(北大西洋条約機構)に入って米軍の核基地など が建設される恐れがあるとなれば、ロシアが国家安全保障上の危機だと感じるのは理由のあることです。私は直感的に、「ウクライナ戦争」はある意味では「米ロ対決の新しいキューバ危機」だと直感しました。

日本は、あのキューバ危機の時、核戦争一歩手前の体験をしました。舞台は沖縄です。当時沖縄はまだ日本に返還されておらず、アメリカの施政下にありましたが、キューバ危機のさなかの1962年10月28日、嘉手納のミサイル管理センターから読谷村のメースB核巡航ミサイル発射基地に「4発の核巡航ミサイルを発射せよ」という核ミサイル 発射命令が届いたのです。

ミサイル発射命令は、技師、副官、発射指揮官の順で暗号がチェックされるのですが、各自に予め与えられていた暗号とすべて一致し、暗号確認を通過してしまいました。しかし、最後に核攻撃の標的情報を読み上げた段階で、1基だけがソ連向けで残りの3基が別の国向けだったことに指揮官が不審を抱き、嘉手納のミサイル管理センターに照会して誤報であることがわかり、かろうじて核兵器の発射は回避されました。

同じ頃、アメリカ海軍の艦隊が、キューバ近くのサルガッソ海でソ連の潜水艦B59を見つけ、演習用の爆雷(水上艦艇や航空機から海中に投下して、潜航中の潜水艦を攻撃する兵器)を投下して爆発による信号で B59に「もう発見したから海上に浮上せよ」という信号を送りました 。

しかし、B59 の方は これを アメリカ 側からの攻撃と 考え、 爆雷 の攻撃 から逃れるため に 深度を下げ ました。深く潜ると 電波の受信が困難になって情報が遮断され、B59は「米ソが開戦したのかどうか」を知ることも不可能になりました。

こうした事態のもとでB59の艦長は「米ソが開戦した」と判断し、核魚雷(水中を航行し、目標の艦船類を爆発によって破壊することを目的とした核兵器)を発射する意思を固めました。

核魚雷の発射には3人の士官(艦長、政治将校、副艦長)の全員一致の承認が必要でしたが、この決定をめぐって3人の間で口論となり、ヴァシーリイ・アルヒーポフ副館長だけが発射を拒否、熱くなっていた館長を説得してかろうじて核魚雷発射を回避しました。

40年後の2002年、マクナマラ米元国防長官は、「当時のわれわれの認識以上にわれわれは核戦争に近づいていた」と語りました 。これらの事件は、核大国が軍事的に対決すると核兵器使用の危険が現実にあり得ることを示しており、ウクライナ戦争でも、ロシアのプーチン大統領が 2022年2月27日に核戦力部隊を「特別の臨戦態勢」に置いた決定は大変危険なものでした。

●核兵器と通常兵器との違い

ところで、核兵器と通常兵器は何が根本的に違うのでしょうか。核兵器には「原爆」と「水爆」がありますが、原理的には前者が「核分裂反応」を、後者が「核融合反応」を利用したもので、「核エネルギー」を利用している点では同じです。

核エネルギーは1905年にアルバート・アインシュタインが発見したもので、それまで人類が利用していた化学エネルギーとは全く異なる新次元のエネルギーでした。アインシュタインによれば「質量」は実は「エネルギーの塊」であって、1グラムの質量(1円玉の質量)をエネルギーに変えると長崎原爆のエネルギー(22キロトン)に相当するというのです。

これは、1グラムの高性能爆薬が爆発した時のエネルギーの220億倍に当たります。「キロトン」という単位は、トリニトロトルエン(TNT)という高性能爆薬1000トン(4トン積みトラック250台分)が爆発した時のエネルギーのことで、核兵器の爆発力は余りに大きいので、この単位が使われます。

1954年3月1日にアメリカが中部太平洋のビキニ環礁で実験した「ブラボー」という名の水爆の威力は15,000キロトンでしたが、これは、第2次世界大戦(1939年~1945年)で使われたすべての銃弾・砲弾・爆弾の爆発威力の総合計の5倍、つまり、第2次世界大戦5回分に当たりました。

質量をエネルギーに変える反応は「化学反応」ではなく「核反応」と言われ、それには原爆の原理である「核分裂反応」と、水爆の原理である「核融合反応」とがあります。

前者はウランやプルトニウムという重い物質に中性子と呼ばれる電気的に中性の粒子を当てるとウランやプルトニウムの原子核が割れて(分裂して)、そのとき質量の一部がエネルギーに変わる現象で、後者は水素という軽い原子を超高温状態にすると互いに融合し合って、そのとき質量の一部がエネルギーに変わる現象です。

水素原子が互いに融合する程の超高温状態にするためには原爆が使われますので、水爆の中には原爆が入っています。核分裂反応を「爆発的に」ではなく「ゆっくり」起こさせるのが原子力発電(原発)で、核融合反応がこの瞬間にも起こり続けてエネルギーを生み出しているのが太陽です。

私は最近『戦争と科学者─知的探求心と非人道性との葛藤』(かもがわ出版)という本を書きましたが、その中で特殊な水爆である「中性子爆弾」を開発したサミュエル・コーエンという科学者も紹介しました。

普通の原爆や水爆は爆発に伴って放出される爆風や熱戦で破壊と殺戮を行なうのですが、中性子爆弾は爆風や熱戦を出来るだけ抑え、中性子線をはじめとする放射線を大量に放出して人間を殺します。

サミュエル・コーエンは、「中性子爆弾は爆風によって手足をもぎ取る訳でもなく、熱線によってケロイドの痕を遺す訳でもなく、放射線によって静かに敵兵を殺すだけだから『人道的な兵器』だ」と言ったと伝えられますが、どう思いますか。現代の戦争で核兵器が使われることになれば、原爆や水爆によって広島・長崎の核の惨禍とは桁違いの核地獄がもたらされるでしょう。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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