【特集】砂川闘争の過去と現在

砂川最高裁判決の黒い霧に挑む国賠訴訟(下)

吉田敏浩

・米軍優先の背後に砂川最高裁判決の「呪縛」

砂川最高裁判決をめぐるこの国賠訴訟は、最高裁長官という司法の最高責任者だった人物の、裁判官としての公平性と独立性が問われている大問題である。裁判所は政権の顔色をうかがうような政治的配慮・判断におちいらず、三権分立の一角を担う司法への信頼性を回復させる審理と判決を目指すべきだ。

また、問題はそれだけではない。米軍用地の強制使用の取り消しや米軍機の騒音公害をめぐり飛行差し止めを求める訴訟などで、砂川最高裁判決の「駐留米軍は違憲ではない」を前提に、高度な政治性を持つ安保条約が違憲か合憲かは司法審査権の範囲外という、「統治行為論」を用いた判決で訴えを退けるケースがみられる。砂川最高裁判決の判例が下級審の裁判所に強い影響力を及ぼし、いわば縛りをかける効果をもたらしている。「統治行為論」は元々、砂川裁判で検察側が主張していたもので、政府の見解を反映している。

Court sign

 

また米軍機の飛行差し止め訴訟では、裁判所が「日本政府は米軍の飛行場の管理運営、活動を制限できない」として、差し止め請求を棄却している。その背景には、米軍に日本の指揮管理権は及ばないとした砂川最高裁判決の影響もあると思われる。

このように、米軍の基地運営と軍事活動により人権侵害が起きていても、裁判所が歯止めをかけていない現実の背後に、砂川最高裁判決のいわば「呪縛」が控えている。

しかし、砂川最高裁判決には根本的な矛盾がある。「安保条約は一見極めて明白に違憲無効と認められない限りは裁判所の司法審査権の範囲外」としながらも、一方で「駐留米軍は憲法9条が禁じた戦力には該当しない」、「米軍の駐留は憲法の前文や9条などに適合こそすれ、一見極めて明白に違憲無効とは認められない」として、憲法に適合すなわち合憲の判断をした。

米軍駐留の法的根拠は安保条約なのだから、本来切り離して判断できるものではない。安保条約を「司法審査権の範囲外」とした以上、米軍の駐留も同様に「範囲外」とすべきなのである。ところが、米軍の駐留については司法審査権を行使して、「憲法の前文や9条などに適合」すると判断している。ご都合主義的な使い分けだ。

そして、自らの矛盾は棚に上げておいて、「伊達判決」が米軍の駐留を違憲としたのは、司法審査権の範囲を逸脱し誤っており、米軍駐留違憲を前提に刑特法を違憲無効としたのも誤りだとして、同判決を破棄した。

なぜこんな矛盾が生じたのか。それは、安保条約が違憲か合憲かの判断を避けたように見せかけながら、「伊達判決」をくつがえして、駐留米軍には合憲性のお墨付きを与えたいという考え、政治的配慮が、田中耕太郎長官ら最高裁の裁判官たちにあったからではないか。そして、それは日米両政府と米軍の望むところでもあった。

「安保法体系」(安保条約―地位協定―安保特例法・特別法)と「憲法体系」(憲法―法律―政令など)が対立するという戦後日本の「二つの法体系」論を唱えた憲法学者の長谷川正安は、この判決の矛盾の背後に、「田中耕太郎を長官とする最高裁に、安保改定交渉についての政治的考慮があった」と推測し、憲法9条の「戦力」について「政府に追随する解釈をほどこし、駐留米軍の合憲性を認めている」判決は、極めて政治的なものだと批判している(『憲法現代史』下、日本評論社、1981年)。

そして長谷川は、この政治的な判決により駐留米軍は正当化され、その結果、米軍の駐留の法的根拠「安保条約は違憲ではなくなるし、国会の承認をえていない行政協定も、基地に特別の法益をみとめる刑事特別法も合憲ということになる」と指摘する(『日本の憲法・第二版』、岩波新書、1977年)。

米軍の日本における権利・法的地位を定めた行政協定(現地位協定)も、米軍の特別の法益を認める安保特例法・特別法のひとつである刑特法も、「安保法体系」に連なる。つまり砂川最高裁判決は「安保法体系」による米軍の基地運営と軍事活動の特権を保障するものとなった。そして、安保条約を「司法審査権の範囲外」とした結果、「安保法体系」による米軍の特権を、裁判所が「憲法体系」によって制約するのを困難とする状況をつくりだすことになった。

 

・砂川最高裁判決の「呪縛」を解かんとする意義

砂川最高裁判決が安保条約をも違憲ではないとしたかどうかについては、別の見方もある。ただ、いずれにしても日本政府は安保条約と米軍の駐留の合憲性を前提として、米軍基地を受け入れ、地位協定や安保特例法・特別法による米軍の特権を認めているのが現実だ。同判決は、「日米安保条約は高度の政治性を有し、違憲か合憲かは条約の締結権を持つ内閣と承認権を持つ国会の判断に従うべきだ」という「統治行為論」を持ち出すことで、憲法にもとづく裁判所の違憲審査権と三権分立の機能を放棄し、結局は政府による既成事実を追認している。

その結果、米軍の基地運営と軍事活動による人権侵害が起きていても、裁判所が違憲審査権を行使して、憲法にもとづく人権を保障する、人権侵害の被害を救済するといった、三権分立の機能を果たさない不当な状況がもたらされている。米軍優位の不平等な地位協定を中心とする「安保法体系」に歯止めがかけられないでいる。

このような砂川最高裁判決のいわば「呪縛」を解かんとする歴史的意義、使命を砂川国賠訴訟は担っているといえよう。もしも国家賠償請求が認められれば、砂川最高裁判決が憲法の保障する公平な裁判所による判決ではなかったこと、つまり違憲の判決だったことが、司法の場で明らかになる。当然、その効力も失うことになり、同判決に依拠した「統治行為論」や米軍に日本の指揮管理権は及ばないので規制できないという論理に、裁判所は縛られることもなくなる。米軍がらみの裁判で三権分立の機能を果たせるようになるだろう。

また、砂川国賠訴訟の結果がどうあれ、そもそも強い影響力を持つ最高裁判例といえども、絶対的な拘束力を持つわけではない。憲法76条「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」とあるように、裁判官が拘束されるのは憲法と法律だけである。当然、「憲法体系」にもとづき最高裁判例を覆す判決もなし得るのである。

Computer generated 3D illustration with a Courtroom

 

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吉田敏浩 吉田敏浩

1957年生まれ。ジャーナリスト。著書に『「日米合同委員会」の研究』『追跡!謎の日米合同委員会』『横田空域』『密約・日米地位協定と米兵犯罪』『日米戦争同盟』『日米安保と砂川判決の黒い霧』など。

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