【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第51回 エピローグ:裁判ではなく、噓付き大会(完)

梶山天

下校中の栃木県今市(現日光)市立大沢小1年の吉田有希ちゃん(7)を連れ去り、殺害したとして千葉刑務所に収監された勝又拓哉受刑者(40)の無実を証明する証拠が、実は最初から存在していたのである。

遺体で発見された有希ちゃんの右頭部から押収された布製粘着テープ(幅約5㌢、長さ約5・5㌢)を、ISF独立言論フォーラム副編集長の梶山天らが検証したところ、勝又受刑者とは別人のDNA型の存在が判明した。

真犯人のDNA型が検出されていたのに一連の今市事件裁判では隠されていたのだ。真犯人が有希ちゃんの遺体を捨てる際に闇夜の中で剥がし損じたテープの断片だ。しかも勝又受刑者のDNA型が全く検出されていなかった。

 

捜査機関による冤罪を防ぐ最後の砦は、何をかいわんや裁判所だ。一連の裁判では、殺害場所と犯行日時が未だに特定されていない。

勝又受刑者が犯人であるならば、「ここで殺した」と示し、殺害場所は特定される。特定がされていないのに、どうして勝又受刑者が犯人と証明できるのか。裁判に携わった裁判官たちが審理を通して導いた判決の証拠は何だったのだろうか。

display for Local court of chiba prefecture

 

裁判は審理そのものの基本を欠き、犯人でない人が刑務所にいる。こんなことがまかり通っていいのか。多くの人々は、一連の審理を「裁判」とは呼ばない。梶山はこう呼んでいる。真実の改ざんと偽証まみれの「嘘つき大会」。

梶山天ISF副編集長

 

宇都宮地検が裁判員裁判だった一審の宇都宮地裁(松原里美裁判長)の法廷で明らかにした栃木県警科捜研による粘着テープの鑑定は、計3回行われていた。

①遺体発見直後の2005年12月7日からで、有希ちゃんのみのDNA型検出、②13年8月20日から、そして、③翌14年3月11日からとその2回は、いずれも有希ちゃんのDNA型のほかに科捜研の仁平裕久技官と圓城寺仁技官の2人DNA型のコンタミネーション(汚染)で、犯人追及は難しいと説明した。

真犯人のDNA型には一審で一切触れていない。これは鑑定結果の犯人由来の型の隠ぺい、又は、改竄(かいざん)という重罪に値する。これが裁判の流れを変えてしまった。

法廷では鑑定は3回分しか提出されていないが、実際には数十回行われていた。問題なのは鑑定結果を裏付ける解析データであるエレクトロフェログラムなどが提出されておらず、裁判所は確認もせずに検察側の説明を鵜吞みにした。この事件で唯一犯人特定の証拠を葬った。

そのエレクトロフェログラムなどを弁護団が情報開示で入手できたのは控訴審の中盤だ。梶山は、筑波大学法医学教室の本田克也元教授と徳島県警科捜研に31年間従事した徳島文理大学大学院の藤田義彦元教授に、エレクトロフェログラムなどの検証を依頼した。その結果、真犯人のDNA型の存在が判明した。

梶山は検証結果の公平性を担保するために科捜研関係者を検証人に含めた。

有希ちゃんの右頭部から押収された布製粘着テープは、茨城県警大宮署で有希ちゃんの遺体の検視した際、立ち会った栃木県警の幹部が強引に持ち帰ったのである。

本来なら翌日に遺体を司法解剖した本田元教授の許可が必要になるが、持ち帰ってしまったため本田元教授に裁判が始まる直前まで粘着テープのDNA型の存在が知らされることはなかった。

一連の裁判の中で山場となるのは、裁判員制度の対象となる事件は必ず裁判所、検察、弁護人で行われる公判前整理手続きだった。この整理手続きは、充実した公判の審理を計画的かつ迅速に行うために、公判が始まる前に事件の争点及び証拠の整理を行う。

裁判における検察の動向を見ると、その整理手続きで検察側は裁判官たちがDNA型鑑定などを余り熟知していないことに気づいた。さらに弁護団が刑事事件に不慣れなことを悟り、証拠などを小出しにして騙せると思ったに違いない。

一審の弁護人たちは本田元教授に会う前までは勝又受刑者が殺害にかかわっていると思いこんでいたのは事実である。控訴審が違法と断罪した録音録画公開は鋭い弁護士ならば「都合のいい一部は平等さを欠く」と猛反対して出させなかったはずだ。

現に取調官が勝又受刑者に暴行を加え、医師に治療を受けた映像などは公開されていない。取り調べでは何が起こるかわからないことを熟知している警察・検察が録音・録画しないということはないことを冤罪「足利事件」で学んだはずである。

今市事件の裁判は、最初からおかしかった。証拠としてあるのは唯一、捜査段階で作られた殺害を認める供述調書のみで、犯行に使った刃物やスタンガン、遺体から剥がした粘着テープ、有希ちゃんの衣類やランドセルなど遺留品も含めて証拠が何ひとつ見つかっていない。

一審の裁判が始まった途端に勝又受刑者は、否認に転じた。しかし、裁判所は証拠がなくても、無期懲役の有罪判決を下した。

judge

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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