権力者たちのバトルロイヤル:第41回 もう一人の『エリザベス』
国際・イギリス3枚舌外交
先にも説明したが、今回のウクライナ戦争はイギリス復活に向けた最高の好機といっていい。その理由をもう少し詳しく説明したい。
そもそも北海油田は「冷戦」が前提の石油ビジネスだった。巨大な海上プラットフォームの必要な海底油田である以上、その生産は当然のことながら他の油田より高コストとなる。しかし冷戦下では、西ヨーロッパに安定して供給可能な北海油田は戦略上、不可欠なものだ。
イギリスはアメリカに次ぐ西側第2位の核戦力を持っている。北海(バルト海)に戦術核兵器を積み込んだ戦略原潜を配備し、旧ソ連の脅威に対して北海油田の安全を保障することで西側ヨーロッパにおける主導的な立場を保ってきたといえよう。
ところがソ連の崩壊で冷戦が終結すれば、高コストな北海油田と原発ビジネスは一気に不良債権化する。
実際、北海油田稼働後、ロシアを除く欧州第2位の産油国であったイギリスは2000年代に入ると純輸入国に転落しただけでなく、2020年代以降、イギリス管理の油田の大半は操業するほど赤字となる試算まで出て、近年、見つかった4億バレルの埋蔵量が見込まれていた最大の油田(ブザード油田)ですら、採算が見込めず採掘が不可能となっていたぐらいなのだ。
イギリスの原発産業にせよ、そのベースはアメリカに依存しない「核戦力」の維持と新技術の開発であり、無駄に高コストな英国製原発そのものに国際競争力はなかった。
こうして冷戦終結で英国の国力と国際プレゼンスが低下する一方、冷戦終結の恩恵を最大限に受けてきたのがドイツだった。東西ドイツの統一だけではない。民主化したロシアは石油のみならず、プーチンが指導者となった2000年代に入るとパイプライン(ノルドストリーム)を通じて世界最大の埋蔵量を誇るロシア産天然ガスを大量かつ安価に供給開始する。
2005年、ドイツ首相となったアンゲラ・メルケルは、そのロシア産天然ガスを全面的に受け入れてきた。メルケル時代、ドイツが輸出で「一人勝ち」状態になったのは、安価なロシア産天然ガスが使い放題となったからなのだ。
最先端の生産には莫大なエネルギーがかかる。それが安くなれば、その分、国際競争力が増す。しかもロシア=プーチンはユーロ決済を認めていたために、ドイツがいくら輸出してもエネルギー購入で相殺され、ユーロは安定する。2016年、イギリスがEUを離脱した背景には「ドイツ帝国」化したEUに耐えられなかった、という指摘もあるぐらいだ。
事実、イギリスにとって最大の仮想敵国は、今も昔も「ドイツ」。二度の世界大戦でもドイツと戦った反面、逆にロシア(ソ連)とは同盟関係にあった。イギリスにとってロシアとは、ドイツを倒すための「道具」とわかるだろう。
その視点に立てば、この戦争におけるイギリスの目的も見えてくる。
そう、ロシアと「プロレス」をしながら冷戦状態を作り上げ、「EUの盟主」となったドイツを徹底的に弱体化させるのが、トラスの目標ではないか、と推察できるのだ。
そう考えれば、トラスの「ロシアをソ連時代に戻す」という“タカ派”発言も意味深に思えてこよう。欧州全体を冷戦時代に戻せば、ウラジーミル・プーチンにとってもウクライナなどの旧構成国家、旧東側国家を再び衛星国に戻す、悪くない話となる。
「ソ連時代に戻す」という密約を元にしたイギリスとロシア主導の「冷戦」が、これから始まろうとしているのではないか。
高校の世界史で学ぶ「イギリス三枚舌外交」は健在といわざるをえまい。その3枚舌の1枚は「女王の死」という気がしてならないのだ。
さて、本稿を執筆したのは9月23日。そのため、直後に起こった「リズ・トラス退陣」に対応できていない。ISFでの配信を受け、一部、修正と捕捉を加えたい。
周知の通り、富裕層の減税、さらに市場最安値のポンド安の時期に年金基金(国債)の売却によって巨額損失を出したトラス政権は10月を待たずに崩壊、主要閣僚の離反と7%台まで落ち込んだ支持率によってリズ・トラスは英国憲政史上最短となる在位45日で退陣、ボリス・ジョンソンも再登板をしなかった結果、10月25日、元財務大臣のリシ・スナク政権が誕生した。
しかし、非アングロサクソン系であるスナクの支持は低く、多くの世論調査でも保守党は次の選挙で壊滅的な打撃を受け、労働党へ政権交代することが確実視されている。
とはいえ、本稿で述べた「ドイツ弱体化」と「ロシアのエネルギー締め出し」の政策は労働党政権でも継続するのは間違いあるまい。イギリスの選択肢は、これ以外、取れなくなっているからだ。むしろ英国政界の混乱でロシアの“暴走”は、いっそう加速していくだろう。
事実、トラス政権が混乱したとたん、プーチン大統領は「核の使用」に強く言及するようになった。ロシアが暴走すれば、当然、EUはロシアと妥協ができなくなる。
否が応でもロシアとの対決とロシアへの締め出しは強まる。その意味でいえば、リズ・トラスは、ロシアの暴走を誘因するのが役割だったのかと思えてくるほどだ。
12月8日、リズ・トラスの自伝が発売予定だった。タイトルは「OUT OF BLUE」。日本語に訳せば「青天の霹靂」。わずか45日での退陣という、イギリス国民ならずともヨーロッパにとって、いや、西側諸国にとってのこの「青天の霹靂」は、いったい、何をもたらすのか。以降、この連載で述べていきたい。
(月刊「紙の爆弾」2022年11月号より)
〇ISF主催トーク茶話会(12月25日):望月衣塑子さんを囲んでのトーク茶話会のご案内
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1968年、広島県出身。フリージャーナリスト。