世界を裏から見てみよう第92回: 山本五十六はルーズベルトに騙された?

マッド・アマノ

・歴史上の「英雄」がハンサムなわけ

NHKは21年12月30日に、「太平洋戦争80年・特集ドラマ」として、「倫敦ノ山本五十六」を放送した。締切後の放送なので、当然観てはいないのだが、あえて採り上げるには理由がある。NHKは近代の〝英雄〟もよくドラマ化するが、そのほとんどが、イメージ操作されている。まず、主役が本物とは似ても似つかない長身でハンサムな俳優ばかり。

12年の「負けて、勝つ~戦後を創った男・吉田茂~」では、吉田茂を渡辺謙が演じた。吉田の身長155㌢に対して、渡辺は184㌢。昨年の大河ドラマ「青天を衝け」で渋沢栄一を演じた吉沢亮は、身長こそ171㌢と長身ではないが、めちゃくちゃイケメンだ。渋沢の、いかにもオッチャンな顔立ちは、お世辞にも〝いい男〟とは言い難い。人を容姿で優劣を付けることはこのご時世、決して許されないが、それならハンサムガイをやめて、本人に近い俳優を起用すべきだと思う。

おっと、そういえばテレビ東京の「アメリカに負けなかった男~バカヤロー総理吉田茂~」(20年)では、笑福亭鶴瓶が吉田を演じていた。こちらは逆に、吉田本人の品の良さが消え、しかも鶴瓶のだみ声でオモロイ姿ばかりがダブってしまい、これでよく「アメリカに負けなかった男」などと言ったもんだと突っ込みたくなった。

さて、なぜ容姿にこだわるかといえば、視聴者が歴史的主人公の本質を見失う危険性があるからだ。作り手の放送局、あるいは時の政権が、彼らに都合のいい歴史的解釈を刷り込もうとしているという点にこそ着目すべきなのだ。

さて、本題の「倫敦ノ山本五十六」だが、若い人たちはもう「五十六」が読めず、「ゴジュウロク」と読むらしい。そういえば、知人の20代後半の映像作家が「ケネディ大統領の顔が思い浮かばない」と言っていたのを思い出す。

・山本五十六の苦悶

「倫敦ノ山本五十六」の山本役は、元ジャニーズの香取慎吾だ。香取の身長は183㌢。山本は160㌢。ただし、当時の平均身長と比べれば、決して小柄ではなかった。NHKのサイトによれば「80年の眠りから覚めた、海軍の極秘文書」が重要な資料となっているという。海軍内の限られた人間だけが閲覧を許されるもので、発掘したのは近現代軍事史の権威・田中宏巳氏(防衛大学校名誉教授)。ある海軍幹部の遺族の元で保管されていたのを譲り受けたのだそうだ。

資料を読み解くなかで明らかになったのが、山本が携わった外交交渉の舞台裏だった。1934年、ロンドンで行なわれた軍縮会議の予備交渉だ。当時、世界では第一次世界大戦の反省から、5カ国が保有する軍艦の数を制限する条約を締結していたが、この予備交渉が不調に終わったために、日本は36年1月に脱退、すでに33年に国際連盟を脱退しており、無条約時代に突入する。

今回見つかった資料には、山本がどんな言葉で交渉を進めたのか、つぶさに記されていた。山本はアメリカやイギリスに対してあわよくば妥協案を出して歩み寄ろうとしていたようで、これは海軍の方針とは異なるものだったとされる。

このドラマの最も重要な部分は、遺族の元に残されていた、山本の手書きメモにある。「備忘録」と書かれた10頁ほどのもので、山本が交渉に臨むにあたって心に決めた七つのことが列挙されていた。「日本の根本主張は曲げない」。しかし同時に「できる限り協調する」。最後に心構えとして「自分の責任感」と記されている。

結局、日本は2年後、正式に軍縮体制から脱退し、国際的孤立を深めるわけだが、ロンドンから帰国、東京駅に降り立った山本を、群衆は日の丸を掲げて「万歳三唱」で称えている。「英米に堂々と立ち向かった英雄」となったわけだ。

出世街道を進んだ山本は、海軍次官として日独伊三国同盟に最後まで反対した。その意思に反して1940年に三国同盟は締結。日本は英米を敵に回すことになる。真珠湾攻撃を指揮したことで、山本はアメリカから「ヒットラーに匹敵する悪魔」と呼ばれた。南洋の戦線基地を視察していた山本の偵察機が米軍に撃墜されて死亡。開戦の1年4カ月後だった。

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日本では数少ないパロディスト(風刺アーティスト)の一人。小泉政権の自民党(2005年参議院選)ポスターを茶化したことに対して安倍晋三幹事長(当時)から内容証明付きの「通告書」が送付され、恫喝を受けた。以後、安倍政権の言論弾圧は目に余るものがあることは周知の通り。風刺による権力批判の手を緩めずパロディの毒饅頭を作り続ける意志は固い。

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