【特集】日本の安保政策の大転換を問うー安保三文書問題を中心にー

戦争へのハードルが低くなっていないか

林田英明

・「敵基地攻撃能力」への賛否

岸田政権の支持率が急落している。旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)との密着ぶりが安倍晋三元首相銃撃事件以後明らかになるにつれ、自民党を率いる岸田文雄首相に対する各社世論調査は、軒並み否定的な市民感情を映し出す。

共同通信が10月8、9両日に実施した結果は35.0%。毎日新聞の同22、23両日の世論調査に至っては27%という低落ぶりである。原油高に伴う生活必需品の値上げラッシュも影響しているとはいえ、安倍氏国葬への賛否が逆転して「評価しない」が6割を超す事態を鑑みれば、現政権に対して「どこを向いて政治を行っているのか」という不満が爆発寸前だといえよう。

だが、この共同通信の電話世論調査で私が最も気になる項目はそこではない。「敵基地攻撃能力」の保有に関する質問である。敵基地攻撃能力とは、外国からミサイル攻撃を受ける前に相手国の発射基地などを攻撃する能力を指す。

見出しに取ってはいないが、保有賛成53.5%、反対36.9%と、賛成が過半数を占めている。付随して、防衛費を「大幅に増やすべきだ」「ある程度増やすべきだ」が合わせて56.3%と、比例した賛同を得ている。「ある程度減らすべきだ」「大幅に減らすべきだ」は合わせて9.8%でしかない。

これは、近年の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発と度重なる弾道ミサイル発射や中国の台頭への危機感の反映とみていいだろう。

・攻撃型無人機やトマホークも

それに加えて、ロシアが2月に始めたウクライナ侵攻が防衛族を勢いづかせる。敵の射程圏外から相手を攻撃できる「スタンドオフ防衛能力」や無人機を使った「無人アセット防衛能力」などで構成される「防衛力整備の7つの柱」を表に出してきた。

スタンドオフミサイルとして、射程が1000キロメートルを超える米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入も選択肢の一つ。自民党の新藤義孝政調会長代行は「(相手国の)脅威が上回っているなら自国防衛に必要」と賛意を示している。

偵察用無人機をすでに保有している防衛省は、これから攻撃型無人機の導入をうかがう。離島や沿岸部の防衛力強化を眼目にしているから、まずは南西諸島に配備するつもりだろう。ウクライナは対ロシア用にトルコ製「バイラクタルTB2」を投入し、誘導弾として実戦に使っている。

新しいプラモデルを次々にねだる子どものように、人を大量に殺すための道具を防衛族は欲しがっているように見えてしまうが、トマホーク1発の値段は1億~2億円といわれる。イージス艦に装備するなら改修も必要。年収200万円台で明日の食費の心配をしなければならない市民生活を送る者とは無縁の世界がパラレルワールドとして存在する。北朝鮮や中国は、探知が困難な移動式発射台や潜水艦からのミサイル発射能力を有する。トマホークなど無用の長物である。

・5年後には11兆円の防衛費

確かに、異例の3期目に入った習近平独裁政権の中国の動向は気にかかるだろう。香港の民主制は瞬く間に圧殺された。「台湾統一」も国家目標として捨ててはいない。

1972年の国交正常化時は国内総生産(GDP)が日本の3分の1でしかなかった中国が、2010年には日本を追い抜き、今や日本の4倍近くに成長した世界第2位の経済大国となったため、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代を知る日本人の中には屈折した感情を押し殺した者も少なくないかもしれない。

しかし、日中の貿易総額が過去30年で10倍に広がり、昨年は約38兆円と過去最高を記録したように、経済関係を容易に断ち切るわけにもいかないし、お互い、引っ越しできない隣国であるなら、間合いを計りつつ上手に付き合うしかあるまい。

前述したトマホークは、北朝鮮だけでなく中国の主要都市も射程内に入る。導入は、専守防衛の概念から離れた危険なサインを中国に送ることになる。

北大西洋条約機構(NATO)が加盟国に2024年までの達成を課しているのがGDP比2%以上の防衛費。その数字をこれ幸いと利用して「5年以内に抜本的に強化する」方針を岸田政権が認めているため、5年後には約11兆円の防衛費が見込まれる。

しかし、現時点ですでに日本の防衛費は1.24%に値するとの試算もある。NATOの国防費には退役軍人の年金、日本の海上保安庁に相当する沿岸警備隊の経費、国連平和維持活動(PKO)の拠出金が含まれるからだ。東京新聞の今年1月の報道によれば、こうした経費と補正予算を上乗せするとその数字になるという。

数年後、日本は名実とも世界第3位の軍事大国と化す。だが、武力による強国化で安心感を得られる日は永遠に来ない。こちらが用意すれば、相手も対応する。その繰り返し。兵器はスクラップ・アンド・ビルドされ、無駄の筆頭となり、もし〝有効〟に使われた場合は、物を破壊し、人を殺傷する。相手の恨みを買うだけだ。

安倍氏は生前、「日本を、取り戻す」をキャッチフレーズに現憲法を「みっともない憲法ですよ」と腐して「戦後レジームからの脱却」を唱えた。

だがこれは、郷愁としての大日本帝国憲法回帰でしかなく、人類の理想を鼻で笑う進歩なき俗物であることを明言したにすぎない。世界最大の帝国と2番目の強大国の米中に負けず劣らず防衛費を増やし続けて招来する国民窮乏こそ国力を損なうのではないのか。

ところが、「強さ」をはき違えた偽りの安心感に国民は一時的に酔ってしまう。大谷翔平選手が米大リーグで超人の活躍を見せると、なぜか日本人としての誇りを抱いてしまう錯覚に似ている。

 

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林田英明 林田英明

1959年、北九州市生まれ。明治大学文学部卒業。毎日新聞校閲センター大阪グループ在勤。単著に『戦争への抵抗力を培うために』(2008年、青雲印刷)、『それでもあなたは原発なのか』(2014年、南方新社)。共著に『不良老人伝』(2008年、東海大学出版会)ほか。

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