【特集】日本の安保政策の大転換を問うー安保三文書問題を中心にー

戦争へのハードルが低くなっていないか

林田英明

・ウクライナにおける代理戦争

習氏を筆頭とする最高指導部の動向には注意を払う必要はあるだろう。2024年の台湾総統選の結果次第では、台湾海峡の情勢に波が立つ可能性もある。習氏に意見を申し立てる指導部の人間はいないから暴走する恐れもなくはない。

押さえておくべきは、台湾有事となっただけでは安全保障関連法における存立危機事態にはならないということだ。日本は台湾を「国」として認めていないので、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」に該当しない。

しかし、台湾の優良な半導体メーカーを守ろうと米軍が参戦した場合は、被害が出た時点で存立危機事態となり、自衛隊が巻き込まれる有事に発展しかねない。在日米軍基地ならびに自衛隊基地も当然、攻撃対象とされる。

そうしたシナリオを分かったうえで冒頭の世論調査で「敵基地攻撃能力」保有へ賛成した人は少ないかもしれない。しかし「反撃能力」と名称を変えても相手ミサイルの発射拠点をたたくという意思に変わりはない。相手が黙ってしまうと誰が保証するのだろう。「賛成」するということは、その結果を受け入れることを意味する。覚悟はあるのか。

ウクライナ侵攻に伴う今回の戦争で米国の目的をオースティン国防長官は「ロシアを敗北(戦略的に弱体化)させること」と公言している。つまり、米国の練られた戦略の一つがウクライナにおけるこの代理戦争である。同じことがアジアでも取られることは当然、予想されよう。

米バイデン政権は、国家安全保障戦略(NSS)の中で中国を「国際秩序を変える意図と能力を備えた唯一の競争相手」と定義した。米国に対抗する中国を弱体化させるにはどうするか。アジア人同士を戦わせるに限る。

ウクライナに米欧は高性能の兵器を提供し続けており、ポーランドなどの武器供給地点が今後ロシアの攻撃対象になりかねない。自分の手は汚さず、わが身の実害もなく目的を達成する。軍産複合体も潤う。

・戦争の実相知らぬ少年の暴言

今年6月の西日本新聞「風向計」に気になる出来事が書かれていた。その前月の福岡県行橋市であった安全保障関連法廃止のデモで、沿道から中学3年生くらいの少年が十数人のデモを揶揄したあげく、「戦争になれば銃を取るのか」と問いかけられると「取る。ウクライナのようになれば銃を撃つ」と言い放ち、「30年後にはおまえらみんな死んでるぞ」と捨てぜりふを残して去ったというのだ。

少年は、戦争の実相を知らないし、教えられてもいない。表向き「勇猛果敢」の陰で旧日本兵の二等兵がいじめ抜かれた階級社会の恐ろしさなど分からない。美化されがちな破滅の特攻作戦に出撃する隊員には覚醒剤「ヒロポン」入りのチョコレートが与えられたといわれる。

ベトナム戦争で米兵は、戦場に向かう際はコカインを含んだのと同様、高揚させ理性を失わせるために軍隊はあらゆる手を使って人殺しの命令を下す。

戦場を体験した者は、運良く帰還できても人間性が壊れて社会生活に復帰できない例が多いのはなぜか。想像力の乏しいその少年に多くを望むのは難しくとも、大人が伝え続けなければ、無為な死が「正義」の名の下に重ねられることになる。戦争は、自分の血が一滴も流れないシューティングゲームとは違うのだ。

「見知らぬ少年から刃のような言葉を浴びせられ、背筋が凍る思いがした」と言う84歳のデモ参加者は、その時に反論できなかったことが悔恨として残った。

だから、再会できれば「自分の子どもや孫に決して戦争で命を落としてほしくない。それと同様に、あなたにも命を落としてほしくない」と言うつもりだという。

しかし、それだけでは彼の心に響かないような気がする。戦場に行くわけでもない者が声高に危機を語り、反対する者を罵倒し、その後の悲惨な展開に責任を取ることもなく栄達を重ねる歴史をまた繰り返すのか。

日本に有事を起こさせないために、外交や文化など顔の見える交流を重ねて軍事に頼らない安全保障こそが貿易立国・日本の生き残る道だろう。

たとえそれが容易でなく国家主義者たちから「脳内お花畑」と冷笑されようと、核時代に生きる今、この国土が戦場になることこそ最も恐れたい。

戦争への意識のハードルが下がった現代にあって、どのような言葉と実践が意味を持つか、私たちは急ぎ模索しなければならないように思う。「30年後」を待たずに「みんな死んでる」かもしれない危機感を覚える。

(2022年12月5日『九州から9条を活かす』第35号=原発もミサイルもいらない 9条を活かすネットワーク編より転載)

 

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林田英明 林田英明

1959年、北九州市生まれ。明治大学文学部卒業。毎日新聞校閲センター大阪グループ在勤。単著に『戦争への抵抗力を培うために』(2008年、青雲印刷)、『それでもあなたは原発なのか』(2014年、南方新社)。共著に『不良老人伝』(2008年、東海大学出版会)ほか。

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