【連載】塩原俊彦の国際情勢を読む

ウクライナ和平の動向を探る〈下〉:遠い停戦

塩原俊彦

困難な“just peace”

ゼレンスキー大統領は2022年12月21日、米国のワシントンDCを訪問し、バイデン大統領と会談した。2人は18億5,000万ドルの軍事支援パッケージの一部として、パトリオット防空ミサイルシステムをウクライナに譲渡することを確認した。

ゼレンスキー大統領の米国議会出席は、ウクライナに対する449億ドルの緊急安全保障・経済支援を含む1兆7,000億ドルの歳出パッケージを可決しようとするなかで行われた。米上院は12月22日、1兆6,600億ドルに上る2023年度の連邦予算案を可決した。

High detailed military silhouettes set. Vector

 

12月20日、議会で発表された巨大な年間歳出法案には、ウクライナに対する440億ドル以上の緊急支援が含まれていた。バイデン大統領が11月中旬に要請した額よりも数十億ドル多く、この440億ドル超の大部分は軍事費で、ウクライナ軍の武装と装備、およびキーウに送られる国防省の備蓄兵器の補充に200億ドル近くがあてられる。

もし議会がこれを可決すれば、ロシアが2022年2月に侵攻して以来、ウクライナに対する米国の援助は、四つの緊急支出パッケージにわたって割り当てられ、1,000億ドル以上に達することになる。

ゼレンスキー大統領は会談後の記者会見で、「戦争が長引けば長引くほど、この侵略が長引けば長引くほど、復讐のために生きる親が増えるだろう」と述べた。「だから、押しつけられた戦争に正当な平和はありえない」(“So there can’t be any just peace in the war that was imposed on us.”)と、通訳を使わず、たどたどしい英語で話したという(https://www.nytimes.com/2022/12/21/us/politics/zelensky-visit-washington-biden.html)。

ここで注目されたのは、“just peace”という言葉である。「正当な平和」と訳したが、“just war”を「正戦」と訳すことに倣えば、「正義の平和」と意訳できるかもしれない。

ロシア側の報道では、この“just peace”をどう理解しているのかとの記者からの質問に対して、ゼレンスキー大統領は「私たち全員にとって、平和はさまざまな意味で公正であるような気がする。大統領としての私にとっては、私たちの土地、領土の保全、主権について妥協は許されない」と答えたうえで、これは賠償を意味するものであると付け加えたという。

しかし、これでは現実の和平はまったく進みそうもない。

キッシンジャー米元国務長官の提言

和平をめぐって、キッシンジャー米元国務長官は2022年12月17日、「世界大戦を回避する方法」というタイトルの記事(https://www.spectator.co.uk/article/the-push-for-peace/)を公表した。

そのなかで、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟後では、ウクライナを中立とする選択肢は意味を持たず、ウクライナをNATOにつなぐための和平プロセスこそ望ましいとの基本的立場が表明されている。そのうえで、停戦ラインは「2月24日に戦争が始まった場所にある国境に沿って設定する」ことを提言している。

それが意味するのは、ロシアが10年近く前に占領したクリミアを含む領土を放棄しなくてもよいということだ。ただし、クリミアなど10年近く前に占領した地域については、停戦後に交渉の対象とすることができる。

Stop war Ukraine Russia special military operation. Europe America against Russian aggression concept

 

「戦前のウクライナとロシアの分断線が戦闘や交渉によって達成できない場合、自決の原則に頼ることも検討できる」としている。すなわち、国際的な監督下にある自決に関する住民投票によって、その地位や帰属先を定めるのである。

キッシンジャー元国務長官はさらに、戦争によって無力化されたロシアが望ましいと考える人もいるが、自分はそうは思わないとしている。ロシアはその暴力的な性向にもかかわらず、半世紀以上にわたって世界の均衡とパワーバランスに決定的な貢献をしてきたのであり、その歴史的役割を低下させるべきではないというのだ。

ロシアが解体されたり、戦略的政策能力が失われたりすれば、ユーラシア大陸にまたがる広大な領土が争いの絶えない真空地帯と化す可能性がある以上、そんな事態は避けなければならないというわけだ。しかも、ロシアが核兵器大国である以上、こうした混乱は世界全体に深刻なものになりかねない。

私は彼の提案をリアリズムに基づく真っ当な提案であると考える。だが、プーチン大統領もゼレンスキー大統領も現状ではこの提案を受け入れないだろう。

おそらく2023年の早期に、どちらの命運を決するような大きな戦闘が起こり、それを機にキッシンジャーのいう和平提案のどちらか一方に傾いた条件での和平が実現する可能性の扉がわずかに開かれる程度だろう。だが、その和平も「時間稼ぎ」だけに終わるかもしれない。

ミアシャイマーのリアリズム

The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities”, Yale University Press, 2018の著者ジョン・ミアシャイマーシカゴ大学教授は、その著書なかで、「2014年2月22日、アメリカが支援し、親ロシア派の指導者を倒したウクライナのクーデターは、モスクワと欧米の間に大きな危機を招いた」(142頁)と書いている。

彼は、この出来事をクーデター(coup)と認め、それが米国の政治的リベラリズム、すなわち、誰もが機会均等を得る権利を持っており、それは政府の積極的な関与によってのみ達成されると考える進歩的リベラリズムによる覇権主義につながっていると考えている。

Kiev, Ukraine – January 22, 2014: Among the flame burning wheels rebel fighters try to contain the offensive by government forces on the street Hrushevskoho burn buses and trucks police

 

Kiev, Ukraine – March 16, 2014: House of Trade Unions on the Maidan, damaged by fire, which made ​​the government forces. The photo shows the destruction that is likely to lead to the demolition of this structure

 

彼によれば、リベラル・ヘゲモニー、すなわち、米国は、世界各国で戦争を行い、高度な介入主義的外交政策を採用することになる。その主な目的は、リベラルデモクラシーを広め、その過程で権威主義的な政権を倒し、リベラルデモクラシーだけの世界をつくるという究極の目標をもつことになる。

つまり、リベラル・ヘゲモニー国家は、国際システムを自国のイメージ通りにつくり変えることを目指しているのである。また、開放的な世界経済を育成し、経済と安全保障の両面で国際機関を構築していく。

このリベラル・ヘゲモニー国家、米国の横暴によって、ウクライナ戦争が勃発してしまった以上、これを真に終息に向かわせるのはきわめて難しい。なぜなら、戦争はナショナリズムを高揚させ、復讐の際限のない繰り返しを引き起こすからだ。

ミアシャイマー自身、2022年11月の段階で、そう考えていることがUnHerdのエグゼクティブ・エディター、フレディ・セイヤーズの記事「ジョン・ミアシャイマー:私たちはロシアンルーレットをやっている 現実主義的な外交政策研究者が語る『西側は破綻している』」(https://unherd.com/2022/11/john-mearsheimer-were-playing-russian-roulette/)からわかる。11月30日にアップロードされたものだ。ミアシャイマーとのインタビューに基づいて、彼がウクライナ戦争についてどう考えているかがよく理解できる。

「ミアシャイマーは現在、平和の機会は失われ、ウクライナで達成できる現実的な取引は存在しないと、悲観的に考えている」という記述がある。ロシアは東ウクライナで得たものを手放さないし、西側諸国はウクライナを占領し続けることを許さない。

一方、中立のウクライナも不可能で、中立を保証できるのはアメリカだけであり、もちろんロシアにとっては耐え難いことである。ゆえに、ミアシャイマーは簡潔につぎのように語っているという。「現実的な選択肢はない。もうダメだ(We’re screwed)」と。

それではどうなるのか。ウクライナで和平交渉が不可能な場合、論理的には戦闘が続くしかない。戦闘が続くと論理的にエスカレートし、とくにロシアが負けているように見える場合はエスカレートするというのがミアシャイマーの見方だ。ロシア国内のナショナリズムは少なくともロシアによる核兵器使用を容認するかもしれないのだ。

ミアシャイマーはつぎのように述べているという。

「仮にロシアが核兵器を使用するとしたら、ウクライナで使用する可能性が最も高い。そして、ウクライナは自前の核兵器を持っていない。だから、ウクライナ人は自国の核兵器でロシアに報復することができないだろう。だから、抑止力が弱くなる。さらに、ロシアがウクライナで核兵器を使用した場合、西側諸国、ここでは主に米国の話だが、ロシアに対して核兵器で報復することはないだろう、なぜなら、それは一般の熱核戦争につながるからだ」。

Floating rockets against the background of the Russian flag

 

またセイヤーズは、「このシナリオでは、西側の自制は当てにならない。破滅的なエスカレーションの可能性は依然高く、だからこそ、西側指導者の間で現在行われているロシア打倒のレトリックは「愚か」(foolish)だと彼は考えている」と記している。

そう、ロシアをキャンセルするまで戦いつづけるといったロシア打倒のレトリックは「愚か」そのものだ。だが、その愚かさに多くの人が気づかなければ、事態は泥沼化するだけかもしれない。いい加減に、この愚かさを知ってほしい。そして、進歩的リベラリズムを捨てて、もっとリアリズムを重視してほしい。

これが意味するのは、米国の民主党のリベラリズムの過ちを糺すことであり、この間違ったリベラル・ヘゲモニー思想への安易な追随を止めるべきであるということだ。

 

ISF主催公開シンポジウムのお知らせ(2023年1月28日):(旧)統一教会と日本政治の闇を問う〜自民党は統一教会との関係を断ち切れるのか

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2023年9~10月に社会評論社から『知られざる地政学』(上下巻)を刊行する) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。

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