【連載】鑑定漂流ーDNA型鑑定独占は冤罪の罠ー(梶山天)

第7回 ゴミとして捨てたティッシュを対照試料にDNA型鑑定

梶山天

足利事件で押収した松田真実ちゃん(4)の半袖肌着との対照試料がないなどと何かにつけてDNA型鑑定を拒み続けた警察庁の科警研が秘かに動き始めた。真美ちゃんの半袖肌着が約15時間は川の流れに浸ったことで、精子が離脱し流出した可能性があるからだ。

事件発生から1年が経過した1991年5月22日、警察庁は鑑定方法などを統一したうえで、犯罪捜査へのDNA型鑑定導入を正式決定した。警視庁など主要5警察本部では92年度から、他でも94年度までの実施を目指した。これは、警察庁が正式に発表したものではなく、翌5月23日付『毎日新聞』朝刊1面トップのスクープ記事によるものだった。

Scientist analyzing DNA result for check genetics and forensics science.

 

毎週木曜日に国家公安委員会が開かれる。スクープ記事は、公安委員会開催前日の水曜日だった。ISF(独立言論フォーラム)副編集長の梶山天も、当時『朝日新聞』東京本社社会部の警察庁担当記者であったことから、同記事の報道内容を把握していた。

『毎日新聞』の警察庁担当記者は、以前からDNA型鑑定導入について独自に取材をしていたのだ。公安委員会でその話が明らかになることを知って、業界用語で言う「前打ち」をしたのだ。特ダネだ。

まさか記事を書いた記者は、これから導入されるDNA型鑑定「MCT118」法がDNA型を正確に判別できない不良な物であることは当時想像も付かなかったことだろう。

その鑑定結果で菅家利和さんが投獄され、後に冤罪だったと判明したのである。それでもDNA型鑑定導入を国民にいち早く知らせたのは当局ではなく、記者の努力であったことは間違いない。

一方、出し抜かれた他社は、警察庁の正式な発表を待つためダンマリを決め込んだ。ところが6日後の同年6月29日の参議院決算委員会で、日本社会党の千葉景子議員がDNA型鑑定導入の報道について警察庁の見解を質した。その際に答弁したのは、後に長官になり、オウム真理教による地下鉄サリン事件捜査中に何者かに銃撃され、重傷を負った国松孝次刑事局長である。

明治時代から続く指紋に代わる犯罪特定の切り札として欧米で威力を発揮し、導入されているDNA型鑑定の導入を指示した当時の警察庁の国松孝次刑事局長。

 

国松刑事局長は犯罪捜査にDNA型鑑定を導入する方針であることを認めたうえで、「21世紀における我々の鑑定技法の中で大きな地歩を占めるもの」と位置づけ、すでに科警研で技法などは確定していると有効性をアピールした。

こうなると、他のマスコミも取り上げざるを得なくなる。結果的に警察庁としての方針を発表する機会を得たことになった。DNA型鑑定導入をめぐる政策決定に伴って、鑑定機器を全国の科捜研に配備するとなると莫大な予算が必要になる。

同年8月の92年度予算概算要求は大蔵省(現財務省)に承認してもらうための第一関門で、そのためのデモンストレーションとも受け止めることができる。まさに警察庁側にとっては、微妙な時期だったと言えよう。

Japan’s Ministry of Finance

 

それはともかくとして問題なのは、このDNA型鑑定を早くから導入している欧米では、多くの冤罪を生み、その対策などが講じられてきた歴史がある。しかし日本は当時、これからDNA型鑑定を導入しようとした。何の議論もしないまま、唐突にDNA型鑑定導入を決定するのは時期尚早ではないだろうか。

現に鑑定結果の判定などが世界標準ではなく、科警研独自の基準で、捜査に都合のいい判定を全国の科捜研に今でもさせており、この足利事件のDNA鑑定導入そのものが失敗だったとことは歴史を振り返れば明確だからだ。それが未だに続いている現実をどう受け止めるのか。

さらに警察庁が2016年以降、国内の大学の法医学教室から予算削減を理由に検査項目から司法解剖時に行っていた法医学者たちのDNA型鑑定を外し、代わりにその検査を全国の科捜研が受け持つことにし、鑑定独占となってしまった。その対策が急務となっている。国の大きな課題が手つかずのままなのだ。

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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